毎日車椅子に乗っていたら、自分は車椅子なんだという自覚はある。言うまでもないことだ。しかし、それを「いちいち口に出さないといけない」のか、「出さずに済む」のかは天と地ほどの差がある。 お店を予約するとき、「車椅子なんですけど」と聞くのは、現在の日本においては賢明な判断だ。でもそれを口に出すと、自分が車椅子であることを日常よりも強く意識することになる。その意識は目に見えないバリアとして物質化する。相手サイドにも自分サイドにも。 夢物語だが、すべての飲食店がバリアフリーになっていたら、「車椅子なんですけど」というコミュニケーションは不要となる。そして余計な、新しいバリアは築かれない。相手サイドにも自分サイドにも。 想像してみて欲しい。 例えば、自分の容姿に自信がない。鏡を見ればそれは分かる。いやというほどそれは分かっている。しかし生活はできる。階段も登れるし、小洒落たトラットリアに入ることもで