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批評に関するkeshikiのブックマーク (8)

  • 批判評がすべて迷惑だってのは本当か | こどものもうそうblog

    「バロック」「キングオブワンズ」「ぷよぷよ」「トレジャーハンターG」「魔導物語」等のゲームを監督/脚/企画した米光一成のSite 「ダメ書評」に対するマンガ編集者の視線:ラノ漫―ライトノベルのマンガを気で作る編集者の雑記―を読んだ。 批判される側の身になって考えていただきたいのですが、愛があろうがなかろうが、一所懸命やったことを批判されてモチベーションが上がる人間はいません。 と断言し、 また、読者の総意を代弁した適切な批判ができる人間はそうはいません。 作家にとっては往々にして無責任なヤジのひとつにすぎず、担当する編集者にとっては迷惑以外の何物でもない と書く。 そうだろうか、そんなに単純なものだろうか。 いや、この人の現場感ではそうなのかもしれない。 モチベーションが下がり、絵が荒れるので、批判は必要ない、と考える人で、周辺にいる人もそうである、ということは、ありえる。 でも、“批

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    keshiki
    keshiki 2007/11/29
    伝奇小説読めない時代もの読みの問題に通じるものがありそうだ。
  • 隠蔽の手段としての陰謀論 - Close To The Wall

    文藝 2007年 11月号 [雑誌] 出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2007/10/06メディア: 雑誌購入: 2人 クリック: 11回この商品を含むブログ (16件) を見る「文藝」笙野頼子特集号を、とりあえず通読。 中身の濃い特集で、非常に面白い。特に笙野インタビュー二つと、佐藤亜紀、小谷真理対談は読み応え充分で近作についての興味深い示唆が多い。意外なメンバーによるQ&Aや笙野ファンクラブ会長による二つのマップなども楽しく、詳細な自筆年譜は近作を読む際に混乱しがちな論争、事件などを整理するのに役に立つ。 内容の紹介については、 こちらのdozeoffさんの記事や http://d.hatena.ne.jp/dozeoff/20071006/p1 Panzaさんのこちらの記事をどうぞ。 笙野頼子ばかりどっと読む ●題は以下。 仲俣暁生がその笙野特集の「文藝」について妙なこと

    隠蔽の手段としての陰謀論 - Close To The Wall
    keshiki
    keshiki 2007/10/13
    もとの話は全然知らないのだけど興味深い。
  • 0007 - ne}

    川上未映子『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(正確にはその表題作「わたくし率 イン 歯ー、または世界」)と高原英理『神野悪五郎只今退散仕る』(どっちも長い題だなー)を続けて読んで、両者がともに 「若くして疎外された経験を背負った人間の、認識の歪み」 の話であることに驚きました。そして両者が真逆の方法を取っていることが新鮮でした。以下、なにかの下書きとして書きます。 【警告】両作品について激しくネタバレしています。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 「わたくし率 イン 歯ー、または世界」のクライマックスで、青木の女がマジギレして っていうか何やねんこのブスは〔…〕わたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしうるさいんじゃぼけなすが。おまえ何千回わたしわたしわたしゆうとんねんこら。いっかいゆうたらわかるんじゃ。わたし病かこら。 で始まる6頁近いキツーイ言葉攻撃を〈わたし〉に

    0007 - ne}
  • 『日本SF論争史』巽孝之編 - ゼロセットの日記とか

    人によるSF評論のアンソロジーだが、論争に関わった論文だけを集め、そこからSF歴史を俯瞰する、という方針で編集されている。評論集でありながら、日SF大賞を受賞した大作(値段も5000円超!)。年代も発表媒体もバラバラな論考が集められているものの、様々な論者によって小松左京、ハインライン、そして安部公房への評価が繰り返しリフレインされ、全体を通す芯のようになっているのが面白い。 それにしても、ここまで自らの定義について議論を繰り返してきたジャンル文学というのは、他に無いかも知れない。まさに論争がSFを育んだ、というところか。ただ正直な所、今の自分の意識としてはこの自意識過剰ぶりが、ちょっとうっとおしい。ニューウエーブ論争あたりは特にそう感じるのだが、これらの論文がかもし出してる「雰囲気」に、とても辛いものを感じてしまう。個々の作品やニューウェーブ運動総体の成果としては評価するのだけれ

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  • 惑星開発座談会 - 新興宗教オモイデ教 (前編)

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  • 竹内一郎サントリー学芸賞受賞問題の〈起源〉 - 宮本大人のミヤモメモ(続)

    竹内一郎氏が『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』でサントリー学芸賞を受賞した件について、緊急声明的に問題提起を行なったところ、予想以上に大きな反響をいただき、また、多くの有力な援護射撃をいただくことができ、心強く感じました。マンガ論の蓄積が今、どの程度の地力を持ちえているのかを確認する機会を提供してくれたという点では、竹内氏とサントリー学芸賞の選考委員諸氏にも、お礼を言うべきなのかもしれません。 さて、この件がどのような意味で「問題」なのかについては、すでにさまざまな形で上に触れた有力な援護射撃の中で指摘されていますが、今一度、私なりにまとめておきたいと思います。 まず、大きく分けて、二つの問題があります。 ①この著書そのものの質の問題。 ②この著書がサントリー学芸賞を受賞してしまったことの問題。 ①については、すでにこの著書が刊行された時点で、「漫棚通信」、「紙屋研究所」、「白拍子なんと

    竹内一郎サントリー学芸賞受賞問題の〈起源〉 - 宮本大人のミヤモメモ(続)
  • 愛・蔵太の少し調べて書く日記 - 本や映画の批評は知識のない「自分語り」レベルじゃ単なる「感想」だよ

    アカデミズムの人たちが映画について語っているテキストはなぜかたいてい退屈で、それは高校生ぐらいまでのときはぼくの頭が悪いせいなんだろうと思っていたんですが、小林信彦とか石川喬司とか双葉十三郎とか和田誠といった人たちの作品レビューを読んで、「アカデミズムな人は、数少ない読んだで自分語りをしたいだけなんだ」ということがわかりました*1。狭い穴(深いことは深いけれども)と少ない素材(素材的には美しかったり新しかったりするけれども)で、自分たちの知識の乏しさを隠している。ぼくは人の話を心のこもらないやりかたで聞くのは嫌いではないのですが、十分な知識と斬新な見方で何かを言ってくれる人のほうが興味深いわけです。 ええと、あんまりいい例が思い浮かばないんだけど、SFマガジンという、今では日でひとつしかないSF*2雑誌がありまして、1960年代は福島正実という人が編集長でした。小松左京や筒井康隆

    愛・蔵太の少し調べて書く日記 - 本や映画の批評は知識のない「自分語り」レベルじゃ単なる「感想」だよ
    keshiki
    keshiki 2006/11/09
    感想なんだ、という自覚を持って書くべきじゃないかと思います。/アンケート至上主義というのは案外利に適っているのかも知れない。
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