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ブックマーク / homepage2.nifty.com (12)

  • http://homepage2.nifty.com/suzie/gogo1201-1203.html

    karatedou
    karatedou 2014/08/02
    大阪最強時代
  • http://homepage2.nifty.com/suzie/gogo1104-1106.html

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    karatedou 2014/03/30
    20110529/三宅裕司のおそるべき一貫性について。
  • 週刊スージー~20110828/彼を引退に導いた「哲学」の不在について。

    ■20110925/続・キングオブコント必勝法。 ある程度年も取ってきたので、同じ話を何度も引用し、同じ話を何度でも書きます。 これまで読んだであろう数千冊のの中でもっとも好きな言葉のひとつをまた懲りずに引用。少年時代の高田文夫が、コント55号をはじめて観たときの感想。 「だって、いきなりカメラのフレームの外からダーッと走ってきて、パっと飛び蹴りして、そのままダーッといなくなったり(中略)、ああ、画面の向こうではすごいことが起きてる。 世の中は大変なことが起きているって思いましたよ」(高田文夫『笑うふたり―語る名人、聞く達人』 ) 結論から言えば、ここで書いた話は2年経ってもまだ通用すると思ったのです。「キングオブコントに勝ちたければ、体技コントだ」。 上のリンク、2年前に書いた内容は、「地下の小劇場の狭い舞台で熟成された、動きが小さく言葉で笑わせるコントがキングオブコントの主

    週刊スージー~20110828/彼を引退に導いた「哲学」の不在について。
  • GARAKUTA

    ストリップ関連書 古屋の均一棚にちょいといかがわしげなを見つけて買ってしまうというのは、基的に自分がスケベなためであろうけれど、当にスケベであればもっと過激なはいくらでもあるわけで、そういうではなく「ちょいといかがわしげ」という部分に心惹かれてしまうというところが古マニアの古マニアたるゆえんなのでは、などと思っている。 かくして、いつのまにやら奇妙なお色気などが手許に集まってしまったのだけれど、ふと気がつけばその中にストリップ関係のがやたらと多くあるではありませんか。そうなると、ちょっと力を入れて集めようかという気になり、最初のうちは「安いから」という理由で買っていたはずなのに、いつのまにやら「多少高くても買うぞ」などということになってしまう。これまた、古マニアの古マニアたるゆえんであろう、などと自分に言い聞かせていたりして。 それにしても、よくまあ集めたもの

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    karatedou 2013/03/04
    ストリップに関する書籍をまとめたもの。
  • 神田雑学大学2001年7月13日講義録 「浅草歳時記」

  • 有名人のエピソード

  • CPUの性能の説明

    CPUってなに?= CPU とは「セントラル・プロセッシング・ユニット」の略で、「中央処理装置」という意味です。 パソコンの中心となり、パソコン全体の処理・計算を行う、まさに頭脳と言える部分です。 ですからこのパーツの良し悪しが、パソコンの性能に直結すると言っても過言ではありません。 それほど重要なパーツです。 CPU が良いものであるほど、そのコンピュータは複雑で多くの処理も、速く安定して行える訳です。 CPU はこのような平べったいタイルの様な感じです。 左の画像ものは黒と緑の色をしていますが、種類によって多くの色があり、最近は白いものが多くなっています。 CPU の裏面にはたくさんのトゲトゲの突起があります。 CPU をはめるマザーボード(基盤)側にはたくさんの小さいツブツブの穴があって、このトゲトゲをツブツブに合わせてはめ込みます。 (最近はマザーボードの側に

  • 仏友会/萬有お笑い研究所/俺が選んだナンシー関のことば。

    「萬有お笑い研究所」78号から、新メルマガの8号くらいまでに掲載した、ナンシー関の著作から俺が引用したものを集めてみました。なんとか引用の範疇に収まると思います。 メイルマガジンの時は、単行の発行年度順にならべていましたが、ここでは、雑誌メディアへの発表順に、できるだけナニしてみようかな、なんてね。 あ、「週刊朝日」掲載分は、単行に初出年度が書いてなかったので(ダメ出版社ですね)、おおよそで置いてます。 とくに更新履歴は示しませんが、新刊が出るたびに追加しております。 1989年3月「ラヂカル文庫」。 <自分のしている事が常識的なことなのか、それとも自分のまわりだけの単なる慣わしなのか考える事が、上京以来の私の癖である。> <だからといって私が他人の目ばかりを気にする人間だと思われるのは心外だ。そうゆう事ではないのである。私はただ、常識と非常識両方のパターンをたくさん知りたいだけ

  • 34to44/53tsui

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    karatedou 2007/11/01
    桑名屋徳蔵は無双の船のり也
  • 調所笑左衛門

    調所笑左衛門広郷(ずしょ しょうざえもん ひろさと) 1776(安永5).2.5〜1848(嘉永1).12.18 安永5年川崎主右衛門兼孝の子として生まれ、13歳で調所清悦の養子となる。23歳で江戸詰となり 元藩主島津重豪(しげひで)付きの茶道となり、御茶道頭、御小納戸頭取、御取次見習といった重豪と 藩主島津斉興(なりおき)の連絡役を勤めた後、47歳で町奉行に就任し初めて諸政を担当する。 50歳で再び君側に復帰した3年後の文政10年、重豪から自分の代理人として財政改革の大任を奉じ、 家老中にも指示せよとの上意が下る。目的は(1)10年間で50万両の積立金を作る(2)500万両に及ぶ 借金の証文を取り戻すことである。その後、改革資金調達に死力を尽くす姿に感銘を受けた、浜村孫兵衛ら 大阪商人達や財政家佐藤信淵など、武士、町人といった身分の上下を越えた協力を得て改革を押し進める。 改革開始から8

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    karatedou 2007/07/17
    佐久間伝蔵
  • http://homepage2.nifty.com/tankenka/sub1-8.html

    (8)アンコールワットに落書きした森右近太夫 ちょいと、時代を遡りまして、徳川の治世の初めの頃の話でございます。 西暦1600年をちょっと過ぎた頃、まだ戦国の名残はそこここにあり、大坂城には豊臣秀頼の一党も籠もっている時代でした。 いきなり余談ですが、大坂冬の陣で、徳川側は城を攻めあぐね、南蛮人に頼んで船に積んでいた大砲で砲撃させていることをご存じですか。ポルトガルでしょうか、ホイ、お安い御用だってんで、ボカスカ砲撃して大坂城に大穴開けている。淀姫はびびって、外堀を埋めるという目茶苦茶な条件で和睦しちゃった。それが夏の陣での落城につながるわけですが……。 これからわかるのは、当時はまだ鎖国していず、南蛮人とのつきあいも浅くはなかったことです。だから日からも結構海外に出ていた。 そこで私が気になるのは、アンコール・ワットの落書きです。当時すでにカンボジアのクメール王国は衰退していて

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