室町時代、世宗王の命をうけて訪日した朝鮮通信使の朴は、京の町でうっかり「このはしわたるべからず」と書かれた橋をわたり、見とがめた武士に難詰される。だがそのとき、一風変わった僧侶が機転のきいた一言で朴を救った。この僧こそ誰あろう、あの有名な……。 初期の李氏朝鮮は、高麗の文化を弾圧破壊しつくしたため、文化的には壊滅状態だったそうです。その朝鮮の使節が、日本の都市を目にしたときの驚嘆と羨望はいかばかりだったか。作中で引用されている初代通信使・朴瑞生の報告には日本の貨幣や水車や風呂のことがめんめんと書かれており、技術水準のひらきに対するショックのほどがうかがえます。また、そうした反応からみて、文化芸術の面でも刺激をうけるところがあったはず。後に世宗がハングルの創案に着手するとき、あらかじめ使節を通じて日本の知識階級と学問上の交流をはかり、なにがしかの参考にしようと考えたのではないか。といった推測