moja🧚♀️ @moja99758134 実は先日東京で偶然同小、同中だった同級生の女の子にばったり会った。中学では常にトップ10(200人中)に入り、岡崎高校(県内トップ校)卒業後は「とにかく陰湿で閉塞感のある西三河からは出たい」と東京の大学に進学→そのまま都庁に就職、実家も和歌山に移転、西三河には成人式以降戻ってないと→ x.com/yuuraku/status…
1971年東京生まれ。イラストレーター。ドクロ服、ドクロ雑貨集めに情熱を燃やしすぎている。ほかにはワニ、ウツボ、ハダカデバネズミなど毛の生えていない動物も好む。著書に「しろねこくん」、「ココロミくん」、「ひとみしり道」、「ばかスイーツ」などがある。(動画インタビュー) 前の記事:豆10倍豆かん
東京都のマッチングアプリに対し、少子化対策に子育て支援だけを求める人々から非難轟々だが 個人的にはやっと本質的な少子化対策が出てきたって思うし、 もっと早くやって欲しかったわ 10年前にこれがあれば(まぁその場合『アプリ』ではなかっただろうけれど)、自分は結婚できていたかもしれない……本当に遅いよ これで目に見えて効果が出たら、否定している人達はどういう態度を取る気だろう? まぁ、今からでは「少子化対策」としてはとっくに手遅れだから成果は出ないと思うけれど それはマッチングアプリという手段が悪い訳ではなく、既に若年人口自体が減るフェーズに入っているからであって マッチングアプリはどう考えても少子化対策としては「子育て支援」よりは有意義だと思うよ 少子化の一番の原因は未婚率の上昇だという事実にはけして目を向けず、子育て支援ばかりを際限なく求める人々がこの国を駄目にした (追記) ブコメでなん
東京に生まれた。 新宿区で生まれ、その後は23区外に引っ越したが、ずっと東京都内から出たことはなかった。 小学校受験をし、私立の小学校を卒業し、そのまま中学受験をして、いわゆる御三家に合格し、中高一貫の女子校を卒業した。 中高時代は都心まで通学し、遊ぶところは新宿、渋谷だった。 1年間浪人し、そのまま地方の国立大学医学部に進んだ。 まさかそこでここまで大きなカルチャーショックを受けるとは思っていなかった。 私は自分がいかに世間知らずだったかということを全く知らなかった。 まず、初めに、医学部生同士での「親って医者なの?」という会話に驚いた。 「え?むしろ親、医者じゃないの?」 喉元まで出かかって飲み込んだ。 私の周りの医学部志望生は、7〜8割は親が医者であり、親が医者であるかどうかを確認する文化がなかった。また、親が医者でなかろうと、会社の社長だの外交官だのばかりなので、「あ、そうなんだ。
突然のお知らせで申し訳ありませんがcurry 草枕は今日3月31日をもって一般営業を終了、4月28日で閉店・廃業します。 私店主がコロナの後遺症で匂いが以前のようにとれなくなってしまいました。嗅覚障害です。倦怠感や味覚障害、ブレインフォグはぼちぼち回復したのですが、鼻の方はお医者さんから今の医学では元通りに治るかどうかなんとも言えない、と言われています。 ごまかしながら、店の従業員に助けてもらいながら固定のレシピでこの2年やってきましたが、カレーが好きでお店まで開いた私の気持ちとしてこの状況はつらいものがありますし、社長自身がわからないものを売るのはどうかとも思います。またメニューの改善もできないこの状況では早晩うまくいかなくなるのは目に見えています。従業員や関係して下さる方々の事も考え十分に余力のある今のうちに閉めることに決めました。 ごひいきにしてくださったお客様方、お店に関わってくだ
大学生の頃に住んでいた学生寮「ドーミー立川」。 ひょんなことから、特別に一泊させてもらえることになった。 当時の寮仲間たちと一緒に、思い出の部屋へ帰る一日の話。 かなり大きい観葉植物が部屋に2つあり、どちらも枯れている。「旅のラジオ」を毎週更新中。著書に『1歳の君とバナナへ』(小学館)、『0メートルの旅』(ダイヤモンド社)、『10年間飲みかけの午後の紅茶に別れを告げたい』(河出書房新社)。 前の記事:マレーシアの「世界最大級」の盆踊り大会へ行ってきた > 個人サイト note 思い出の寮「ドーミー立川」 18年前。大学にいくため上京して、学生寮に住んだ。いろんな大学の学生や社会人も住んでるような、民間企業の運営する寮だった。東京都立川市にあるその寮の名を、「ドーミー立川」という。 ドーミー、と聞くとホテル「ドーミーイン」を思い浮かべる方が多いかもしれない。事実、この寮はドーミーインに深く関
