タグ

ブックマーク / zuisho.hatenadiary.jp (24)

  • 園子温の件、週刊女性のやり方も同時に批判しないとカスだぞ - ←ズイショ→

    園子温擁護みたいな釣りタイトルで失礼します。 この記事は、園子温のみを批判してる人たちを非難する園子温批判記事です。 園子温の一件なんだけど、園子温については事実関係を究明したうえで、それにもとづいて刑罰なり社会的制裁なり失脚なり相応の報いを受ける必要があると思うんですけど、今回の告発記事においてセンセーショナルに見せるために「主演にはだいたい手を出した」みたいなフレーズを見出しに置くのは論外だし、見出しに書かなかったとしても文にですら書くべきではない。 ここで、園子温の作品に出演した女優をいちいち挙げることをもちろん僕はしませんが、僕がそんなことをしないようにする配慮など何の意味もない。そんなもんみんな知ってるしちょっと調べれば猿でもすぐわかる。 で、そこに該当する女優の方々は当然大衆の下衆な憶測に晒されてるわけです。ちょっとTwitterを眺めてみたら当然そうなってる。 今書いてて気

    園子温の件、週刊女性のやり方も同時に批判しないとカスだぞ - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2022/04/06
    同時に忘れたい、思い出したくない人への配慮までやらないとなあ“週刊女性のセンセーショナルさを優先した雑な告発の仕方のせいで「この件についてなにかコメントをするべきかしないべきか、告発するべきかしないべ
  • 弱者かは知らんけど男性同士の連帯はたぶん増えてる気がする - ←ズイショ→

    あのー、掲題のとおりなんですけど、「男同士で連帯しろ!女を巻き込むな!女に甘えるな!」みたいな意見と共に燃え上がってるんだかコップの中の嵐なのかわかんないけど盛り上がってるような盛り上がってないようなよくわからない、弱者男性論なんですけど。ざーっと眺めて思ったことを書きます。思った感じたことの4割くらいを書きます。 ものすごく小さい会社で管理職をやってるんですけど、みんなよくプライベートの話を気軽にしますよ。家庭を持ってるやつらは家庭の話をしますし、家庭を持ってないやつらはプライベートの話をします。 未婚男性のやつらの話をしますね。 ふつーに「昨日友達discordしながらゲームしててー」とか「昨日友達ゲーム配信しながら作業しててー」とか「昨日会社終わった後、同じチームの同僚とゲームしててー」とかすげえ普通に言ってるんです。 で、俺は、そういうのを聞いて「へー、最近のやつらって、社会人

    弱者かは知らんけど男性同士の連帯はたぶん増えてる気がする - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2021/05/07
    落ち着くまでには色々過程あるだろうし“という話に落ち着いてくれないもんかなぁというのが俺の所感だ。”
  • もうさっさと婚姻制度廃止してパートナー制度に一本化しようぜ - ←ズイショ→

    また札幌で同性婚についての裁判がどうのとか、サイボウズの社長がやってる選択的夫婦別姓がどうのとか、なんか色々やってるけど、めんどくさいな解散解散〜〜って感じで眺めている。 同性婚の話題って婚姻制度を拡張する話だと思ってるんですけど、そして選択的夫婦別姓の話題もまた婚姻制度を拡張する話だと思って眺めてるんですけど。 そもそも婚姻制度って、要る!?その大部分、要る!? 多様化を是とするなら、解釈まで最小単位にしちゃうのが一番手っ取り早いじゃんと思うんよね。最小単位ってなんだろう? この人と一緒に生きていきたいです。 その程度じゃんと思うんだよねー。その届出を受理してくれよー。だからそれでいいじゃん。相手が同性でも異性でも、そう思ったからそうします、一緒に生きていってお互い助け合いますので、それをしやすい特権下さい、それでいいじゃんか。 なんらかのパートナーであることを届け出られて、それが「あー

    もうさっさと婚姻制度廃止してパートナー制度に一本化しようぜ - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2020/10/29
    “一緒にいたいと思う相手との関係性が、愛なのか恋なのかというのは、実に些細な問題で、自分の中でもよくわからないし、ましてや誰かに決められるものでもない。”
  • 藤井聡太にはしゃぐ白鳥士郎、世界陸上の織田裕二っぽい - ←ズイショ→

