鬼火がゆらゆらと晴明さんの周囲で揺れていた。 その不可思議な風景の中で彼が言う。 「公家ってのは面白みのない奴ばかりでね。彼らに語り手は務まらないんだ」 「“語り手”? あなたが望んでいるのは、ストーリーテラーなんですか?」 「そう。晴信というガン細胞を封じるためには、キミがやがて得るストーリーテリングのスキルが必要になる」 「ちょ、ちょっと待ってください。私はさっきも言ったように作家になるつもりなんか、まるっきり、これっぽっちも、ミジンコの毛ほどもないんですが?」 「いや、なるよ。絶対ね」 「……!」 なんだ、この癪に障るほど確信に満ちた予言は。 こんな胡散臭いおっさんに職業選択の自由を奪われてたまるか。 といっても、この人、現役時代は確か頭脳明晰の超エリートで、容姿だって(ゴローちゃんのイケメンぶりから察するに)さぞかし端麗だったはずである。 今のこの<容れ物>は、誰か、別の所有者が居
だいぶ前にネットで見かけて、気になっていた本です。 やっと手元にきました。 歴史的な小ネタ集なんですが、もう、一ページ目から気になる話題満載。 例えば「『~であります』は海軍では使わない」とか「『生き様』は戦後の造語である」とか。 しかし、こういうのって、きっと明日には忘れちゃうんだろうな……。 せめて三日くらいは覚えていられる脳がほすぃ。 「考証要集 秘伝! NHK時代考証資料」大森洋平(文春文庫) ちなみに、上記「生き様」に関して「……藤沢周平は『お金を積まれても使いたくない言葉』にこれを挙げたそうである」(p.39)とのこと。 (ただし、それが「時代劇で(戦後の造語を使うような)そういう間違ったことはしたくない」という意味なのか、それとも「生き様という言葉自体が嫌い」という意味なのかは不明。本書の書き方だと後者っぽい文意ではありますが) ちょっとこれらとは観点違いますが、わたくし、「
黄泉醜女《よもつしこめ》というのは、名の通り、黄泉神の下位に属する鬼神で、日本神話ではイザナギの追っ手として有名である。 これが、月読《つくよみ》の言っていた、契約社員なのだろう。 ただし、レイコさんイコール黄泉醜女というわけではなくて、黄泉神が遣わした黄泉醜女にレイコさんが(無意識に)協力させられているという状態だ。 松木さんは恐らく最初からそれが分かっていたのだろう。 「高峰女史とは別れたほうがいいかもね」 彼が大学を卒業する時に、一言だけそう言われた。 とりあえず、どんな男でもよりどりみどりのはずのレイコさんが、何故、見た目も中身も平凡な俺を(一時的なセフレにせよ)選んだのか、その謎は解けた。 しかし、レイコさんの正体が分かったところで、俺は特にどうこうする気もなかった。 元から、一方的に呼び出されるような仲だし、俺にとって、レイコさんが天女のような人であることは変わりはなかったから
「道久……ッ!」 松木さんの叫び声は、嵐の咆哮の中に呑まれた。 全身から血を吹いて倒れた部下のように、道久さんも「黒い何か」をまともに体に受けて、倒れたのである。まるで銃弾を受けた人のように。 映画やドラマで見る倒れ方ではなく、体中の力が一気に抜けて崩れ落ちるような倒れ方である。 変幻自在の黒いものは狭い境内の中で、更なる生け贄を求め、暴れている。 が、それらは、トーコちゃんの振るう布都御魂剣《ふつみたまのつるぎ》の前に、次々と霧散していったのだ。黒い帯状の塊が粉々に砕ける、といった感じだ。 これはトーコちゃん自身の霊力と、神剣に秘められた力による相乗効果だそうだ。 あんなに小さいのに、俺が両手で抱えていた重い刀を、バターナイフのように軽々と操っているのも、トーコちゃんが特別怪力なわけではなく、ちゃんとからくりがある。 ただ、そのからくりも、手品師のタネのような、人間の盲点をついたものでは
ここからはあまりに非現実的なことが起こったので、恐怖でパニックを起こした俺が勝手に作った記憶なのかもしれない、と思っている。 りゅーちゃんなら「霊だのおばけだのは人間の脳が作り上げた虚像である」と言うかもしれないけど、さすがにそれを言い続けるには、俺は妙なものを見過ぎた。 黒いドロドロとした水のようなもの。 それが、俺の見た禍津神《まがつかみ》たちの姿である。 別の次元では別の見え方をするのかもしれないが、俺にはそう見えた。 もしくは、その流動的な黒いものは彼らの体の一部でしかないのかもしれない。 道久さんが拝殿の扉を開けた途端、そこから黒いものが飛び出し、それは意識を持った集合体のように渦を巻き、そばに居た部下の男の体を通り抜け、直後、彼は血しぶきの中で倒れた。 悲鳴と怒号――。 それが誰の声かも判別できず、俺は神剣を抱いたまま、トーコちゃんの前に出た。何もできないけど、せめて六歳児は守
『そーいえばさー、又貸ししてたビデオ、ちゃんと返却してくれたの? あれ、返却日、今日くらいだったよね?』 両腕で抱えていた重たい刀を肩に担ぐようにして片手を開け、苦労してこそこそとGパンの後ろポケットから携帯電話を取り出してみたら、これだ。 軽く殺意を覚える。 あのね、りゅーちゃん、今はとてもそういう日常すぎる話題に返信できる状況じゃないんだよ。 携帯電話をまた、ポケットに仕舞う。 チロリン――。 『おーい。返事ないよー。なに? トイレ? トイレなの?』 「……」 もう見るまい。 音をオフにして、放ってお……、 チロリン――。 『いや、延滞料金かかっちゃうと困るのは、星野なんだよ? 私は払わないからね? つか、払わないって言ったよね? 言ったよね?』 「……」 うがー! うぜぇ! うぜぇぞ! りゅーのすけ! 俺は! 今こそ! この幼馴染みを鬱陶しく思ったことはない! 携帯電話にはなんの罪も
松木さんは「六」という字にちょっとした違和感を覚えたらしい。 神道においては、ほとんど出てくるはずのない「六」という数字である。 さらに、地図上に見られる「意宇六社」の奇妙な配置。一つだけ飛び出た場所にある熊野大社――。 なにかがおかしい。 これは、もしかしたら、真の黄泉路を人目に触れることなく封印しようとした、何者かの作為ではないだろうか? 恐らく、晴信《はるのぶ》もそう考えたのだ。 その思考が同じだとしたら、本物の伊賦夜坂《いふやさか》は、このK神社にある、というのだ。 鬱蒼と茂った木々は、西新宿のビルのごとく、境内を覆い尽くしていた。 そのせいで、空が見えない。 暗い。 まるで、電気を止められた俺の四畳半のようだ。 「……?」 俺の前を行く二人――松木さんとトーコちゃん――が、拝殿の前で止まった。 その先に人影がある。 暗い。 視界が悪いせいでぼんやりと見えるだけだが、若い男性のよう
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