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古代に関するnagaichiのブックマーク (1,483)

  • 3世紀初めの木製仮面、大阪の遺跡から出土 ヤマト王権に関わりか:朝日新聞デジタル

    3世紀初めごろのものとみられる木製仮面が、大阪東大阪市にある集落跡「西岩田遺跡」から出土した。府文化財センターが24日、発表した。この時代の木製仮面は全国で3例目といい、専門家は「地域の有力者による大規模な農耕祭祀(さいし)に使われたのではないか」とみている。 センターによると、木製仮面の素材はスギで、長さ約30センチ、幅約18センチ、厚さ最大2センチ。三つの穴が両目と口を、中心付近の隆起が鼻を表しているとみられる。奈良県の同時代の遺跡「纒向(まきむく)遺跡」から出土した木製仮面と目の仕上げ方などに共通点もあるという。端には直径7ミリほどの穴があり、何かにくくりつけるためのひもを通した可能性もあるという。 昨年6月、大阪モノレール延伸事業に伴う発掘調査で、遺跡内の洪水堆積(たいせき)層の地下2・9メートル地点から見つかった。同じ場所で、農耕祭祀との関係をうかがわせる、水をためる槽の一部と

    3世紀初めの木製仮面、大阪の遺跡から出土 ヤマト王権に関わりか:朝日新聞デジタル
  • 古代の遊牧民が築いた帝国の秘密、DNAで解明

    (CNN) ある遊牧民の帝国が、紀元前200年から3世紀にわたりアジアの平原を支配していた。彼らはシルクロードで交易を行い、精巧な墓地を死者のために築き、馬を駆って遠方の土地を征服した。 匈奴(きょうど)の名で知られるこの帝国と強力なライバル関係にあった古代中国の王朝は、防衛のため万里の長城を建設。その一部は現在も残っている。 しかし、当時の歴史を伝える文字史料は中国の年代記作者による記述のみ。その中で匈奴は蛮族とみなされているが、帝国や民族の実像は長く歴史の陰に閉ざされてきた。 だがここへ来て、古代のDNAの証拠と近年行われた考古学上の発掘の成果を組み合わせることにより、あの時代最も強大だった政治勢力の一つにまつわる秘密が明らかになろうとしている。 国際的な科学者チームがこのほど、匈奴の支配地域の西側にある墓地2カ所についての遺伝子研究を完了した。現在のモンゴルに位置するこれらの墓地は、

    古代の遊牧民が築いた帝国の秘密、DNAで解明
    nagaichi
    nagaichi 2023/04/21
    攣鞮氏がコーカソイドだという話が以前あったと思ったが、あれ結局どうなったのかな。
  • 古代ローマ沈没船の墓場「海のポンペイ」、30隻がなぜ内陸に?

    紀元1世紀初頭に沈没したローマ軍の監視船アルケド号。イタリア、ピサの古代船博物館で展示されている。(MUSEUM OF ANCIENT SHIPS, PISA) 1998年、イタリアのピサ郊外にあるサンロッソーレ駅近くの工事現場で、ブルドーザーが木製の物体に接触した。現場に駆けつけた考古学者のステファノ・ブルーニ氏が目にしたのは、建設業者たちが掘り当てた古代船だった。翌年にはさらに8隻が発見され、現場は考古学者にとって宝の山となった。 その後、ブルーニ氏のチームが現場を18年間調査し、合計30隻以上の沈没船を発見した。陶器やガラス製品、金属製品、木製品、ロープ、釣り道具など、数々の工芸品が発掘されたほか、人間の骨格も見つかった。 さらに注目されたのが沈没船の年代だった。最古の船は紀元前2世紀、最新の船は紀元7世紀と幅広い。確かにこの地域は数世紀にわたって海運の要所だったが、それにしても、と

    古代ローマ沈没船の墓場「海のポンペイ」、30隻がなぜ内陸に?
  • いつ、だれが、天皇を「特殊な存在」にしようと目論んだのか?

