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2009年1月22日のブックマーク (10件)

  • http://homepage3.nifty.com/hamachan/rouihaken.html

    ご紹介いただきました濱口です。もともと労働省に入った役人で、最近は学者のようなこともやっていますが、目線はどの辺かというとアカデミックなところとジャーナリスティックなところと、それから役所の中から見る、この3つのバランスをとった辺りがちょうどいいのではないかと思って、いろいろな所で書いたりしゃべったりしています。 私は、派遣法そのものを直接担当したことはありません。旧労働省で職安局、基準局、労政局、官房も含めていろいろ回っていたのですが、派遣法そのものに携わったことはありません。そういう意味で、これは自分がやっていない話ではあるのですけれども、いろいろな所で話がかかわってきますので、ずっと関心を持っていたテーマです。ここ数年来派遣がいろいろ話題になる中で、あちこちでいろいろなことをお話してきています。 当初、宮村さんから「現状と課題」というテーマをいただきまして、課題でしゃべることはいっぱ

  • 解雇規制と裁判

    JILPT 資料シリーズ No.29 2007 年5月 解雇規制と裁判 独立行政法人 労働政策研究・研修機構 The Japan Institute for Labour Policy and Training ま え が き 解 雇をめぐっては、経済学の分野において、その理論的機能ならびに実証的機能に関する 知見が求められるようになってきている。解雇は、労働者の人生にとっては最も深刻な出来 事のひとつであるが、日経済・企業経営の観点からは、限られた資源としての労働力を有 効に活用するためには、経済状況に応じた資源配分の変更が必要であり、解雇はこの労働市 場を通じた資源配分メカニズムのひとつでもあると考えられる。 1990 年代以降の不況のなかでの雇用調整の拡がりによって、 労働者にとって解雇がより身 近なものとして受け取られるようになったと思われる。さらには、雇用調

    kousyou
    kousyou 2009/01/22
    いい資料だなー
  • 偽装請負(4)偽装「請負」の請負には「委任」も含まれる

    前回まで,正規の請負と実質は派遣である偽装請負をどのような基準で区別するか,偽装請負とならないためにはどのように対応しなければならないのか,について説明してきました。 一応の説明をしたつもりだったのですが,読者の方から次のような質問がありました。 この質問に対する回答は,結論としては「請負の場合と同じです」になります。しかし,請負契約と委任契約は違うじゃないか(実際に違います)ということで,上記の質問が出てきたのだと思います。また,偽装請負と正規の請負との区別基準として紹介してきた厚生労働省の「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(以下「区分基準」といいます)も,「請負」という言葉を使用しています。このため,請負に「委任」は含まれないのではないか,という疑問をお持ちになったのでしょう。 偽装請負の問題で話が分かりにくいのは,実はこの用語の問題かもしれません(注1)。

    偽装請負(4)偽装「請負」の請負には「委任」も含まれる
  • 「日本の解雇規制は「二重構造」これが正規・非正規の差別を生む」

    解雇規制への風当たりが強い。OECDの対日経済審査報告書2008年版でも、「労働市場改革のための提言」として、「正規労働者への雇用保護を緩和することで、非正規労働者を採用して雇用の柔軟性を確保しようとするインセンティブを弱める」ことが求められている。一見したところこのOECDの提言も、内閣府の規制改革会議労働タスクフォースが昨年5月に公表した意見書と同様、あらゆる労働者保護はことごとく労働者の利益に反するという急進的な規制撤廃論に立っているように見えるかも知れない。しかし報告書をよく読めば、OECDが懸念しているのは解雇規制の絶対水準ではなく、正規と非正規の間の雇用保護水準の格差であることが判る。提言の文言はいささか誤解を招きかねないものだが、誤解に基づいて「解雇規制はことごとく撤廃せよ」と叫ぶのも「解雇規制には一切手をつけるな」と叫ぶのも適切な反応とはいえない。 OECD自身、その

  • http://homepage3.nifty.com/hamachan/roubenflexicurity.html

    編集部の依頼は福井・大竹編著『脱格差社会と雇用法制』を契機として解雇問題を考えよというものであった。同書は「法と経済学」の方法論に基づいて労働法制を分析したと称しているが、実は特定の思想に基づく特定の「法と経済学」に立脚したものであって、これを「法と経済学」そのものと考えたり、ひいては経済学的思考の典型と考えたりすることには慎重でなければならないように思われる。ある研究会で同席した若手労働経済学者に意見を聞いたところ、「彼らは視野が狭いくせに自分たちのイデオロギーで何でも切れると思っているから始末に負えない」とのことであった。 法と経済学の出発点はいわゆるコースの定理であり、「もしも、社会のメンバーが、自己利益を最大化できるような合理性を備えており、あるべき社会状態についてコストをかけずに交渉を行うことができ、その結果としての契約の履行について、社会がこれを有効に強制する仕組みを持っている

