タグ

コンテンツと現象と当事者研究に関するnoitseuQのブックマーク (4)

  • 問いに向き合う著者の真摯な姿勢:マシュー・ウィリアムズ『憎悪の科学』|Makoto Okada

    マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』を「いま、そこにある現実」と捉えるのは難しいことではない。それほどに私たちは時代の変曲点にいる。 一方で、その感覚を内面化する方法は人それぞれだ。直感や自らの体験から敷衍して何かを感じる人もいれば、『侍女の物語』が書かれた1980年代という"あの時代"を振り返り、自分たちが何を見ていたのか、何を感じていたのか、あるいはどう振る舞っていたかということを内省的に潜っていく方法もあるだろう。 ただし、私たちにできることは意外と表面的だ。wikipediaを見たり、他の論評を参照したりはするかもしれないが、知の様式に則って自分の中に浮かんだ問いを深めていくことは容易ではない。それにそこまではしない。人とはそういうものだ。私たちは流動体のように変形しながら周囲の流れの渦の中で生きているし、あまり何かを深刻に受け止めすぎることをよしとしない風潮に身を任せる方が楽

    問いに向き合う著者の真摯な姿勢:マシュー・ウィリアムズ『憎悪の科学』|Makoto Okada
    noitseuQ
    noitseuQ 2024/02/24
    私たちにできることは表面的だ。wikipediaを見たり、他の論評を参照したりはするかもしれないが、知の様式を使い自分の中に浮かんだ問いを深めていくことは容易ではない。適時変形しながら流れの大渦の中で生きる私達…
  • 感傷マゾvol.01 『四周年記念座談会』|かつて敗れていったツンデレ系サブヒロイン

    ※『感傷マゾvol.01』(https://wak.booth.pm/items/1166627)から、座談会を公開します。 座談会参加者 ・わく/かつて敗れていったツンデレ系サブヒロイン(@wak) →感傷マゾ専門の同人誌を作っている人 ・スケア(@scarecrowFK) →『AIR』に関して喋るはずだったのに、自宅の玄関に『AIR』が通販で届いてから二階の自室へ向かうまでの自身の胸の高鳴りについて30分語り続ける伝説のネットラジオをした物の男 ・たそがれ(@tasogarexerion) →西の感傷マゾ代表 ・かがみん(@NKJ8906) →今回は、感傷マゾではない視点の役として座談会に参加 1.感傷マゾの定義と変遷わく  「最近、暴走Pさんの『感傷マゾヒスト』というボカロ曲が人気になったり、三秋縋さんの『君の話』などの感傷マゾ寄りの作品が人気になってきました。感傷マゾという言葉が

    感傷マゾvol.01 『四周年記念座談会』|かつて敗れていったツンデレ系サブヒロイン
    noitseuQ
    noitseuQ 2023/11/25
    この数年間とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、ほとんど脅迫的とも言えるようなその思いの出処もわからずに、僕はただ働き続け、気付けば日々弾力を失っていく心
  • 本当の「自分」を求めて ペス山ポピーの作品について|武埜 山水

    この作品は徹底機的に私というアイデンティティを模索する漫画である。一作目が自らの性欲、二作目が自らのセクシャリティである。両作に共通するものは己が生命への徹底的執着に他ならない。そしてどのようにして最大の敵たる自己と和解するか、或いは和解したかが描かれている。そういう点においては日近代文学の流れを汲んでいるように私は思う。 国木田独歩の『忘れ得ぬ人々』に描かれたような自意識。日自然主義の始祖たる性欲告白譚『布団』。更には夏目漱石の『三四郎』描かれる中央に接し自己のアイデンティティの模索。それらを包括しつつもさらにパラフレーズし現代の枠に入れたような作品だ。 新しいアイデンティティの模索。それは自己の性への戸惑いというものが一般的に許容された昨今作品として取り入れようとした表現者は或いは多いかも知れない。ペス山氏の作品において素晴らしい所は(それは勿論新たな自己の探求に重きを置いているが

    本当の「自分」を求めて ペス山ポピーの作品について|武埜 山水
    noitseuQ
    noitseuQ 2023/09/26
    最も優れた芸術とはなんだろう。そういうふうに考えると私は矢張り自分語りであるという結論を採用したい。悠久の歴史の中において人は孤独である。されど一番のともこそ自己自身である
  • 一口エッセイ:自慰行為|にゃるら

    フォロワーが、自虐のニュアンスで「人に言える継続してきたことTwitterとマスターベーションしかない」とリプライしてきたものの、僕は彼のスタンスが心からカッコいいと思ったので、「それだけでもいいさ」と返しました。胸を張って生きて欲しいから。 まあTwitterはどうでもいいとして、人生とは壮大な自慰行為だと認識しています。どこまでいっても最後は自分と向き合うオナニーでしかない。セックスはつまるところ他者とのコミュニケーションだ。もちろん他者と対話することは重要であるし、気持ちの良いことだけど、人間は質的に独りだよ。恋人や結婚相手が居ても、それは独りの人間が二人並んでいるだけ。真に他人と融合することはできない。 自慰とは、自分を慰めると書く。良いことですね。自分の寂しさや悲しみを自分が癒す。立派なことだ。一人でできてえらい。そんな行為を「継続してきた」と言えるのだから、この人はカッコいい

    一口エッセイ:自慰行為|にゃるら
    noitseuQ
    noitseuQ 2023/06/17
    僕らは、もっともっと自慰行為をしなければならない。自分を慰められるのは自分だけであることを確認し、強く噛み締めるために。お前らが一番かっこいいし、誰より哲学と文学を堪能している。/珠玉。結実。家宝です
  • 1