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アニメと批評に関するmin222のブックマーク (2)

  • ドラえもん のび太の新恐竜が自分にとってやっぱり度し難い理由。 - orangestarの雑記

    ドラえもん のび太の新恐竜はいうなればたちの悪い『江戸しぐさ映画』だった。 いろいろと許せないところはあるけれども、一番大きな理由、始祖鳥先輩を無視していること。無視していることが問題なのではなく、そういうことをする姿勢が問題。感動させるためには、何をやってもいい、歴史になかったことをあったことに、あったことをなかったことにしてもいい、というスタンス。”感動することをやっているのだから歴史を捏造してもOK”という江戸しぐさしぐさ。これをよりによって、ドラえもんでやるということが、当に度し難い。 のび太の新恐竜のあらすじ あらすじを話さないと、どこがどう悪いのか、ということが言えないのであらすじを書きます。ネタバレが嫌な人はここで回れ右してください。 のび太が恐竜展に併設されている発掘体験コーナーでスネ夫とジャイアンに丸ごとの恐竜を見つける!見つけられなかったら目でピーナッツをかむ!と宣言

    ドラえもん のび太の新恐竜が自分にとってやっぱり度し難い理由。 - orangestarの雑記
  • 「崖の上のポニョ」は斬新過ぎる。 - 真っ白な原稿の上で、俺は爪を切った。

    「ポニョ」のレビューは来月発売のライオリの連載でも書いてるので、ここで取り上げるべきじゃないかもしれないけど、書ききれなかった部分で若干強引とも言える解釈を簡単に記しておきます。(別の事も書いてるのでライオリの方も読んで下さい) 宗介は多分、恋をしていない。最後まで魚の姿に対しての「好き」の延長でしかなく、恋愛対象として意識してるようには見えない。ポニョの方からキスをするラストシーンも、そういう意図を持って演出されているように感じた。宗介からしたら、恋ではなく責任によって結ばれる物語である。 宗介は冒険をしていない。させてもらえてない。後半の船旅は、来ならハラハラドキドキの冒険を伴うのがセオリーなのだが、静かで退屈な時間がひたすら過ぎていくだけだ。「危機的状況を共有する事で恋に発展する」という可能性を潰している。共有すべきは冒険ではなく、淡々と続く退屈な時間、つまり日常そのものであるべき

    「崖の上のポニョ」は斬新過ぎる。 - 真っ白な原稿の上で、俺は爪を切った。
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