といっても、忠臣蔵と肝煎りとどういう関係があるのか、歴史に詳しくないと分からないかもしれません。江戸城松の廊下で浅野内匠頭が刃傷に及んだ相手である吉良上野介の幕府内での役職が「高家肝煎(こうけきもいり)」だったのです。 「高家」というのは、広辞苑によると「幕府の儀式・典礼、朝廷への使節、伊勢神宮・日光東照宮への代参、勅使の接待、朝廷との間の諸礼をつかさどった家。室町時代以来の名家、大沢・武田・畠山・大友・吉良など二六家が世襲」とあります。「吉良」が出ることにご注目ください。 では「肝煎」は? やはり江戸幕府の職制としては「高家の上席」(広辞苑)、「同職の中で、頭だって職務を取り扱う者」(日本国語大辞典)だそうです。吉良上野介は「高家筆頭」とも書かれるように、高家の中でも別格の存在だったようです。
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