『南蛮屏風』(狩野内膳画)。黒人の従者と象使いが描かれている[1]。 日本に到来したイエズス会宣教師たち。彼らに付き従う黒人の従者が描かれている。 相撲遊楽図屏風(一部。堺市博物館所蔵) 左側の力士は、黒い肌に髷を結っていないざんばら髪や高い鼻など、明らかにそれ以外の人物とは異なる人種的特徴で描かれている。 弥助の出自については、フランソワ・ソリエが1627年に記した『日本教会史』第一巻に記述がある。イエズス会のイタリア人巡察師(伴天連)アレッサンドロ・ヴァリニャーノが来日した際、インドから連れてきた使用人[2]で、出身地はポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク)であると記されている[3]。 戦国時代、ポルトガルやスペインなどヨーロッパ人が日本を訪れるようになり、アフリカ出身の者たちも、従者または奴隷として連れてこられていた[4]。弥助もそのような一人と見られる。 ヴァリニャーノは日本に来
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