    藤井聡太すげえなぁ、俺が物心ついた時には羽生善治はすでに化け物として頂点に君臨してたけど、羽生善治がそこに至るまでの軌跡とその過程で「なんじゃこの化け物は」と唖然としながらも魅せられていく世の中の興奮がどんなもんだったのかを俺は藤井聡太を通してこれから体験することになるんだなぁ、ってすげえワクワクする中で『りゅうおうのおしごと!!』っていう将棋を題材にしたラノベを書いてる作家さんがいるんだが、まあこれがなんかちょっとノリがきつい。きついのである。きついとしか言いようがない。なんか、きついのだ。なんでもその作家さんは高校生くらいの年齢で竜王のタイトルを獲得した棋士を主人公にしてるらしくそれで作品を書き始めた当初は「そんな無茶な設定があるか」と叩かれたりもしたそうで、それならまあ大変辛い思いもしたことなのだろう。しかしその荒唐無稽だと言われた設定を現実のものにしてしまう藤井聡太の活躍に強い思い

    藤井聡太にはしゃぐ白鳥士郎、世界陸上の織田裕二っぽい - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2020/08/20
    同感。今後どうあれちょっと宗教的聖付与したい感じがする“「俺の考えた化け物よりすごい化け物が現実に出てきました」って言われても「いや、君の話してないんだけど」としか思わないのである。まあ彼がはしゃぐ気
  • 言語とは思考の型であり、共感を目的とした言語表現は思考の幅を狭める - ←ズイショ→

    言語表現によってお前達は日々アウトプットに邁進しているつもりなのかもしれないが、実は油断するとともすればお前たちはただインプットを繰り返している。 言語とは一般的にコミュニケーションツールであり他者と交流して意思疎通するためのものとして認識されがちだが、同時に言語が内省的な営為を助けるためのツールでもあるというその側面は、インターネットが浸透して誰しもが誰だかかにカジュアルにテキストをお届けすることがとてもお手軽に当たり前になった現代においてはますます軽視されているように感じる。 言語が上手に操ることができなかった頃を思い出してみよう。まず言語は誰のためのものであっただろうか。他でもない自分のためのものであったように僕には思い出される。私の思いや考えや感情が、他者に伝わるかどうかももちろん自分が言語を操れているかどうかの大きな判断基準のひとつではあったものの、それ以上に今・ここにいる自分の

    言語とは思考の型であり、共感を目的とした言語表現は思考の幅を狭める - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2020/07/02
  • イオンモールに見る、「男と女で見えてる世界が違う」の一事例 - ←ズイショ→

    あのー、休みの日なんかにイオンモールなんかに行ったりするわけです。嫁さんと2歳半の息子なんかを連れて。 で、嫁さんと息子は平日に二人でイオンモール行ったりすることもあるのかな、あと、俺が土曜日ぐーすか一人で午前中寝倒しちゃったときに二人で行ったりとか。そういうわけで、だいたい主に息子には俺の知らないところで出来上がってる決まってるルーチンみたいなのがあって、家族3人でイオンモールに出向く時ってのは当然わざわざ出向く理由・目的とかがあって出向くわけなんですけど、そんなんお構いなしに彼には彼のルーチンがあるわけです。イオンモールに来たからにはこれをやらずにはおれない、みたいな。修学旅行では絶対木刀買うみたいな、修学旅行だからってもらったお小遣いを全部アイドルのブロマイド写真に注ぎ込まなくてはならないみたいな、彼なりのルールがいくつかあるんですね。 例えば、屋さんの絵コーナーで家にもあるはず

    イオンモールに見る、「男と女で見えてる世界が違う」の一事例 - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2020/02/13
    無駄な営業させて申し訳ないというのはある。あとこれは一般的傾向なのか…。“現状の世の中一般で考えて、家庭の何かしら大きな買い物を判断する最終決裁者は、男である、つまり僕である。”
  • うちの幼い息子に絡んでくるだけで席は譲らねえババアの話 - ←ズイショ→

    あのー、おかげさまでうちの息子もぼちぼち2歳になるそうで。ちょっと前までは寝返り打つ時にいちいちSASUKEのファーストステージの重たい壁を持ち上げる時のケインコスギみたいな雄叫びをあげていた息子もその二の足でそこらへんをてくてく歩きまくるし、歩きたい時は抱っこをプロレス技かけられた浦安鉄筋家族みたいな全身ピン伸びで拒否する、コンセントの差し込むところを隙あらば折り曲げんとする立派な暴れん坊にすくすくと成長して大変何よりおりおかげさまの感謝感激雨雨ざらしの大変さです。 それでまー、ぼちぼち2歳になる息子の顔でも見せてやるかーつって京都の義実家に行こうかってイベントをやってたんですけど。その道中の話ですね。京都の義実家に行くにはまー京阪電車で特急乗って4駅5駅のそれなり1時間かかるかかからんくらいのちょっとした移動時間になるわけですけれども。 ベビーカーに息子を乗っけて、嫁と僕とで朝の10

