ブックマーク / littleboy.hatenablog.com (30)

  • 喜劇役者・伊東四朗のつとめ - てれびのスキマ

    NHK総合で夕方に放送している『ゆうどき』という番組があります。 10月8日のトークゲストに登場したのが伊東四朗さんでした。彼の「喜劇役者」としての含蓄のある話がとても興味深かったのでメモしておきたいと思います。 伊東四朗といえば、何と言っても「電線音頭」のベンジャミン伊東。 1970年代にNET(現・テレビ朝日)で放送されていた『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』で披露され、大ブームを巻き起こしたものです。 伊東「だいたい何がなんだか分からなくて。企画が。収録2週間前ですよ、こういうことやりたいんだって言われたの。意味がわからないと聞いても『なんなの?って言われても答えられない』ってプロデューサーが言うんです。2週間後にオンエアですからって追い詰められて……。台の裏にこういう格好にしてって絵に描いて。あれ(ベンジャミン伊東の衣装)は自分隠しなんです。(略)こういう格好すれば分かんないと思っ

    喜劇役者・伊東四朗のつとめ - てれびのスキマ
  • ピース又吉の邂逅の書- てれびのスキマ

    10月8日から始まったテレビ東京の『ざっくりハイボール』(千原ジュニア司会)。 第2回(10月15日)は「勝手に感謝状」という企画が放送された。 これは何気ない日常の中で出演者たちの心に残った人を勝手に表彰してしまうコーナー。 そこで披露されたピース又吉直樹のエピソードはとても胸を打つものだった。 又吉は「お笑いとサッカーでだいたい僕は構成されている」と自称するほど「好き」で知られている。 僕はが大好きなんですけど、屋に行ったら装丁がめちゃめちゃ渋いかっこいいを見つけたんですよ。 うわ、これなかなか無い装丁やなって思って。 タイトルが『昔日の客』っていう。 昔、古屋の店主が書いたエッセイで絶版になってたやつを復刊された。 それを面白そうやなと思って買って読んだら、めちゃめちゃいいで、その古屋に来たお客さんとか小説家との交流とかを書いてるエッセイなんですけど、出てくる人が

    ピース又吉の邂逅の書- てれびのスキマ
  • その時、芸人たちは何を語ったか。 - てれびのスキマ

    震災以後、テレビは各局地震情報などの報道特番が流れる中、いち早く芸人たちの声を届けけたメディアはやはりラジオでした。 芸人でなくても、こんな時にマイクの前に立つということは、大きな覚悟と勇気が必要です。 自分たちの一言一言が思わぬ人を傷つけてしまう可能性もあることを誰よりも自覚せざるを負えない立場にいます。 そして「不謹慎」という強大な見えない敵と戦わなければなりません。 ラジオに出演した芸人たちは、言葉をひとつひとつ丁寧に言葉を選びつつも、確かに笑いを届けてくれました。それは「不謹慎」という同調圧力に決して屈しない大きな笑いの力でした。それに僕らは確かに救われたのです。だから、彼らが何を語り、どう振舞ったのかを記憶にとどめておくために記録に残しておきたいと思います。 サンドウィッチマン 震災当時、気仙沼で被災したサンドウィッチマンは今回の震災後、芸人の中において大きな役割を果すことに。

    その時、芸人たちは何を語ったか。 - てれびのスキマ
  • 芸人たちの3行遺言- てれびのスキマ

    ラテ欄のとある一文に惹かれ普段は観ない『1分間の深イイ話』SP(10月11日放送)を視聴しました。 もともとの目的のそのエピソードは期待したものではありませんでしたが、それ以外の部分でとても興味深いエピソード&企画があったので記録しておきたいと思います。 深作欣二の葬儀で流れた曲 『仁義なき戦い』『蒲田行進曲』『バトル・ロワイアル』など数々の作品を生み出した映画監督深作欣二。 そんな彼が、72歳で亡くなったとき、そのお葬式で流れたのが、ザ・ブルーハーツの「1001のバイオリン」だったそうです。 ヒマラヤほどの消しゴムひとつ 楽しい事をたくさんしたい ミサイルほどのペンを片手に おもしろい事をたくさんしたい 生前、「おもしろい事をたくさんしたい」という歌詞が自分の映画制作の精神と繋がるということで、とても好んで、撮影現場でもよくこの曲を流していたそうです。深作監督は昭和5年生まれ。感性が若い

