ミノタウロス [著]佐藤亜紀[掲載]2007年7月8日[評者]鴻巣友季子(翻訳家)■「荒野」の果てになお残る情動の振幅 舞台は、二十世紀初頭、ロシア革命前後の、内戦が続くウクライナ。作者の得意とする題材で、冒頭から引きこまれる。主人公/語り手は、奇妙な経緯から地主に成り上がった男の次男、ヴァシリ・オフチニコフ。教養高く、世の中を舐(な)めてはいるが、自分のような息子たちはみな、「同形の金型から鋳抜かれた部品のように」「取り替えがきく」のだと自覚している。後半部では、父の死後、兄の命と土地財産を失い、ドイツ兵のはぐれ者たちと殺戮(さつりく)、略奪を繰り返すさまが、センセーションを排して描かれる。 作品が向かうのはどこか。戦争のおぞましさや、人心に巣くうミノタウロス(獣心)を書くことか。そういう副次的な効果もないではないが、目指すは「エンパシー(感情移入)ゼロ地点」とも言うべき地平ではないか。
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