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2014年5月2日のブックマーク (12件)

  • 右腎臓全摘しました

    松尾匡のページ14年3月16日 右腎臓全摘しました いろいろあって更新が止まっていましたので、書くべきネタはたくさんたまっているのですが、とりあえず近況報告のみ。 昨年末、右の腎臓の内部にごく初期の癌が見つかり、3月7日に入院、10日に手術し、右の腎臓を全摘しました。術後の経過は順調で、明日退院予定です。ごく初期の小さな癌で、腎臓の内部深くにあったのを、腎臓まるごと取りましたので、今後の転移の可能性もまずありません。 担当医師はとても優秀で丁寧で、スタッフのみなさんも親切で、当に感謝しています。 やっぱり手術当日の夜はキツかったです。将来歳とって死ぬ前は毎晩こんな思いをし続けるんだろうなとか、これから歳とっていくと、こんな経験何度もすることになるのだなとか考えて、これからの人生はかなんでいました。それを考えるとやっぱり今後高齢化を支える人手は足りなすぎるぞとか…。 ちょっとした苦痛に耐え

    右腎臓全摘しました
  • 「ファスト風土が、末端から壊死していく」 - シロクマの屑籠

    極点社会 ~新たな人口減少クライシス~ - NHK クローズアップ現代 先日のNHK 『クローズアップ現代』は、東京への一極集中と過疎地の消滅、そして日全体の出生率低下についての特集だった。かじりつくように視聴した。 地方の幹線道路沿いに住んでいると、こうした過疎や出生率の問題は肌感覚としてなんとなくわかる。朝、ニュータウンの通学路を歩く子どもの姿が少なくなり、ファスト風土の賑わいがゆっくり縮退しているエリアも目にうつる。そういうエリアでは、老人介護施設だけがピカピカの威容を誇っているのが常だ。 ところが、番組で放送されていた内容は、そうした肌感覚の一歩先を行っていた。NHKの集計によれば、全国市町村の1/5ではお年寄りの数が減少に転じているという。老人介護施設に入所するお年寄りすら減少していく超過疎地の現状――これはまだ、私の体感レベルではピンと来ていなかった。じきに体感レベルでわかる

    「ファスト風土が、末端から壊死していく」 - シロクマの屑籠
  • 日本は世界40ヶ国中10番目に同性愛に「寛容」(米調査) - 石壁に百合の花咲く

    米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが発表した世論調査で、日は世界40ヶ国中10番目に同性愛に寛容*1な国だという結果が出ました。日では、同性愛を「容認できる」とした回答者は38%で、「容認できない」と答えた31%を上回っています。 詳細は以下。 Global Views on Morality | Pew Research Center's Global Attitudes Project Survey: UK sixth most tolerant towards homosexuality · PinkNews.co.uk これは電話または対面による調査(※標抽出デザインなど、詳しくはSurvey Methods参照)で、同性愛に対する個人的な意見として、、 道徳的に容認できる 道徳的に容認できない 道徳の問題ではない の3つから選んでもらった結果をまとめたもの。 「容認で

    日本は世界40ヶ国中10番目に同性愛に「寛容」(米調査) - 石壁に百合の花咲く
  • 日本版ポリティカルコンパス(ドラフト3)

    トップページ > ドラフト3版 質問の意味がよくわからないという方は、用語解説(作成中。別窓で開きます)を参照してください。 未回答があると結果が判定できないので、ご注意ください。 Q1-1. 子どもは三歳までは母親の手で育てるべき Q1-2. 夫婦は同姓であるべき Q1-3. 既婚女性は働くとしても、家族に迷惑をかけない範囲で働くべき Q1-4. 改憲して自衛隊を防衛戦力として正式に位置づけるべき Q1-5. 移民の受け入れには積極的になるべきだ Q1-6. 行政職の公務員に採用していいのは日国籍を持つものだけだ Q1-7. 料自給率は上げるべきである Q1-8. 夫婦仲が修復できないまでに悪化しても、婚姻関係を継続すべきだ Q1-9. 既婚者は配偶者以外の者と肉体関係を持ってもよい Q1-10. 結婚可能年齢以前の者も、性交して良い Q1-11. 子どもの人権を重視する風潮が、子ど

    lotus3000
    lotus3000 2014/05/02
    政治ー1.2、経済-4.26のリベラル左派。中道のやや左よりか。
  • shodan-navi.com - shodan navi リソースおよび情報