    芸人たちの3行遺言- てれびのスキマ
  • 漫才師にとってのセンターマイク - てれびのスキマ

    NHK『ディープピープル』3回目のテーマは「漫才師」。 浅草キッドの水道橋博士、ますだおかだの増田英彦、中川家剛という異色の組み合わせで、漫才をテーマに鼎談していた。 そこでは、それぞれのネタ作りの方法、漫才が惰性になってしまう時、ネタが飛んだ時の対処法など様々な話題が飛び交ったが、中でも興味深かったのは、センターマイクに対するそれぞれのこだわり、考え方の相違。 センターマイクとは舞台の中央に予め準備された一のマイク。 漫才師は舞台袖から呼び込まれるとそこに向かって歩いてきて、その高さをサッサっと調整して、お決まりのフレーズやらで挨拶して漫才を始める。 増田: このセンターマイク。 博士: はいはい、漫才師の象徴じゃないですか。 増田: これはやっぱりいりますよね? 博士: いるいる! え、何で? 増田: いや、たまに東京のネタ番組とかで明らかに漫才やのにセンターマイクを置かない番組とか

    漫才師にとってのセンターマイク - てれびのスキマ
  • 冴わたる南原スコープ - てれびのスキマ

    2010年の南原清隆はスゴい。抜群に冴えている。 その始まりは『笑う犬』の正月特番。大物舞台俳優キャラや「走れナロス」などの強烈な新キャラを披露し、今なお現役で成長する姿を見せつけた。 そして、この春、残念ながら終了する『ザ・イロモネア』。 ここにきて、新企画(実験企画)を連発しているが、先日2週にわたって放送された「ザ・早ボケハウス1・2・3」は、南原の気質*1がぴたりとハマリ、大活躍だった。 南原はOPから「だいたいこれから売れる売れないはそういうところ見てますから。間が開いたときに誰が一番最初に間を埋めるか?っていうのがポイントなんですよ。これタモリさんから聞きました(笑)」と絶好調。 この新企画「ザ・早ボケハウス1・2・3」は、ニセロケを行い、3人のうち、誰が一番最初にボケるか、ボケる順番を当てる、というもの。内村が「ここだけ『GetSports』になってる」とツッコむ、南原の解説

  • 鳥居みゆきの虚言の果て - てれびのスキマ

    先日放送された「ナイナイプラス」の鳥居みゆきゲストの回は、こちらの『鳥居みゆきの「除霊体験」〜出したらおどろいた〜(はてなテレビの土踏まず)』でも紹介されているとおり抜群に面白かった。 過去、鳥居みゆきがメインで出演した番組の中でも屈指の出来ではなかっただろうか。 ところで、その番組の最後に一瞬告知されたのが、鳥居みゆきによる短編小説集「夜にはずっと深い夜を」の発売。 劇団ひとりから始まった芸人小説出版の流れは、千原ジュニアや品川ヒロシの自伝的小説のヒットで加速し、やや静かになったものの現在も渡部健の「エスケープ!」や板倉俊之の「トリガー」といった自伝的小説ではないフィクションを書く傾向も復活してきた。 そんな中で、個人的に真打と思えるのが鳥居みゆき。 彼女には是非、小説を書いてほしいと思っていたので、遂にこの時が来たか、という感じ。 安部公房が好き、と公言する彼女がどのような物語で、ど

    鳥居みゆきの虚言の果て - てれびのスキマ
  • 関根勤の妄想力 - てれびのスキマ

    先日発売された「お笑いパーフェクトBOOK」に掲載されている伊集院光と関根勤の対談では、関根が以前から繰り返し語っている「妄想」の素晴らしさを改めて語っていた。 「妄想はお金のかからない最高の娯楽」と言ったのはタモリであるが、この対談では、関根勤が、妄想を最高の娯楽にする極意を明かしている。 ポイントは3つある。 妄想は常にポジティブで 伊集院光は、自分の悪い癖として「妄想し始めると怖いほうへと最終的に行っちゃう」という。「ネガティブな方向にふくらむ」のだと。 しかし、関根は全く違う。 例えば、現実で「が僕のことを褒めない」と嘆く。しかし、関根はそこから、「どうして僕のことを褒めないのかな」と考えだし、逆に「もし付き合ってる頃から女房に褒められ続けたら」と妄想を展開していく。 男って一番身近な人、とか恋人に褒められたいものでね。褒められたら僕は、東洋進出していたはず。でもさすがに世界ま

    関根勤の妄想力 - てれびのスキマ
    planetes
    planetes 2009/07/11
    この手の書籍では出色の内容でした。
  • マツコ・デラックスの洞察力- てれびのスキマ