    だれが「天皇」を作ったのか おれは前に、易姓革命の対象にならない、中国の皇帝とも違う、ほかの国の「王」とも違う、「神格化された天皇」についてのを三冊読み、その感想を書いた。 古代日と天皇の起源に興味を持ったので、いろいろ調べてみた。 そこで松健一がこんなことを述べていた。 日の古代国家において、そういう虚構をつくりあげた人物(もしくは組織)があったことは、たしかである(現在の私は、その人物が天武であり、その協力者が藤原不比等だったのではないか、と考えている)。 『「孟子」の革命思想と日』 そう、天皇の神話というものは自然発生的に生まれたものではないだろう。自然発生したところがあったとしても、それをまとめた『日書紀』の編さんにおいては、その時の権力者による希望が反映されていないわけがない、そう思った。 で、だれなんだ? とか思いながら、古代日あたりのを読んでいて、こんなタイト

    いつ、だれが、天皇を「特殊な存在」にしようと目論んだのか?
  • 海底に沈んだ古代ローマの都市「バイア」で保存状態の良い豪邸を発見! - ナゾロジー

    海の底に沈んだ”古代ローマ時代の別荘”が見つかったようです。 今月3日、伊カンピ・フレグレイ考古学公園(Campi Flegrei Archaeological Park)の研究チームは、イタリア南部・ナポリ湾の海底にて、古代ローマの富裕層が建てた「ヴィラ(villa)」の跡地を新たに発見したと報告しました。 ヴィラとは、上流階級の人々が郊外に建てた別荘のような家屋を意味します。 またこの地は、BC100年〜AD500年頃までローマ人の金持ちで賑わったリゾート地「バイア(Baiae)」が遺跡として眠っている場所です。 今回見つかったヴィラは、そのリゾート地の中に建てられた邸宅の一つと見られています。 New Treasures Identified In The Sunken Roman City Of Baiae https://www.iflscience.com/new-treasu

    海底に沈んだ古代ローマの都市「バイア」で保存状態の良い豪邸を発見! - ナゾロジー
  • 慣用句「ルビコン川を渡る」、実際の川を地図で見てみたら思ってたのとだいぶ違った「そこらの川レベル」

    田所 淳 ✘🍥 @tadokoro 生成系AIについての議論で「ルビコン川を渡ってしまったのかもしれない」っていう記述をみて、ルビコン川ってどんな感じなんだろうとGoogle Mapsで調べたら予想外に細い川だった。もっと巨大な大河なのかと思ってた… goo.gl/maps/mexvQQsEt… pic.twitter.com/Sy9XfUq1Ac

    慣用句「ルビコン川を渡る」、実際の川を地図で見てみたら思ってたのとだいぶ違った「そこらの川レベル」
  • 古代エジプトの宮殿の庭で発見された「大量の手」は勝利を祝う儀式のために切断された可能性

    古代エジプトの第15王朝(紀元前1640~1530年)は、ヒクソスと呼ばれる集団によって立てられた王朝です。そんな第15王朝の宮殿の遺跡から見つかった大量の「切断された手」についての研究結果をまとめた論文が、学術誌のScientific Reportsに掲載されました。 First osteological evidence of severed hands in Ancient Egypt | Scientific Reports https://doi.org/10.1038/s41598-023-32165-8 Palace pits with severed hands studied in ancient Egyptian site https://phys.org/news/2023-04-palace-pits-severed-ancient-egyptian.html A

    古代エジプトの宮殿の庭で発見された「大量の手」は勝利を祝う儀式のために切断された可能性
  • キトラ古墳壁画で十二支像「辰・巳・申」を確認 服や舌先もはっきり:朝日新聞デジタル

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    キトラ古墳壁画で十二支像「辰・巳・申」を確認 服や舌先もはっきり:朝日新聞デジタル
  • 北欧神話の主神オーディンに言及した世界最古の黄金碑文を発見! - ナゾロジー

    北欧神話の最高神オーディンに関する最古の記述が発見されました。 デンマーク国立博物館(NMD)はこのほど、2020年に同国で出土した金製のブラクテアート(※)から、オーディン神に言及した世界最古の碑文を特定したと発表。 ※ ブラクテアート(Bracteate)は、主に古代〜中世の北欧で生産された宝飾品として身につける平らで薄い金のメダル。 この碑文は5世紀初頭に作られたものとみられ、これまでの最古の記録を150年ほど更新することとなりました。 これは5世紀の時点でオーディンが人々に信仰されていたことを示す確かな証拠であり、研究主任のクリスター・ヴァスフス(Krister Vasshus)氏は「50年に一度の大発見である」と話しています。 Oldest reference to Norse god Odin found in Danish treasure https://phys.org/

