深緑野分『オーブランの少女』の表題作はこのような一文で始まる。 ----オーブランほど美しい庭は見たことがない。 この文章から私は「ゆうべ、またマンダレーに行った夢を見た」で始まるとある小説を連想した。その小説は冒頭から優美な筆致で読者を魅了し、とある邸の中へと招き入れていく。同書は長篇で『オーブランの少女』は短篇集である。本の作りとしては似てはいないのだが、両者の間には共通点がある。文章の技巧を尽くして、その力で読者を別世界へと誘おうとする姿勢である。 マンダレー館はダフネ・デュ=モーリア作『レベッカ』(新潮文庫)の主人公にとって、目を背けることの難しい魔の存在であった。彼女は館の持つ存在感に圧倒され、押しつぶされそうになるのである。それと同様に『オーブランの少女』は、読者の心を脅かし、時には傷つけ、あるいは凍りつかせようとする。実に剣呑な構造物だ。美しいが、その内奥に毒を抱えている。