著: 玉置 標本 池袋と目白の中間あたり、人通りもまばらな住宅街に店を構えるブックギャラリーポポタム。国内外のアートブックやリトルプレス(少量生産の本)、アーティストによる絵画やグッズを扱っている。 ポポタムのオープンは2005年。この店がこの場所に誕生した理由、19年間にわたって作家やお客様に支持され続けてきた訳、個性的な品揃えの基準などを、店主の大林えり子さんから伺った。 本とサブカルに親しんだ学生時代 大林さんの出身は香川県の西側、お雑煮が白味噌の汁に丸い餡子餅をいれる地域とのこと。 高校卒業後、大学進学のため上京をして、なんやかんやあって店をオープンさせて現在に至る。 多くの人が「本当にこっちでいいのかな?」と迷いながら辿り着く店、それがポポタム ――昔から本は好きだったのですか。 大林えりこさん(以下、大林):「特別好きとは意識していなかったけど、今思うと、よく読んでいたと思いま
東京に行ってみたい。 都会なんだろうな。満員電車があるんだろうな。 ひよこのお菓子があるんだろうな。パンダもいるんだろうな。 テレビでやっている店にすぐ行けるんだろうな。 芸能人も見かけるんだろうな。 でも写真撮ったりしないんだろうな。 いいないいな。 渋谷もあるんだろうな。 新宿で迷えるんだろうな。 神保町で古本買うんだろうな。 秋葉原行って「昔とは変わったよな」とか言えるんだろうな。 いいないいな。 東京の人はいいな。 スカイツリーに登れるんだろうな。 ディズニーランド日帰りで行けるんだろうな。 お台場で遊べるんだろうな。 お台場ってもうさびれてるのかな。 それすら知らないよ。 いいないいな。 テレビ東京見れるんだろうな。 タワーレコードがあるんだろうな。 ライブも行き放題なんだろうな。 音楽と共に生きてるんだろうな。 羨ましいな。 オタクがいっぱいいていいな。 コラボカフェも行きまく
今回は東大卒の幸福度が上がりにくい理由に関して考えてみたい。 東大を卒業して結構な年数が経過し、今でも多くの東大卒と業務上でもプライベート上でも関係を有している。業務上では、深い話をすることはないが、プライベートになるとやっぱりそこでは、色んな悩みを聞くことがある。 世間一般では、「東大に入ると」「東大を卒業すると」幸福で豊かな人生が待ち受けていると考えられている。 筆者自身は必ずしもそうではないと思うし、周りの東大卒と話していると複雑な気持ちになる瞬間が多い。 今回はこれまでの筆者自身の経験を基に東大卒の幸福度が上がらない要因に関して、考察してみたいと思う。 結論としては以下の要素を挙げることが出来る。 【東大卒はその肩書にふさわしい進路選択を要求される】 【勤務地が都心に限定され、可処分所得や時間が増えない】 【ギリギリ上が見えてしまう微妙なポジショニング】 【高校で医者を選択した同期
著: 伊藤幸司(ランジャタイ) (画像/PIXTA)中野の地下では、いつもしょうもない事件が起きている「てめえ!ふざけんじゃねーぞ!」 怒号がなかのzero視聴覚ホール地下2階に響く。小坊主が、首根っこをつかまれた。 「やめろ〜!」 小坊主の正体はガロインというコンビのツッコミの薗田。薗田をつかんだのは、あるライブの主催者の女性だ。 「なんだ〜!ふふふ」 強がりなのか、つかまれたことが面白いのか、なぜか半笑いだ。 「ぜってぇ許さねえからな!ふざけんな!」 「怒りすぎだろ〜、ふふふ」 楽屋から引きずり出された。 「すぐ電話するからな!待ってろ!」 「なんだあ、やめろ〜。ふふ」 ぷるるるる、ぷるるるる。かちゃ。繋がった先は、グレープカンパニーだ。 「御社所属のガロインさんが、ライブ出演でもないのに、勝手に楽屋に侵入して、ケータリングのお菓子を食べてたんです。ガロインさんは、うちのライブ出禁にさ
かつて表参道の同潤会アパートにあった丸玉商店 同潤会青山アパートメント。現在表参道ヒルズがある場所には、大正15年に竣工された歴史的な集合住宅が表参道のシンボルだった。80年代の半ばからは、この建物にハイセンスなブティックやギャラリーが数多く入居。ラバーソールをはじめとするロンドンから直輸入されたシューズを扱う “丸玉商店” もそのひとつ。 当時、いわゆるラバーソールは入手困難品。クラッシュのメンバーがこの靴を履いている姿を雑誌で見て原宿の老舗店に行くがサイズがない。何とかならないものかと男性のラバーソールを履いたが、ぶかぶかに加えて重過ぎる。これに3万円近くは出せないのが本音。売っている店は限られていたし、値段も当時としては高価だった。 そもそもレディースのサイズがないから仕方ない。でも、クラッシュと行動を共にしていた女性シンガー、パール・ハーバーのように履いてみたい。知り合いのデザイナ