    うちの幼い息子に絡んでくるだけで席は譲らねえババアの話 - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2019/07/08
    他人に自分の期待を裏切られた話と読みました。
  • 「他者に正しい価値観や規範を内面化させたい」という欲望 - ←ズイショ→

    先日、大学時代の後輩の男と久しぶりに会って酒を飲んでいたらこんな相談を受けた。 職場で男性社員同士が女子社員を品定めして順位をつけるようないわゆる下世話な話をしていて、その話に混ぜられそうになるのが嫌だ、と。 あまり角を立てるのは意ではないが、どう言うのがうまいだろうか、という話であった。 で、僕は自分の職場でそういう会話が発生してたら何ていうかなーと考えた結果、「少なくとも自分のいるところではそういう話は控えて頂きたい。自分のいないところでも他に女性スタッフがいるところでは控えるべきだろう。できれば勤務中にそういう話をすること自体もない方が好ましい。そういう話が好きな男だけの飲みの席で身内で楽しむ分には止める権利はないかもしれないが、その文脈を会社に持ち込むのは極めて好ましくない」とかになるかなぁと考えた。 まぁ、実際これを言える人そうでない人がいるし(僕は会社ではそこそこそういうの言

    「他者に正しい価値観や規範を内面化させたい」という欲望 - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2019/06/08
    効率も他人の立場では全く違う事があるのかな。なんか「社会を云々する」って「他人は変えられない、自分が変わるしか無いよね」という話を包含したその上で、語られないのかなと疑問に思ったの思い出した。
  • 「自分の家族が殺されても同じことが言えるのか」への反論 - ←ズイショ→

    タイムラインにこの記事が流れてきて「まぁそうだな」と思った。 で、この記事に対して掲題のような批判が溢れかえってるのも目についた。 なのでこれを書いている。 「自分の家族が殺されても同じことが言えるのか」について僕が思ったことは「いや、直接の被害者遺族はそんなこととても言えないだろうしそう言う必要もないだろ」だった。 そして、だからこそ当事者じゃない誰かが「それでも誰かが言わなくちゃならないこと」を言うべきなんだろうと思う。そしてこの記事の筆者はまさにそれをやっているんだと思う。 自分の家族が殺されてしまった人にそんな殊勝なことを言えとはとても言えない。言えるわけがない。決して無理に言わせたりなんかしてはならない。 しかし、そのような視点を社会が持つことが同じような理不尽が繰り返されないために必要であるならば、それなら代わりに当事者ではない誰かが言うべきだ。 もしかしたら今不幸の只中にあっ

    「自分の家族が殺されても同じことが言えるのか」への反論 - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2019/05/29
    主義主張は自身が安定して保持し続けてこそで、そう見なすからこそダブスタという批判もされうるが、「理不尽」、「堪え難い」事はその前提を壊すと思う。「いつもはこう考えるのにどうしてもそう思えない」とか。
  • 虐待死の報道が出るたび思うこと - ←ズイショ→

    例えばそれがいじめブラック企業や差別や性犯罪やハラスメントに関する話題であったのなら怒りにわななき握りしめた拳を振り上げることにも一定の意義があるのかもしれない。 その被害者と同じような境遇に今もいる人に「あなたがそんな非道い目にあっていい理由なんてない。私は怒っている。あなたがそんな目にあっていることは当たり前なんかじゃないと怒っている人は、社会に、ここに、いるんだ。だから当たり前だなんて思って諦めないで。SOSの声を発して欲しい」とメッセージを発することには一定の意義があるのかもしれない。 が、虐待に限って言えば、当にただ怒りに任せて拳を振り上げるだけではまったく何の意味もないんだよ。 自分の親が世界のすべてである子供にあなたのメッセージは永遠に届かない。死ぬまで死んでなお届かない。死ぬ前から死んでなお、彼らは私たちの声など届かない小さな小さな世界にいるしかできなかったのだ。そして

