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読みものと増田耕一に関するonkimoのブックマーク (4)

  • 地球温暖化懐疑論批判

    地球温暖化懐疑論批判 (明日香ほか) 明日香 壽川, 河宮 未知生, 高橋 潔, 吉村 純, 江守 正多, 伊勢 武史, 増田 耕一, 野沢 徹, 川村 賢二, 山 政一郎, 2009年: 地球温暖化懐疑論批判 (IR3S/TIGS叢書 1)。 東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)・ 東京大学地球持続戦略研究イニシアティブ(TIGS)。80ページ、非売品。 2018-07-15現在、PDF版は、 第1著者の明日香さんの勤務先のウェブサイトの http://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/database.html からリンクされたところに置かれている。 [2013-11-03] [この文書の文献リストの改訂版]を作りました。 ネット上にあったがリンク切れになったもののありか (提供者による移動先、またはWeb Archive

    onkimo
    onkimo 2010/03/25
    著者の一人としての立場の説明。私の言ったことが引用されていてびっくり。ありがたいです。増田さんがいうと私のばかブログ記事もなんだか高級に思えますね (^^;) http://bit.ly/d33bhX http://bit.ly/a5UlBE
  • 科学者は政策決定にどうかかわるか - macroscope

    科学者は政治にどうかかわったらよいかは、むずかしい問題だ。政治と言ってもいろいろな問題があるが、ここでは、政策の決定・選択にしぼってみる。 (ここに書いた考察は、Pielke (2007)のを読んで、賛同したところと、賛同できなくて自分の理屈を考えたところをきっかけとしている。) 一方で、科学者は、倫理規範のひとつとして、利害にとらわれるべきではない。したがって、政治から独立であるべきだ。他方で、科学は人間がよりよく生きるための知識を得るいとなみなので、それが政策に反映されることが望ましい。 科学と政策決定の境目をどこに置くかも自明ではない。(社会科学との対比では自然科学に含まれるが応用的分野である)工学・農学・医学などの多くの実践は、価値判断を伴っている。しかし、ここでは、政策にかかわりうる科学の課題について、科学的知識は価値判断を含まないとしてみる。政策の目標を決めることは価値判断な

    科学者は政策決定にどうかかわるか - macroscope
    onkimo
    onkimo 2010/03/23
    科学者も主権者の一員、"まずい政策選択をしてほしくないという思い"など、重要な論点。
  • 「京速」計算機 - macroscope

    いわゆるスーパーコンピュータの件だが、スーパーという表現は、ふさわしい対象が時代とともに変わるに決まっているので、わたしは避けたい。 「京速」は、1秒あたり1京(10の16乗)回という演算速度を略したものだ。 わたしはこの事業についてあまり詳しい知識をもっていないが、利用予定者としてかかわっている同僚の話をもれ聞いた知識と「事業仕分け」の件の報道とを組み合わせて考えたことを書いてみる。 一方で、もっと正確な知識を持ってから発言するべきだと思うのだが、他方で、もっと不正確な知識によると思われる発言をただしておきたいと思うところもある。 これまでになかった計算能力がほしいとき、手段として考えられるのは大きく2つの方向がある。 よくわかった技術を使うことと、これまでになかった技術を使うことだ。 前者の極端では、工業製品として売られている計算機を買う。大きな能力がほしければ多数個買う。それを買う予

    「京速」計算機 - macroscope
    onkimo
    onkimo 2010/01/04
    増田さんの京速計算機論。というより、増田さんがこんなブログを始めていたのは知らなかったのでブクマ。重厚で味わい深い記事が期待できそうです。
  • ホッケースティック論争

    前おき わたしは地球温暖化を専門としているわけではない。 しかし、大学で「地球システム論」や「環境気象学」の講義を担当して その中では必ず温暖化の問題にふれているし、 Weart (2003)のの日語訳にもかかわったので、 温暖化問題の「広い意味の専門家」であると言えるだろう。 その立場から、温暖化を含む気候変化の問題に関する知識を整理しておきたいと 思っている。この記事はそのひとつである。 2005年初めにWeartの(日語版発行は2005年3月)の解説を書いたのをきっかけとして、 それ以後インターネット上(おもに英語)の温暖化問題に関する話題をいろいろ読んでいるのだが、その中で、「ホッケースティック論争」に関する話題によくぶつかった。 わたしの見た限り、日語圏での紹介は、 渡辺(2005)によるMcIntyre & McKitrickの立場からのものと、 Appell (20

    onkimo
    onkimo 2009/11/22
    "科学の現代史の事例に関心があるかたのほかには、 読む時間をかけるほどの価値はないと思う。" 増田さんの認識が甘かった例 (T_T)
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