    北欧神話の主神オーディンに言及した世界最古の黄金碑文を発見! - ナゾロジー
  • 古代ギリシャの「ケイローン先生のケイローン先生は前後どっちについてたのか?」から広がる古代の解釈違いの話

    藤村シシン @s_i_s_i_n ΘΕΟΙ ΑΓΑΘΗ ΤΥΧΗ(神慮めでたく)。古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家です。新刊『秘密の古代ギリシャ』発売中 /NHK教室にて #藤村シシン講座 遺跡 /古代祭集団 @ellenike_nyx 代表/聖闘士星矢にハマった結果こうなりました/ご依頼はブログの✉️へ。 style-21.jp/diary/sisinf 藤村シシン 4/30新刊『秘密の古代ギリシャ』 @s_i_s_i_n ケイローン編の反応を見ていて、みんなケイローン先生のケイローン先生がどっちについてるのか気になっているようだ。 思わず図像を調べているが、古代ギリシャ人でも解釈が分かれているかもしれない…… pic.twitter.com/unSTYlKiGY

    古代ギリシャの「ケイローン先生のケイローン先生は前後どっちについてたのか?」から広がる古代の解釈違いの話
  • 音楽は何をもって模倣芸術と見なされたか:古代と十八世紀 - #EBF6F7

    美術作家である菊池遼さんが以下のようなツイートをしていた。 近代美学、絵画や彫刻や舞踏や詩が模倣を質とするというのはまあとりあえずは分かるのだが、音楽における模倣ってどういうことなんだろう。なんかピンとこないな。 — KIKUCHI Ryo 菊池 遼 (@harukaka_) 2023年3月2日 僕も芸術の模倣説、つまり、諸芸術を束ねるものとして模倣をもちだす理論にはじめて触れたとき、同じような疑問を抱いた。 芸術の模倣説は音楽をどう説明するのか。 幸いにも、どこかで関連する記述に出会ったことがあり、菊池さんに以下のリプライを送った。 古代ギリシアでは感情を模倣すると考えられていたそうです。プラトンは音楽が何らかの感情の只中にある人間の声音を模倣していると考えたとどこかで読んだ記憶があります。近代でもこの方向性で音楽が捉えられていたのかはよくわかりませんが、参考になれば幸いです — Ma

    音楽は何をもって模倣芸術と見なされたか:古代と十八世紀 - #EBF6F7
  • トルコで発見された円形の遺跡。失われた古代都市「ジッパランダ」か?

    約4000年前、古代民族アナトリア人は高度な文明をもつヒッタイト帝国を築いた。彼らが残したヒッタイト文書には、現在のトルコにあったという、失われた礼拝の中心地「ジッパランダ」についての記述がある。 トルコ、ウシャクル・ホユック遺跡で円形の遺跡が発見された。この新たな発見は、ここが古代の聖都「ジッパランダ」だったのではないかという推測をさらに濃厚なものにしている。 失われた古代都市「ジッパランダ」をついに発見か? 紀元前15~13世紀にかけて、ヒッタイト帝国は、古代アナトリア(現在のトルコ)、レヴァント北部、メソポタミア北部を支配していた。 旧アナトリア帝国の行政と聖地の中心は、アナトリア中北部にあるハットゥサだった。 1834年、王室の公文書と、紀元前2000年にさかのぼるおよそ2万5000枚の石板を所蔵するハットゥサ図書館で、ヒッタイト文書が発見された。 この文書は、聖都ジッパランダは、

    トルコで発見された円形の遺跡。失われた古代都市「ジッパランダ」か?
  • こつぜんと消えた5つの古代都市、残された謎と新たな手がかり

    モヘンジョ・ダロは、古代インダス文明の舞台となった2つの都市のうちの1つ。最盛期に都市活動の中心部となっていた要塞跡は、今も遺跡を見下ろしている。(PHOTOGRAPH BY PAOLO KOCH, GAMMA-RAPHO/GETTY IMAGES) アテネやローマといった偉大な古代都市には、今も多くの遺跡や遺物が残っており、当時の文化政治支配をうかがい知ることができる。その一方で、かつて同じように繁栄したものの、古代エジプトの首都タニスや、古代ギリシャの重要都市ヘリケのように、こつぜんと姿を消してしまった都市もある。 それらの都市は、影も形もなくなったなか、その存在だけが時を超えて伝説として語り継がれてきた。しかし、近年の発見のおかげで謎が少しずつ解明されようとしている。 インダス川流域の肥沃なメトロポリス メソポタミア文明やエジプト文明とともに古代文明の一つに数えられているインダス文