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  • 日本でたぶん最初のグローバル起業家が鬼畜すぎる件について -日本残酷物語I - ぜぜ日記

    明治時代に海外起業した男の話を読んで衝撃を受けた。 1891年にシンガポールで起業というのは海外を拠点に事業を起こした日人として初ではないか、とは思う*1。そして彼が堂々とやっていた事業は吐き気を催すようなものであった。 若者はもっとグローバルな経験を積んで起業しろ、みたいな無責任な風潮がある昨今、この起業家の話はもっと知られてもよいと思うのだけれど、Wikipediaもゆるい書かれ方をしているし、ほかにもこれといって記事がないしこの人を扱ったも絶版になっている。 というわけで宮常一らによる「日残酷物語I」から引用してこの起業家、村岡伊平治の人生を紹介してみる。 この頃の民俗学でよくあることだけれどあまり出典や採集状況が記述されていないうえ自伝は脚色が多いとされている*2という前提の上で読んでみて欲しい。 その男、村岡伊平治は慶応3年(1867年)に長崎県島原の荷受問屋に生まれた

    日本でたぶん最初のグローバル起業家が鬼畜すぎる件について -日本残酷物語I - ぜぜ日記
  • 幻の三鷹休日講座

    司馬遼太郎の人と文学 ものすごく偉そうなタイトルで申し訳ありません。どうせ話はグダグダになっちゃうだろうから、せめてタイトルだけでもいかめしくしようと思いまして。 司馬遼太郎の小説の特色といえば、やはり「テーマ小説」ということになるのではないかと思います。 テーマ小説といえば、菊池寛の小説です。たとえば有名な「父帰る」では、ハンキンの「蕩児の帰宅」という小説を読んで、その父と子をひっくり返したらどうだろうか、と思いついた、と自分で語っています。そのほうが「罪と赦し」というテーマが際立つだろうから、ということですね。テーマ小説というのは、まずこのようなテーマがあって、そのテーマを展開するために登場人物やストーリーを配する、というやりかたです。批判する人からは「こしらえごとだ」「登場人物が操り人形のようだ」と悪口を言われましたが、話がわかりやすいので一般読者からは喜ばれました。 歴史小説となる

    lotus3000
    lotus3000 2014/05/02
    テーマ小説家としての司馬遼太郎
  • 宮澤賢治と宗教

    宮澤賢治と宗教 私は宮澤賢治の宗教観に、かなり危険なものを感じている。彼は若い時に、熱心な門徒(浄土真宗)であった父の下で妙法蓮華経(法華経)に触れ、深い感銘を受ける。その後、一時はキリスト教会に出入りしたりもするが、最終的には父親の反対をよそに、法華経をより重視する日蓮宗系の、それも田中智学の国柱会という、当時の日の対外侵略政策を思想的に支えた国粋主義的な宗教の熱心な信者となった。しかし、彼の作品から読み取れる宗教観は、全く国粋主義的ではない。それでもなお、全体主義(トータリズム)的な感じはぬぐえない。例えば、彼の『農民芸術概論綱要』に、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という有名なフレーズがある。これが、「世界がぜんたい幸福にならなければ」となっていたら、全体主義そのもので個人は否定されてしまうわけであるが、少なくとも賢治にとって個人は、全体(彼にとっては皇