    虐待死の報道が出るたび思うこと - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2018/06/08
    “しかし、そうして私たちが堪らずに振り上げた拳は「これは絶対に人に知られてはいけない」と子供をそっと社会から隠し込んでしまおうという決意を促してしまうだけなのだ。”
  • 牛乳石鹸のCMが炎上してるやつの雑感 - ←ズイショ→

    たぶん明日には消えてそうな動画でーす。 夫婦共働きでゴミ捨て担当してるだけのくせに辛気臭い顔してる父親が子供が誕生日だっていうのにケーキと誕生日プレゼント持ったまんま会社の後輩と飲みに行って帰るの遅れてに怒られて、それで風呂に逃げ込んで何悩んで自分が被害者ヅラしてるんだみたいな感じで絶賛炎上中です。 で、まぁそうだねぇとしか言い様がないんですけど、これ毎度のマジで会議室で何があったんだとしか言い様がないおっさんが酒飲みながら考えたとしか思えないやつに比べると「あ、たぶんこれあっこらへんをくすぐるつもりで作ったんだろうなぁ」っていうのはなんとなく想像はできたんですよね。 それを今から書きますけど、「このような意図が読み取れないまま非難してるやつは駄目だ」とか「読み取れたとしても他の部分にばかり言及してこの意図を重要視しないやつは駄目だ」とかは全く思わないんですよ。このCM大失敗です。そこは

    牛乳石鹸のCMが炎上してるやつの雑感 - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2017/08/16
    “このCMが糞ってのは間違いないんですけど、もうこのCMの出来が云々とかの話ではなくてあなたは「うん、わかるよ、わかるけどおかしいよね」の「うん、わかるよ」の一手間を惜しむ人間ですか大事にする人間ですか?
  • 世間話するのと熱湯ぶっかけるのは大体同じ - ←ズイショ→

    はい、上記読んだんで「まぁだいたい同意です」みたいな内容の話をします。 僕はもともと内容のないお喋りがすごく好きな人間なので、たとえば最近やってたので言えば電車の中で同僚と玉音放送って長渕剛みたいな言い方で読んだらめちゃめちゃ面白いのではって話になって二人でスマホを開いてググって玉音放送をただ長渕剛風に朗読するっていうのをやってたんですけどまぁ最終的に「米英」をいかに長渕に寄せて2拍で「ベイっ」「エイっ」って言うかを競う感じになったんですけど、カマキリとかのでかい虫をうでかい蛙とか、一口目でパクついて捕らえてからの更にグッと飲み込む二口目までだいぶ間隔空くイメージがあるんですけど、それくらいの間隔を置いての「ベイっ」「エイっ」っていうあの感じ、あの感じをうまく出来た方が勝ちみたいなことをやってるくらいなんで、完全に内容のないおしゃべり大好きチームなんですよ僕は。そんなやつの意見は聞きたく

    世間話するのと熱湯ぶっかけるのは大体同じ - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2017/05/08
    “何かしらの情報がそこには絶対含まれているはずなんだよ。”
  • 子は意味もなく生まれ - ←ズイショ→

    この文章は、最初「子は意味もなく生まれ」というタイトルで考えて書き始めたのでそのままになっているが、書き終えて改めて考えてみるとわざわざ「子」と対象を限定する必要がないことに気付いた。人は誰も誰かの子だし、親もかつて未だ親ならざるものの子だった。「人は意味もなく生まれ」でよかったじゃん、と思った。 嫁が、昔からの友人と先日遊びに行っていて楽しかったらしいので何よりだったのだが、そこで話した色々について聞かされるなかで出てきた話題のたくさんの中のひとつに、嫁さんと嫁さんの会った友人の共通の友人のなんとかさんの息子の話題が出てきた。なんとかさんの息子さんは大層な変わり者の子であるらしく、なかなか話も通じなければよくわからない行動も多くて、そのお母さんは色々悩みもした結果、宇宙人から預かったもんだと思って育てているらしい。 それでお母さん、日頃大変なことは色々あるらしいのだけれど、ある時にその息

    子は意味もなく生まれ - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2017/04/18
    “優しくなることで不幸になるなら優しくなんかなくていいと思うし、まぁ人を著しく傷つけるとかしなけりゃそれでいいよ、ただ、世界と自分の付き合い方を、世界に自分がいる意味を、勝手に一人で見つけりゃいいじゃ
  • 『ど根性ガエルの娘』15話、感想文 - ←ズイショ→

