しかし2つが合わさると、「WiKiマスターにお伺いを立ててどのフォルダに入れるか決めてから書いてください」という謎の運用ルールができたり、間違った階層に配置すると「ちゃんとルールに従って整理しろ!」と滅茶苦茶怒られたりするようになって、誰も書かなくなる。
ソフトウェアに対しての敬意を欠如しているのではないかという場面を多々見ることがあって、そのたびに怒りに近い、けど諦めや落胆のようなのグニャっとしたものがドッと押し寄せてもやもやした気分になり、ヤァヤァ我は斯く斯く然々と躍り出て叱るべきなのかどうなのか、という状態に陥る。 そもそものところ、敬意のない言動をしている人を外から見たときの畏怖はコンビニにたむろするヤンキーに似たミームを感じてしまい、一言申せばえもいわれぬ罵詈雑言が飛び火してきそうだ、と思ってしまい、今まで目をそらし聞き流して我関せず、と一貫してきた。 自分が得る情報は自分で制御しなければならない、という信念と、自分がソフトウェアの開発を生業にしているからこそのソフトウェアへの感謝やそれこそ敬意からくるソフトウェアを守らなければ、という正義感から反撃・反論したくなる。けど、ソフトウェアへの敬意が欠如している人に対して、お前はソフト
2016年12月に第一子を出産するまでに、席を譲ってくれた人びとの日々の記録まとめです。 pplog にその都度記録して流れていったものの、ほとんど手を入れない転載、各タイトルもそのまんま(日付はpplog投稿日です)。 なんだか怖い話ばかり聞くけど、親切にされることのほうが多いだろ、多いよ。と思って記録をつけはじめたのでした。1の怖いことがあったら、100の親切があっても印象は恐怖に塗り替えられてしまう。それくらい悪意は怖くて強い。でもそんなものに支配されるのはまったくもって癪だ。親切の方を忘れないぞ、という試みでした。ちなみに結局怖いことはなんにもなかった。 「愛は負けても親切は勝つ」ってヴォネガットも言ってる。 Wed 27 Jul 2016 電車で席を譲られることばかりだし、 親切にされたり、気遣われたことしかないと言うと 「運がいいんだね」と言われるのだけども、 そうではなくて、
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