    7月6日に放送された「しゃべくり007」にはマツコ・デラックスが出演。 この番組を「近年稀に見るやりたいことやってる番組」と称し、なぜかメンバーとぶつかり稽古をするなど、ノリノリのマツコ。 そんな中、マツコは、上田晋也にゲイの匂いがするのかと問われたことをきっかけに、しゃべくりメンバーの印象を以下のとおり語っていた。 上田晋也 ゲイではないけど、変態度合は高い人だと思う。 上田さんが一番狂気性は感じる。 上田「俺はホントにあっさりしたもんよ」 有田「開発されてないだけよ」 徳井義実 もはや清々しいじゃない。変態なこと言っても。 変態は変態だけど、ちゃんと放送コードにのる範囲の変態よ。 名倉潤 一生(性を)見せないと思う。 当は変態だっとしても絶対に見せないと思う。 堀内健 スゴい人だよね。多分、変態とかそういうレベルじゃないと思う。 人としてちょっとステージが違うと思うわ! 色んな意味

    マツコ・デラックスの洞察力- てれびのスキマ
  • 太田光と伊集院光のお笑い観、その違い - てれびのスキマ

    先日発売された「クイック・ジャパン(84号)」では「いま、ラジオは。」と題された特集の中で、太田光と伊集院光の対談が掲載されている。一般的に、二人はある意味で同士という感じで、非常に近い思想を持っているイメージがあると思う。が、この対談では、二人のラジオ観が「ラジオからテレビに」進出した伊集院と、「テレビからラジオにも」来た太田との微妙な違いが浮き彫りになっていた。 また、普段感じるイメージとは逆に、ひたすらナイーヴな伊集院と、それを通過した大人な太田という印象が面白かった。 そして、そのラジオ観同様、お笑い観もまた微妙に違いがあり興味深い。 太田は若い頃、タブーな方向に向かった理由を問われこう答えている。 やっぱり若い頃ってそういうとこ行きたがるとこあって。こっちにすりゃ殴りこみたいみたいな気分でテレビ出たりラジオ出たりするもんだから、笑えるか笑えないかっていうよりも、なんか事件起こした

    太田光と伊集院光のお笑い観、その違い - てれびのスキマ
    planetes
    planetes 2009/06/14
    「諦め」と言えるほど伊集院が戦ってきたのか?という疑問は正直あります。
  • 太田光が本当に守りたいプライド - てれびのスキマ

    爆笑問題が「不発の核弾頭」として一世を風靡した番組といえば、言うまでもなく「タモリのボキャブラ天国」だ。 こういったネタを実は田中が作っていたというのは、お笑いファンの間では有名な話だと思う。 「ダジャレはつまらない奴ほど上手い」という太田の言葉とセットでもう何度も聞いた話だが、やはり初めて聞いた時は大変驚ろいた。 5月8日放送の「検索ちゃん」でも、その話をしていて、話を振った*1次長課長河も含め、会場中が驚いてどよめいていた。 またこの話か、と思ったが、この日の話には続きがあった。 それは 前フリは太田が作っていた。 というもの。 例えば、上の動画の3つ目のネタでは「消えろ」を「ピエロ」とボキャブるのを考えたのは田中で、その前の“結婚を申し込むサーカス団員の田中、それを許さない父親(太田)、土下座する田中”という流れは太田が作ったということだろう。 土田はそれを「もう何百回と聞かされた

    太田光が本当に守りたいプライド - てれびのスキマ
  • 太田光の「ツッコミ芸人」論- てれびのスキマ

    年末に放送された「爆笑問題×安住紳一郎 平成ニッポン20年史」で、爆笑問題の「親友」ということで、例によって*1ネプチューンの名倉がゲスト出演していた。 その名倉との思い出話の中で、名倉と渡辺満里奈の結婚式での友人代表スピーチの話を爆笑問題にやってもらったという話をしていた。 このスピーチの中で、太田は独自の「ツッコミ芸人」論を語り、祝福したのだという。 その内容は、また改めて横で聞いていた名倉も目頭が熱くなってしまうようなツッコミ芸人にとって至福の言葉だった。 お笑いって言うのは、必ず誰が笑わせているかっていうのを結構気にするんですよ。 例えば爆笑問題の場合、僕がギャグを言うわけです。 それで彼(田中)は、常識的な事を言うんですよね。 「そんな訳ないだろ!」と。 ツッコミの奴は笑わせないでしょ? でも実はよーく見てて下さい、漫才。 ツッコミが言った瞬間にお客さんが笑うんです。 ツッコミが