一橋大卒24歳女子、スナックのママになる。若者も女性も楽しめる「街の社交場」に、全国展開も視野 「スナック水中」東京都国立市 スナックは不思議だ。カフェで初対面の知らない人といきなりおしゃべりすることはないのに、狭い空間、お酒の力、そしてママのアシストで、いつもより社交性2、3割増しの自分が出てくる。 とはいえ、一見さんにはハードルが高いのも事実。担い手と顧客の高齢化、コロナ禍の影響で廃業が相次ぐ業界のなか、「一橋大学を卒業してすぐスナックを引き継いだ」という現在25歳のママがいる(継業時は24歳)。スナックを“おじさん”だけでなく、若者も女性も楽しめる「街の社交場」に――そんな想いで「スナック水中」(東京都国立市)をスタートし、「目指せ!100店舗展開」という野望を持つ彼女にインタビューをした。 スナック=常連の男性客だけの場にするのはもったいない その、少し毛色の違うスナックは、国立市
ピーちゃん @usa_wanwanwanko #初投稿 です。 当時付き合っていた彼が東京の大学に行くことになりました。 ついて行けない私は、うさぎのぬいぐるみを買って、代わりに連れて行ってもらいました。 そのぬいぐるみは、パペットになっていて、手を押すとピーと鳴る、なんとも愛らしいぬいぐるみでした。→ #吉徳 #ぬいぐるみ pic.twitter.com/dP45cocdei 2023-10-03 11:32:27 ピーちゃん @usa_wanwanwanko →東京で一人暮らしを始めた彼は、その子を「ピーちゃん」と名付け、話しかけていたそうです。帰省の時はピーちゃんも連れて帰ってきて、一緒に出かけました。 ピーちゃんが6歳になった時、私達は結婚しました。子供も生まれ、ピーちゃんは娘の部屋で過ごすようになりました。→ #吉徳 #ぬいぐるみ pic.twitter.com/IiTiyI4g
及川 @oikawa_finance 『東京勤務したいです』という就活生へ。毎日満員電車で通勤し、昼は大して美味しくないランチに1,000円払うかコンビニ飯。休日も年収、パートナーの属性などでマウントを取り合う”都会の”生活が待っている。本当に東京勤務がしたいのか『東京勤務である自分』に酔いたいのかよく考えるべきですね 2023-10-01 19:02:40 及川 @oikawa_finance これ『地方僻地勤務よりはマシ』というご意見多いですが、そもそも他の候補として想定しているのが大阪、名古屋、福岡とかの地方中枢都市。僻地勤務に比べれば東京の方がはるかに恵まれてるのは理解しております。 2023-10-02 17:57:42
「おじいちゃんのチーズケーキ」と、親しまれているケーキ専門店が東京・中目黒駅近くにある。「ヨハン」。男性のケーキ職人7人全員が、ケーキを作り始めたのは定年退職後だ。平均年齢は73歳ほど。彼らはなぜ職人になり、どんな思いで働いているのか。定年後のセカンドキャリアを探ろうと、店を訪ねた。(中村真暁)
2022年8月18日。わたしは35年過ごした故郷の石川県を離れて上京した。 リモートワークになったことにより、東京を脱出して地方移住したというのはよくある話だが、その逆の話についてはあまり体験談やブログがない。 あれから一年が経ったので、30代で上京するまでの経緯から、一年を東京で過ごしてみて現在思うことまで、さまざまなことを思い出しながら綴っていこうと思う。 上京が叶わなかった20代地方出身者が上京するタイミングといえば、進学や就職。そのあとは転勤、転職、結婚あたりが一般的だと思う。 生まれてからこれまで、石川県を出たことがなかったわたし。東京での暮らしには20代の頃から憧れていて、東京の求人を眺めては何度も検討したことはあったし、実際に応募したこともあった。 しかし今でこそ、コロナ禍を経てオンライン面談などがあるものの、当時はもちろんない。また現在は北陸新幹線が開通し、東京までは2.5
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