    メモです(あの時どういう気持ちだったかを振り返るためのメモであって、つまりは今後気持ちが変わる可能性はあるかもなぁという予防線も兼ねてるやつですね)。 これ、一応これまでの流れも一通り読んで知ってて、そのうえで話題の最新話読んだんですけど。 まぁこういうやり方もあるだろう、とは思った。 けど、俺がこれを積極的に支持したいかって考えると(それは、大したこと無くって、またかけがえのない一票であるのだろう)、僕はちょっとこのやり方は支持出来ないと思った。 漫画から「わたしはこんなにひどいことされてたんだから、後ろから刺しても構わないですよね?」と言われてるような気がした。 それに対しては「後ろから刺すことはどうなんでしょうね、僕には断言できません。なのでごめんなさい、こっちを見ないで、自分の意思で一人で黙って、後ろから刺してください。一人で刺すぶんには、それはあなたの自由だ」と思った。そして、そ

    『ど根性ガエルの娘』15話、感想文 - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2017/01/22
  • 相手に「この人は対等を望む人間だ」と判断されるにはコストを伴う - ←ズイショ→

    なんか盛り上がっててブコメとか眺めて「へー」とか言ってたんですけど。まぁまず、「こんな男いる?」ってのは言っても詮無いので置いときましょう。なんか、いるって言ってるんだからいるんでしょ。そういう男が描かれた屏風があって夜な夜な抜け出しては高収入バリキャリ女に罵声を浴びせるので大変困っておるのじゃって将軍様が言ってるんだから「いるんだー」って思ってるんですけど、こうやって書くと実のところいないと思いつつ書いてる揶揄だと思うじゃないですか。実はこれ、そもそも一休も屏風に入ってるっていう世にも的なオチのやつですから。「よし、引き受けてくれるのじゃな一休、では新右衛門、一休を屏風から出してやれ」「ははっ!」つって、そういうスタンド攻撃なんですけど。まぁ人間誰しもたった二つのまなこで世界を無理にでも見渡すしかないわけで見える景色は人それぞれ、その中で見えたものを互いにシェアしていけるといいですねって

    相手に「この人は対等を望む人間だ」と判断されるにはコストを伴う - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2016/10/12
    “結局自分が望む望まないに関わらず、相手が「そのカード切られてしまったら勝ち目がねえ」って思ってるカードを自分が持ってしまっているのなら「私はあなたと勝ち負けを競いたいわけではないのでこのカードを怖が
  • 謝ったら死ぬ病の人に「間違ってない部分もある」のは当たり前 - ←ズイショ→

    僕はもう20年くらいインターネットに触れているんだけど元来集団への帰属意識が薄いもんで俺は俺、他人は他人と思ってやっていたのだけれど、ブログで頓珍漢なことを言っていたフリーアナウンサーがそれが原因でテレビ番組を降板させられたというニュースを聞いていわゆるネットスラングでいうところの「大勝利」という感覚を生まれて初めて覚えたので、「俺はこの件にけっこうよっぽど怒ってたんだなぁ」ってことと「年取ったんだな俺、気をつけよう」ってことを同時に思った。 それで、頓珍漢な人は頓珍漢なのでまぁいいとして「言い方は悪かったが考え方としては間違ってない、一理ある」みたいな評価を一定数見かけて、それに対してなんだかなぁと思っていた。 先日、「私たちは複雑さに耐えて生きていかなければならない」というタイトルのブログを書いたのだけど*1つまりはそういうことで、結局世の中のたいていの炎上・失言・暴走した正義ってのは

    謝ったら死ぬ病の人に「間違ってない部分もある」のは当たり前 - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2016/09/30
    “だからってそんなこと億劫だと匙を投げて開き直る人は怠惰だと思わざるをえないし、間違ってない部分もあるから俺の言うことは一から十まで正しいなんて言う人と話せることは残念ながら何もない。”
  • 俺は、みんなの捏造記憶の話を聞きたい - ←ズイショ→

    はい、じゃあ今から面白い話をします。原稿用紙2枚くらいに収まるよう努力するので、とりあえず頼むので読んで下さい。 これは僕が四歳か五歳くらいの頃の話だったと思うんですけど、僕は初孫で小さい頃はそれはもう祖父母にかわいがられてたらしいんですけど、ある時、僕の両親はいなかったのかな、ばあちゃんもいたか記憶が怪しいんですけど。少なくともじいちゃんはいた。じいちゃんと何かしらの動物園か、それに類したイベントに連れてってもらったんですよ。そこで、ゾウに乗れる体験コーナーみたいなのをやっていて、僕はけっこうビビリな子供だったので嫌がったんですけど、おじいちゃんはそういう腰が引けてる僕をからかい半分で連れ出すのが好きな人だったので、結局ゾウに乗ることになって。時代なのかな、今じゃそんなん危なくて絶対無理なんだろうけど、鞍も何もついてない背中に直接またがるのね。櫓の上から。それで、僕が前でおじいちゃんが後