  • ゲス問題なGDを切り抜ける方法と、ゲス話にイライラしないですむライフハック - 春巻たべた

    悪いのは誰? - ある無人島漂流の物語 - タケルンバ卿日記別にケンカ売るつもりはないんだけどこの人がこういうネタ書くと「さすがマカオの人だけあって・・・」とかどうしても考えちゃってそのツッコミはさすがに不謹慎というかフェアじゃないよなー誰にでもミスはあるよなーと思いつつも全然我慢できねえ!面白すぎるし!みんなよく我慢できるよねすごいね紳士だね!というかこの人のblogよくホッテントリに上がってるけどモナコ以外の記事は一個も思い出せないや。なんか万札に埋もれて(埋もれてないけど)る画像のblogだよね、くらいの印象しかない。こんな気持ち悪い記事書ける人なら「きもちわるい」タグで記憶されててもいいもんだと思うけど。というかこういう研修があったそうです純然たる客観的事実ですみたいなこと言ってるけどいまんとこソースはこの記事しかないわけで、「俺その研修受けたけどそんな話じゃなかったよ」みたいなの

    kousyou
    kousyou 2009/01/22
    後半神懸ってる
  • 節子、それ 246 やない。六本木通りや : にぽたん研究所

    唐突だけど、六木通りと 246 (国道 246 号線) を混同して覚えている人が割と多いなーと、日頃からよく思う。 東京とまったく縁が無い人とか、そんなこと知ってるよって人にはどうでもいいお話なので読み飛ばし推奨。 言うまでもなく、六木通りと 246 は全く違う道。しかも、六木通りという名の付く場所で、国道 246 号線な場所は存在しない。 人と会話している中で、「それはどのあたりにあるんですか?」とか「そこにはどうやって行くんですか?」とか、場所についての話題になると、突如 「246 をまっすぐ六木交差点のほうに向かってー…」 とかいう表現があらわれて、よく混乱させられる。 まず脳内で、六木交差点は、六木通りと外苑東通りが交差している交差点だから、えー、んー、あー、この人何言ってんだろ?どこだそれ?となる。 で、ちょっと経ってから、あー、きっと六木交差点と 246 を混同し

    節子、それ 246 やない。六本木通りや : にぽたん研究所
    kousyou
    kousyou 2009/01/22
    246は旧大山道、六本木通りは東京オリンピックのときに作られた新しい道。
  • カナダ人が21日間の日本旅行で撮影した写真を一気に見るスライドショー:小太郎ぶろぐ

    彼女と共に観光旅行で日を訪れた、カナダ在住のエリック。 彼が旅行中に撮影した大量の写真を、高速でスライドショーさせた映像がこちら。 21日間にも渡る長期旅行で、訪れた場所は東京の秋葉原や六木、新宿渋谷に下北沢。 新幹線で大阪に移動し、広島、宮島、別府、京都、取って返して北海道、また関西方面、名古屋へ飛んで東京へ。 日文化も人々の暮らしも、自然も歴史も風俗も、みんなひっくるめて沢山見てくれて嬉しいのだ。 関連に彼が撮影した写真のflickrもリンクしておいたよ。

  • http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/touyou/jindaimoji.htm

    神代文字の真偽 我が国には、大陸より漢字が伝わる前に、日独自の文字を持っていたという。 それが「神代文字」である。 こうした文字は、果たして実在したのであろうか? これは結論から言おう。現代残されている「神代文字」なるものは、その殆ど全てが江戸時代から明治にかけて作られたものである。 神代文字と呼ばれるものには、夥しい種類が存在する。 アヒル文字、アヒルクサ文字、イムベ文字、アコシ文字、アメコシネ文字、アメコシアヒル文字、ツクシ文字、ホツマ文字、クサキネ文字、カスガ文字、ウマシ文字、モノノベ文字、コレタリ文字、タネコ文字、豊国文字、モリツネ文字、ムサシ文字、ツシマ文字、アジチ文字、アメコシカズ文字……まだまだあるだろう。 これらは神社の石碑や御札などに残されていることもあれば、こうした神代文字で書かれた古文書なるものまで存在する。だが、その歴史は先述の通り、古くはない。 神代文字の真偽を

  • アイデンティティって、なんだ? - reponの忘備録

    昔からわからないのです。 「アイデンティティ」って、「自己同一性」という訳語が当てられていますが、一体どういうことなんでしょう? アイデンティティが「無い」と不安になるそうです。 また、「アイデンティティ」が不安定だと、「良くない」ので「確立」する必要がある、と言います。 で、「アイデンティティ」って、「自分が何者か」ということですから、結局それって「キャラ化」ってことなんじゃないですかね? 自分はこんなキャラだ、と周りに認められることで、自分自身が何者か知る、ということ。 とすると、今の若い人たちが過剰に「キャラ」を作るのは、アイデンティティを過剰に求めている、ということなんでしょうかねぇ。 アイデンティティというのが、「自分を映す鏡」としての他者だとすると、一神教の世界と、日のように「世間」がその代替である世界では、ずいぶん違いますよね。 一神教の世界では、基的にアイデンティティを

    アイデンティティって、なんだ? - reponの忘備録