    こつぜんと消えた5つの古代都市、残された謎と新たな手がかり
  • イラクの砂漠で4500年前のシュメール文明時代の失われた宮殿を発見

    イラク南部の砂漠にある古代都市「ギルス」で、長らく失われていたシュメール文明の宮殿と神殿が発見されたそうだ。 遺跡は紀元前3000年代中頃までさかのぼるもの。古代シュメール人の手によって文明が興った、まさに人類文明の黎明期のものだと考えられている。 これを発掘した考古学者は、誰も信じない中、己の信念を貫き通して忍耐強く発掘を続け、ついに大発見をすることになった。 シュメール文明発祥の地「テルロー遺跡」 シュメール人は紀元前3500~前2000年に、世界で初めて文字を発明し、最初の法律を制定したといわれている。 科学技術や芸術など、さまざまな分野で彼らがもたらした革新は、メソポタミア周辺地域で興った文化の基礎となった。 イラク南部にある「テルロー遺跡(Telloh)」は、世界最初期の都市であり、シュメール文化の中心でもあった伝説の都市「ギルス(Girsu)」があったことろだ。 あまり知られて

    イラクの砂漠で4500年前のシュメール文明時代の失われた宮殿を発見
  • 西洋古代では,大地が球形であることがほぼ常識となっていたのに古代中国では平面説が有力だったのは何故か? -「ギリシャ人・中国人で南北の到達点の緯度が凄く違うからでは?」

    古代ギリシャのヘルメス @kodaigirisyano 【与太話】西洋古代では,大地が球形であることがほぼ常識となっていたのに古代中国では平面説が有力だったのは何故か?これ,あまり誰も言わないのですが,ギリシャ人と中国人で南北の到達点の緯度が凄く違うのですよね.これだけ南北に移動していると昼の長さや影の長さの緯度差を認めざるをえない. pic.twitter.com/UwvDTPHm35

    西洋古代では,大地が球形であることがほぼ常識となっていたのに古代中国では平面説が有力だったのは何故か? -「ギリシャ人・中国人で南北の到達点の緯度が凄く違うからでは?」
    nagaichi
    nagaichi 2023/02/24
    id:addwisteriaid:mobanamaの見解の差は「古代中国」の年限をどのあたりに取るかの差な気がす。なおマレー半島あたりが中国の記録に出てくるのは南朝梁以降くらいかと。「狼牙脩」とかね。
  • 古代バビロニアの文章を解読できるAIを開発。ギルガメシュ叙事詩の一部や賛歌を解読

    ドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学(LMU)の研究チームは、古代バビロニアの楔形文字の難しい文章を解読できるAIシステムを開発した。 「Fragmentarium」というこのアルゴリズムは、ギルガメッシュ叙事詩を含む、人類がこれまでに書いたもっとも古い物語の断片をつなぎ合わせて解読することができるという。 LMUでは、2018年から、現存しているバビロニアの楔形文字の石板すべてをデジタル化するプロジェクトを行っている。 断片でしか残されてない古代の文献をAIで解読 古代バビロニアのテキストを解釈する上で問題なのは、文字が粘土板に書かれていることだ。 今日、こうした粘土板は数え切れないほど存在していて、みんなバラバラの断片でしか残っていない。しかも、これら断片はそれぞれ、ロンドンの大英博物館や、バグダッドのイラク博物館など、大陸を遠く隔てた場所に散在している。 こうした困難に加え、文章

    古代バビロニアの文章を解読できるAIを開発。ギルガメシュ叙事詩の一部や賛歌を解読
    nagaichi
    nagaichi 2023/02/17
    「とうもろこし」は新大陸産で、古代バビロニアにあるわけがない。こんな誤訳をされると説得力が下がると思われ。
  • ヒッタイト帝国滅亡の引き金か、3年続いた大干ばつの証拠を発見