    太田光の「ツッコミ芸人」論- てれびのスキマ
  • 「てれびのスキマ」的テレビお笑い界2008年MVP - てれびのスキマ

    ※ちょっと追記しました。 MVPは文句なしで有吉 今年のテレビお笑い界のMVPを選ぶとするならば、有吉弘行をおいて他にいないと思う。 昨年後半から尻上がりに頭角を現したと思えば、その勢いは収まるどころか加速する一方。 元来、彼の今のブレイクの力となったあだ名芸のようなものっていうのは、普通、それほど広がるものではないし、それ故、飽きられやすい。 しかし、彼は類まれな瞬発力と観察眼、そして見事すぎる表現力でまさにハズレなしの活躍を見せた。 もはや、有吉の名がラテ欄に書かれていると、普段観ていない番組まで気になって見逃せないものになってしまうほど。 そして身内芸のようになってしまっている今のお笑い界の異分子的な存在としても輝きを放っているのも忘れてはならない点だ。 また、「神さまぁ〜ず」「さまぁ〜ず式」「ゴッドタン」などでは、あだ名芸のような毒舌を求められるというよりは、来の彼の得意分野とい

    「てれびのスキマ」的テレビお笑い界2008年MVP - てれびのスキマ
  • 2008年のテレビを振り返る - てれびのスキマ

    今年ももう一年を振り返る季節となりました。 昨年も「てれびのスキマ」では「テレビお笑いアワード2007」を勝手に選びました。 ちなみに昨年はこんな感じ。 個人部門 MVP ケンドーコバヤシ 新人王 サバンナ ベストフレーズ おしゃべりクソ野郎(有吉弘行) 番組部門 最優秀番組 ゴッドタン〜神の舌〜(テレビ東京) 最優秀作品 ビンカン選手権in箱根(くりぃむナントカ/テレビ朝日) 最優秀新番組 環境野郎Dチーム(フジテレビ) というわけで、今年も同様に選んでみたいと思います。 各賞を選ぶ前に今年のテレビ界の出来事を時系列的に振り返ってみたいと思います。 ●2008年上半期のテレビを振り返る テレビ事件簿2008下半期 かなり偏ってます。そして長いです。 【7月】 01日 ●「こだわり人物伝」(ETV)で森達也が「愛しの悪役レスラーたち」放送。 02日 ●「ゴンゾウ」放送開始。●「爆笑レッドカ

    2008年のテレビを振り返る - てれびのスキマ
  • 「M-1グランプリ」で戦うために - てれびのスキマ

    いよいよ1週間後に迫った「M-1グランプリ」。 過去の例から見ても、ここで活躍をすればその後の人生を変えるといっても過言ではない大会である。もちろんこの大会に出る芸人は、それに向けて様々な努力をして挑んでいる。しかし、基的にぼくらは、その完成されたネタしか見ることが出来ない。 そんな舞台裏を描いた貴重な資料としても一級品なのが昨年のM−1王者サンドウィッチマンの「敗者復活」である。 富澤たけしが、「M-1」に向けた準備について述懐している。 2007年のM-1に向けて、僕は集中的に研究を重ねていた。 『紳竜の研究』など、完成度の高い漫才DVDを片っ端から見まくった。ただ見るだけじゃなくて、「間」を測る方法、言葉の使い方、ネタの磨き方、お客さんの的確なつかみ……取り入れるべきポイントを意識的にチェックした。過去のM-1決勝のDVDも繰り返して見た。決勝に進出したコンビが、何をやって、どうい

    「M-1グランプリ」で戦うために - てれびのスキマ
  • 3人目のさまぁ~ず、あるいは「モヤモヤさまぁ~ず2」における大江アナの立ち位置-てれびのスキマ

    いまや度々ゴールデンタイムで特番が組まれるようにテレビ東京を代表する番組のひとつである「モヤモヤさまぁ〜ず2」。 その人気の要因の一つには、間違いなく大江アナの存在があるだろう。 もはや3人目のさまぁ〜ずといっても過言ではない大江麻理子のこの番組における役割と立ち位置について、「クイック・ジャパン80」での伊藤プロデューサーを交えた対談で語っている。 さまぁ〜ずは大江アナについて以下のように語っている。 大竹 (大江は)受け皿の幅が広いです。この番組だからなのか元々持ってるものなのか。余裕があるというかね。 三村 あるね〜。あと正直者なんですよ、大江は。占いの人に「あなたはこういう体験をしたことありますよね?」とか言われても、「ないです」って。少しはお前、話合わせろよって。 一同 (笑) 大竹 「体調が良くないんじゃないですか?」「いや、良いです」って。徹底的だったね。 三村 全然屈しない

