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書誌情報:東京大学出版会,viii+247頁,本体価格2,800円,2009年6月24日 基礎学力を問う: 21世紀日本の教育への展望 作者: 東京大学学校教育高度化センター出版社/メーカー: 東京大学出版会発売日: 2009/06/24メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 20回この商品を含むブログ (7件) を見る - 学力問題を教育学のそれとして受けとめ,公教育のあり方への論点整理を指向した本書は,基礎学力の概念と計測,現実の学校現場における教室と学校,教師にかかわる諸問題,教育制度からモノグラフィーとして集成したものだ。 教育基本法の改正,教育再生会議の登場,全国一斉学力調査がものがたるように,教育問題(=学力問題)はいまや政治の問題になっている。本書を,学力問題を論じることで教育政策へ反映させるべき学力形成論とも読むことができ,政治の問題から教育の問題への昇華と見ることがで
現代史の解釈として、わたしが労働政策の視点から考えた歴史認識と大変共通するものがあり、興味深いところです。 >今日、すべての人が被害者意識を抱え、打ちひしがれている。現代日本を覆うこの無力感・閉塞感はどこから来たのか。石油危機に端を発する「七三年の転機」を越えて「超安定社会」というイメージが完成した七〇年代から、バブル景気を謳歌した八〇年代を経て、日本型新自由主義が本格化する九〇年代、二〇〇〇年代まで。政治・経済システムの世界的変動を踏まえながら、ねじれつつ進む日本社会の自画像と理想像の転変に迫る。社会学の若き俊英が描き出す渾身の現代史、登場。 内容は、 >序章 左右の反近代主義のねじれ 第1章 「七三年の転機」とは何か—官僚制からグローバリゼーションへ 第2章 「超安定社会」の起源—高度成長・日本的経営・日本型福祉社会 第3章 多幸感の背後で進んだ変化—外圧・バブル・迷走 第4章 日本型
岩波書店から、今年の11月から順次刊行される予定のシリーズ『自由への問い』の宣伝用リーフレットが送られてきました。まだ岩波のHPには載っていませんが、もう宣伝モードに入ったと考えていいのでしょうから、本ブログでも宣伝しておきます。 このシリーズ、編集委員が次の8人、 齋藤純一 宮本太郎 坂口正二郎 北田暁大 広田照幸 佐藤俊樹 岡野八代 加藤秀一 この方々が各巻を責任編集する形で、次の8巻編成です。 1 社会統合:自由の相互承認に向けて 2 社会保障:セキュリティの構造転換に向けて 3 公共性:自由が/自由を可能にする秩序 4 コミュニケーション:自由な情報空間とは何か 5 教育:せめぎあう「教える」「学ぶ」「育てる」 6 労働:働くことの自由と制度 7 家族:新しい「親密圏」を求めて 8 生:生存・生き方・生命 で、この第6巻「労働」の中身がこうなっています。 Ⅰ 【対論】働くことの自由
寺田盛紀さんの『日本の職業教育 比較と移行の視点に基づく職業教育学』は、淡々として記述の中に、この問題を考える上で必要な情報は漏れなく盛り込まれていて、とても有益な本だと思います。 私は、労働法政策の観点から、もっぱら制度の動向や労使などいろんな関係者の見解を中心に調べてきたので、とりわけ第2章の職業教育の理念・思想をめぐる流れは新鮮でした。教育界の方々にとっては逆なんでしょうけど。 日本学術会議の接続分科会で田中萬年さんがちらと喋っていた宮原誠一の生産主義教育論というのは、 >「日本は新しい憲法の下にアジアにおける平和な産業国、とりわけ製造工業国として独立しなくてはならない」そのための「基礎的な力を青少年に養わせることが教育の任務である。そうした教育が、消費生活ではなく生産生活を中心に、そして労働から遊離した階層ではなく労働する国民大衆の必要を中心に、計画されなければならない」 というよ
日本にはさまざまな教育があります。でも、「私は、職業教育を受けた」という人はどれくらいいるでしょうか。職業教育とは「職業に必要な能力を習得するため」の教育です。職業がどのようなものであるか、職業に就くことが大切であるという職業意識を醸成する教育は、それはそれで重要ではありますが、職業能力を習得するための職業教育とは異質な教育です。 職業高校や高専でさえ、進学を目指した教育に内容が変質しています。子供が大人になるとき、必ず職業に就くことになります。職業に就いてこそ大人になったと言えるでしょう。でも現在、日本人のほとんどは、学校教育の中で職業能力を修得することなく、職業に就いているのです。 それはあたり前のことなのでしょうか。現在の日本の学校教育は、企業が採用した労働者に必要な能力を教育することを前提としたシステムです。すでにその仕組みは、一部のエリートに残されているだけで、一般の労働者に
う、三冊(『国力論』『恐怖』、『ナショナリズム』)買ったので、週末読もうとしたらこのエントリー読んじゃった。 http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20090508/p1 いろいろするどい指摘が並んでいるけど、個人的にビビときたのがこれ。 *何で英語圏でも広く読まれている村上泰亮について論じないの? そもそも著者の政策提言は村上の焼き直しの域を出ない。産業政策・幼稚産業保護論とか。あとマイケル・ポーター『国の競争優位』も無視。 ポーターというのは結構、面白い人で、竹内弘高氏との共著『日本の競争戦略』では、日本の産業政策の失敗を実証的に論じてもいて、産業政策批判のソースとしても利用できたりする。 ところで稲葉さんところで触れられてないから少しコメントすると、村上的というならば、中野氏の本の中にロストウが触れられたないかどうか興味がある。村上がナショナリズ
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