  • 無作法な書き言葉

    こんな文章がありました。 ビッチは殺されて当然という人たち、と会わずに済んできた人たち ネトウヨと言われるような、今だとYahooニュースのコメント欄とかにたくさん書かれてるような意見を読んでショックを受ける人って多いですが、ネットとは無縁の生活を送っている僕の両親も普通にそういうことを言うんですよね。子供のころ毎年お盆と正月に帰省していた母の実家は、当然サマーウォーズのような伝統も財力もない家でしたが、それなりにたくさんの親戚が集まっていました。 そういう集まりの中で声が大きい人や人望を集めてる人ってたいていネトウヨにも負けないぐらい差別的なことも平気で言うような人じゃないですか。 サマーウォーズのおばあちゃんが実在したら「そんなはしたない娘は殺されて当然じゃ」ぐらいのことは普通に言いますよ。 ただ、僕の両親や親戚の人たちが特殊なのかって言ったら全然そんなことなくて、世の中にはそんな悪意

    無作法な書き言葉
  • 「言行一致させる」倫理と「言うべきことを言う」倫理を区別しなければならない

    「言行一致させる」倫理と「言うべきことを言う」倫理を区別しなければならない。 「言うべきことを言い、なおかつ言を裏切らない」のが一番称揚されるのは当然だ。重要なのは、「実行できない、あるいはしないとしても、言うべきことを言う」倫理だ。 「言うべきこと」の中には、ほぼ実行不可能なものもある。できないことがはじめからわかっている。そうした「言うべきこと」を前にした時、「言うべきこと」を言うのか、あるいは「言行一致させる」ことを優先し言わないのか、それが問われるのだ。 「言うべきことを言う」とここで言っているのは、要するに大文字の他者への配慮を示す、ということだ。格好付けること自体が意味を持つことが、沢山ある。 「人を殺したらなぜいけないのか」は、「人を殺す」ことがいけないかいけなくないか以前に、「人を殺したらなぜいけないのか」と問うことがいけないのだ。問いは猥褻なものだ。 腐敗した世俗社会とは

    「言行一致させる」倫理と「言うべきことを言う」倫理を区別しなければならない
    lotus3000
    lotus3000 2014/05/02
    理想の使い方について。日本的寛容にかけているもの、
  • 日本人の宗教嫌い

    ではとかく宗教の人気がない。宗教は「はまる」「ひっかかる」と形容され、悪徳商法なんかと同一視される。宗教を「やっている」と言うだけで白い目で見られる。 日人の宗教嫌いの理由ははっきりしている。ここで言う「宗教」は「カルト宗教」とイコールだからだ。カルト宗教を擁護する気はまったくない。ただ、カルト宗教ではない宗教もいくつもあるのに、と思うわけである。 またいつものように結論から先に述べる。「無宗教」「宗教嫌い」と称する日人のほとんどは、宗教の教えは自分にはとうてい受け入れられないバカげたものだと思っている。それは間違いだ。まともな宗教は変なことは言っていない。きちんと学べば、いい事を言っていると思うはずだ。 また、文化やものの考え方というのは宗教の影響を強く受けている。日の場合には仏教や神道や儒教やその他もろもろのものである。日人のものの考え方の多くはこれらの宗教に由来するもので

  • 一つの多神教という日本的ファンタジー

    『原理主義から世界の動きが見える』の中で、手島勲矢氏が、「一神教」と「多神教」についてハッとさせられることを書かれています。「一神教」「多神教」という構図をこれほど多用し社会現象に援用するのは特殊日的であり、その背景には「一つの(日的)多神教」という暗黙的な了解があるのではないか、という指摘です。 ちょっと長くなりますが引用しておきます。 (・・・)高度な抽象概念「一神教」「多神教」を、堂々と形而下の生々しい国際紛争と結びつけてしまう――こういう発想は、欧米の学者からは出てこない。彼らにとって、「一神教」「多神教」の区別は、あまりにも学術的な区別であって、それらを具象的な現象に援用するのは宜しくないのだ。しかし日では、識者だけでなく一般人も、この区別を違和感なくすんなり受け入れている印象がある。 この理解のギャップから私が思うのは、日人の論じる「一神教」「多神教」という区別は、欧米