    3人目のさまぁ~ず、あるいは「モヤモヤさまぁ~ず2」における大江アナの立ち位置-てれびのスキマ
  • ジミー大西が子どもだったころ - てれびのスキマ

    8月24日深夜に放送された「わたしが子どもだったころ」*1で、ジミー大西が子どもだったころの印象的な初恋のエピソードが紹介されている。 「言葉の記憶っていうのがホントに僕の中ではないんですよ」と述懐するジミー大西。 人とも話さず、空想の世界に浸りきっていた少年時代。 他人と話さなかったからもちろん友達もいなかった。 頭にカナブンを乗せれば空も飛べるはずと思い屋根から飛び降りて足を怪我したり、イスを神輿に見立て担いで遊ぶ「一人神輿」など一人遊びに興じる家族から見ても変わった子どもだった。 そんな少年をあたたかく見守る二人の人物が、その後のジミー大西の世界を大きく変えていくことになる。 一人は、彼の担任の先生だった。 不正解ばかりのテストの答案用紙の裏に彼が描いた落書きに五重丸を与えるような先生だった。 写生の授業中、明らかに周りの児童とは違う画を描く少年を、他の子どもたちは一斉に囃したてた。

    ジミー大西が子どもだったころ - てれびのスキマ
  • 2008年上半期のテレビを振り返る - てれびのスキマ

    (ちょっと追記しました) 2008年上半期のテレビ界とその周辺で個人的に印象に残ったことをざっくりと箇条書きで振り返ってみたいと思います。 ・MVPを選ぶとすれば、圧倒的にさまぁ〜ず。4月からの「神さまーず」リニューアル成功により、テレ朝「さまぁ〜ず×さまぁ〜ず」、テレ東「モヤモヤさまぁ〜ず2」、TBS「神さまぁ〜ず」、ネット番組では「内村さまぁ〜ず」(ミランカ)と各局でまったく別の趣向の番組でそれぞれ実力を発揮。 ・その他に印象に残った芸人は、有吉弘行、設楽統、なだぎ武。その安定感と汎用性でスタッフからの大きな信頼を感じさせた。 ・ネタ見せ要員としては、山高広、エド・はるみ、世界のナベアツが各番組を席巻。この3人に次いで、髭男爵、TKO、鳥居みゆき、狩野英考、アントキの猪木、渡辺直美らも大活躍。小島よしお以降、キャラ芸人の多くがひな壇芸人としての能力も高いことで、息の長い活躍が見込まれ

    2008年上半期のテレビを振り返る - てれびのスキマ
  • 有吉弘行が輝きを取り戻した理由 - てれびのスキマ

    いまさら言うまでもなく、ここ最近の有吉弘行の活躍は目を見張るものがある。おそらく、吉芸人との毛色の違いもありスタッフから重宝され、その安定感で信頼も絶大なのだろう。 彼の真骨頂ともいえるヒドいニックネームの命名は、先日の検索ちゃんSPでの中山秀征=「バブルの生き残り」を筆頭にまだまだ冴えわたっている。 一体なぜ、彼はこうして復活できたのだろうか? そのヒントとなるのが、前号(20年3月発売)の「hon-nin vol.06」のインタビュー*1である。その中で有吉は「芸人・有吉は数年前に死んでますから」と語っている。 猿岩石を解散して仕事が一気に減ったじゃないですか? ある月、ついに月給が0円になっちゃったんですよ。あぁ、これは芸人として終わったな、と。人生を一回リセットしたんです。そのとき。 当は芸人を辞めようと思ったんですよ。でもウチの事務所の先輩たちから「芸人を辞めるな。家賃や生活

    有吉弘行が輝きを取り戻した理由 - てれびのスキマ
  • 松村邦洋と爆笑問題の青春の日々 - てれびのスキマ

    今月から始まったTBSラジオの「日曜サンデー」(爆笑問題、友近)の1コーナー「ここは赤坂応接間」の3回目のゲストは松村邦洋。 かつて、ほぼ同じ時期に太田プロに入り、その若き日々に数多くの同じ舞台を踏んだという3人の話はとても興味深く面白かった。 当時、太田プロは、ビートたけし、片岡鶴太郎、山田邦子を3柱にして、若手は採らない方針だった。しかし、ビートたけしが独立したことで方針を転換。 そんな中で、ラママでスカウトされ、爆笑問題が、久々に太田プロに加入した大型新人として登場する。 その1か月半後、片岡鶴太郎が見いだし松村邦洋が加入。ちなみにその後まもなく現在の太田の松永光代も加入。同期で、同じものまね芸人ということで「松松コンビ」という感じで、太田と知り合う前から多くの仕事をともにしている。 太田は松村のことを当時から「相当天才だと思ってた」という。 それを物語るようなエピソードを明かす

    松村邦洋と爆笑問題の青春の日々 - てれびのスキマ