    古代帝国ヒッタイトの首都ハットゥシャにあるライオンの門。現在のトルコ中部に位置する。ヒッタイト人は紀元前1千年紀に強大な帝国を築き、エジプトやアッシリアと戦ったが、紀元前1198年頃に「消滅」した。(PHOTOGRAPH BY ALI BALIKCI, ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES) トルコのアナトリア半島で発掘された3200年前の木の年輪を調べた結果、同半島の中部で深刻な干ばつが3年続いたことが判明し、紀元前およそ1200〜1150年の青銅器時代後期にいくつかの文明が崩壊した時期と重なることがわかった。アナトリア半島中部はヒッタイト帝国の中心地で、当時、最も大きな被害を受けた地域の一つだ。 この時期に起きた謎の文明崩壊は、一般的に「青銅器時代の崩壊」や「前1200年のカタストロフ(破局)」などと呼ばれ、ヒッタイト帝国やギリシャのミケーネ文明に加えて、多くの小国や

    ヒッタイト帝国滅亡の引き金か、3年続いた大干ばつの証拠を発見
  • 川でめちゃくちゃきれいな古墳時代の土師器を見つけた!?「すげぇ!!」「その後どうなるの?」

    大塚保之 @MeifuShinkage @Ujy6JdNyBaewhN7 当時の人たちも、まさか千数百年も後の世に、この器が形を保っているとは思わなかったでしょう。すごいことですね。

    川でめちゃくちゃきれいな古墳時代の土師器を見つけた!?「すげぇ!!」「その後どうなるの?」
  • 古代エジプトのミイラ作りは驚くほどグローバルなビジネスだったかもしれない | 遠くは東南アジアからも材料を輸入していた?

    古代エジプト人は微生物学をわかっていた? 2600年前に死体を防腐処理していた工房で科学者らが発見したのは、ミイラを作るための材料だった。古代エジプト人は、タールや脂肪、樹脂、油を使って遺体を保存し、後の世に備えさせていた。 「ネイチャー」誌に発表されたばかりの研究では、エジプトでミイラ作りに使われた物質がじつにグローバルなサプライチェーンのたまものだったことが示された。 少なくともこの工房についていえば、地中海沿岸やアフリカの他の地域、さらにはおそらくアジアとの貿易に頼り、特定の抗真菌・抗菌性の材料を調達していたのだ。 「今回の研究でとても興味深い部分です」と言うのは、カイロにある国立研究所の生化学者で、研究チームの一員でもあるマフムード・M・バフガトだ。 「エジプト人がそんなに遠くまで行って、間にある国々を通り越して、特定の国々からこうした特定の天然物を入手していたとすれば、それは意図

    古代エジプトのミイラ作りは驚くほどグローバルなビジネスだったかもしれない | 遠くは東南アジアからも材料を輸入していた?
  • 日本で類例のない鼉⿓⽂(だりゅうもん)盾形銅鏡&日本最大の蛇行剣が出土した日本最大級の円墳・富雄丸山遺跡の現地公開に行ってきた

    2023年1月25日、奈良県奈良市丸山にある富雄丸山遺跡の埋葬施設から、鼉龍文(だりゅうもん)盾形銅鏡1枚と蛇⾏剣1が見つかりました。銅鏡は「類例のない品」、剣は鉄剣として日最大かつ蛇行剣として最古の品ということで、国宝級の発見と報じられています。その遺跡の一般公開が、1月28日・29日に行われるということだったので、どんなところなのか見に行ってきました。 富雄丸山古墳の発掘調査(第6次)現地公開の開催について - 奈良市ホームページ https://www.city.nara.lg.jp/soshiki/135/164811.html 富雄丸山古墳から日最大の蛇行剣・前例のない銅鏡が出⼟! - 奈良市ホームページ https://www.city.nara.lg.jp/site/press-release/165641.html 大阪難波駅から近鉄奈良線の快速急行に乗車しました。

    日本で類例のない鼉⿓⽂(だりゅうもん)盾形銅鏡&日本最大の蛇行剣が出土した日本最大級の円墳・富雄丸山遺跡の現地公開に行ってきた