    俺は、みんなの捏造記憶の話を聞きたい - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2016/09/27
    “この「四歳の頃からずっとあった」って記憶が俺の頭の中に発生したの昨日の可能性全然あるんだよ。”
  • 「やる気がないなら帰れ」とポリコレダブルバインド - ←ズイショ→

    ネットなんかで永らく繰り返されている「正しすぎる正義」「正しすぎることの何が悪い」の話題ですがぜんぜん正しくも何ともないことがわかったのでそれを書きます。 あのー「やる気がないなら帰れ」ってあるじゃないですか、よく腹立つ教師とかが使ってきてたやつ。あれってずるっこいですよね。実のところ言外に要求してるのは「俺に逆らうな」「俺の言うとおりにしろ」なのは明らかじゃないですか。しかし言葉のうえでの質問は「やる気はあるのか?」です。「先生の教え方は理不尽です」と言っても「そんなことは聞いていない。やる気はあるのか?ないのか?どっちなんだ」ってな調子です。こう言われると大抵の子は啖呵を切って教室を出ていくのも大変なので「やる気あります。帰りません」と答えざるをえません。相手の思うツボですね。ここでやる気があると表明したことを褒めてきたりするのもむかつきますね。飴と鞭のつもりかよ。なお、この場合は

    「やる気がないなら帰れ」とポリコレダブルバインド - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2016/09/17
  • 人間関係の調整における「待つ」という戦略の重要性と難しさ - ←ズイショ→

    ほんとに備忘録メモ。 掲題にあるような内容・方面での面倒が最近なんかすげえ多くてだるいんだけど。 色んな人間が噛んでてそれぞれにそれぞれの思惑があったり利害が一致したりしなかったり、大事だと思うものがそもそもバラバラだったりみたいなそういう面倒があって、それはまぁどこにでもある面倒なのだけど。 僕はこの手の揉め事に対して「待つ」という選択をすごく大事にする。それは例えば「今日あの人を説得しても絶対に聞き入れないだろうが、一週間後であれば、別のあの人がその間にこういう動きを勝手にするであろうから、そうなればあの人も説得に耳を傾けざるをえないだろう」みたいなそういう判断だ。 「時間が解決してくれるさ」という言葉はいかにも胡散臭く、僕だってあまり信用していない言葉ではあるのだけれど、この手の話の際には僕は割りと信用していて、どちらかというとその信用は「時間くらいしか解決してくれそうにない」という

    人間関係の調整における「待つ」という戦略の重要性と難しさ - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2016/09/07
    “一方で、時間の経過を待つ、というのは、そういう風にどんだけ俯瞰でえらそうぶって考えてる時でも、待とうとした瞬間、時間は誰にだって平等なものだから俯瞰を捨てざるをえず、いち当事者としてもんもんと時が過
  • 街中で見かける「親子」という密室と部外者であるところの僕 - ←ズイショ→

    子育てに関する話題なんですけど何せこれ書いてる奴が育児未経験者なので自分が子供だった頃の記憶なんかも頼りに想像で書いてる部分が多分にあります。童心に帰るために今となっては全くべたくない完全序盤先行型最初の1分だけ引くほど味が濃いでお馴染みバブリシャスガムを噛みながら今、キーボードを叩いています。ばぶー そういえば僕は田舎の出なもんで、そして当時の時代の空気というのも今とは随分違ったものですから、割と道端ですれ違う人の好意というのは素直に受け取るもんだと思って育ったし自分の好意もそのように受け取られるもんだと当たり前田のクラッカーくらいの調子で信じて生きてたんですけど地元を離れて一人都会で暮らし始めた時分、僕はその日厚い雲が空を覆い陽の光ひとつ届かぬ猛吹雪の中友人の家に遊びに行こうとてくてく道を歩いていたんですけど、今これを読んでた人は「いや、吹雪いとるやないか、田舎やないか」と思ったと思

    街中で見かける「親子」という密室と部外者であるところの僕 - ←ズイショ→
    kjin
    kjin 2016/06/01
    “だって他の大人は信用ならねえもん。”