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2011年7月13日のブックマーク (6件)

  • 『満韓ところどころ』雑感 - heuristic ways

    『満韓ところどころ』を読み終えた。途中でふと気づいたが、漱石がこの旅行をした1909年は、まだ清朝の時代である。中村是公の馬車の「別当(べっとう)」(=馬丁)が「辮髪(べんぱつ)を自慢そうに垂らして」いるという描写がある。ちくま文庫版の注によると、辮髪は「もともと満洲族の習俗で、のち、満洲族が清国を建ててから中国人一般に強制したが、中華民国になって廃止された」とある。辛亥革命によって中華民国が成立するのはこの2年後(1911年)ということになる。  私がこの紀行文を読みながら疑問に思ったのは、漱石は漢詩や南画などの中国教養を充分持っているのに、現実の「支那人」や「朝鮮人」に対しては、ごく普通に蔑視的な眼差しを注いでいるのは何故か、というようなことだった。 人力(車)は日人の発明したものであるけれども、引子(ひきこ)が支那人もしくは朝鮮人である間はけっして油断してはいけない。彼等はどうせ

    lotus3000
    lotus3000 2011/07/13
  • 国民にもバレてた!サイテー“姑息菅”の思いつき恐怖政治 - 政治・社会 - ZAKZAK

    菅直人内閣の延命戦略が破綻した。世論調査で、内閣支持率が一気に16%台まで急落したのだ。首相主導で発表された原発再稼働の安全検査「ストレステスト」の場当たり的導入への批判が強かった。菅内閣は東日大震災から4カ月となる11日、原発再稼働に関する国の統一見解を発表したが、世論も与野党も菅首相を見放しつつある。こうしたなか、民主党歴代代表による「菅降ろし」まで始まろうとしている。  「国民が冷静さを取り戻してきた証拠だろう。ストレステスト発表をめぐる混乱や、海江田万里経産相との閣内不一致も大きい。そもそも、(思い付きでストレステストを)強行すれば、電力供給に支障が出て産業の空洞化が進み、雇用が悪化し、不況に拍車をかける。経済界も労働界も懸念を示している。国民は『菅首相の延命策』と見抜いた。原発不安に付け込むような恐怖政治は通用しなくなっている」  政治評論家の浅川博忠氏は、菅内閣に突き付けられ

    lotus3000
    lotus3000 2011/07/13
  • 「あきれた」に誘導されるわたしたち-「シニシズム」とはなにか - reponの忘備録

    シニカルに皮肉を言うことは、自由の発現のように見えて、実は最も不自由である、というはなし。 民衆の風刺としての「キュニシズム」 自分たちの力の届かない権力者の言葉や行動の「キレイ事」を、皮肉や風刺を通して、隠されている利己的な関心、暴力、権力欲を暴くことを「キュニシズム」といいます*1。 権力者が「キュニシズム」を利用して打ち立てる「シニシズム」 それに対して、「民衆が冷笑して無関心になってくれることで行動が取りやすくなる」という(意識的・無意識的な)判断のもと、皮肉や風刺で、それ以上の批判を封じてしまうのが「シニシズム」です。 「シニシズム」は行動に根付く たとえば「政治」を語るとき、僕らは「特定のモード」に入り言葉を紡ぎます。 その言葉は、たいていは「あきれた」「馬鹿馬鹿しい」です。 これが思考停止であることは明らかなのですが、それ以上踏み込むことは実は危険なことだと分かっているし、と

    「あきれた」に誘導されるわたしたち-「シニシズム」とはなにか - reponの忘備録
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    lotus3000 2011/07/13
    自称中立問題を考えるエントリー。狂信とはその意味でシニシズムを消す最後の手段みたいなものではないのか?
  • 共同体というものをどう想像するか

    歴史主体」論争への人類学的介入 ――共同体というものをどのように想像するか―― 1 「歴史主体」論争とポストモダニズム 加藤典洋の「敗戦後論」とそれに対する高橋哲哉の批判から始まった「歴史主体」論争と呼ばれる論争で提起された重要な問いは、日人というネイションを名指しした他者の訴えに応答することと、ネイションという枠を脱構築することを、どのようにつなげることができるのかという問いであったように思う。すなわち、この論争の特徴は、国民としての主体化を拒否し、ネイションといった共同体を超えることを目指していた戦後世代の「ポストモダニスト」たちのあいだで起こった論争だという点にある。そして、そこが、質的にはポストモダニズムを国民意識の基盤への攻撃者とみなす排他的なナショナリストたちの運動である「自由主義史観」や「新しい歴史教科書をつくる会」と、それを日歴史修正主義として批判する側とのあいだ

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    lotus3000 2011/07/13
  • ドメインパーキング

    blogzine.jp

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    lotus3000 2011/07/13
  • リスクを背負う人とそれを後ろから撃つ人 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    提起された問題に対して第三者がどのような態度を取るべきかについては、いろいろ難しい論点があるのは確かである。従軍慰安婦問題を問題化しようとする人たちの行動の多くについて、僕は惜しみなく支持を送りたいと思うが、それを慎重さを欠いた無思慮な態度、反対する人たちの意見に耳を傾けない意固地な態度として批判したがる人たちもいるだろう。僕は僕なりに覚悟を持ってこうした態度をとっているし、当然、それなりに理由のあることだとも思っている。 従軍慰安婦問題のような心的外傷をもたらす事件において、私たちがその問題の真偽について考えたいとき、どのような文脈を想定しておかねばならないのか。かなり長くなるが、ジュディス・L・ハーマン『心的外傷と回復』から引用する。(ただし、ハーマンが想定している外傷的経験は、女性の受ける暴力(家庭内暴力、性暴力)の他に、兵士が戦場で受ける経験も含まれるので、その点はご注意を。) 中

    リスクを背負う人とそれを後ろから撃つ人 - モジモジ君のブログ。みたいな。
    lotus3000
    lotus3000 2011/07/13