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ブックマーク / mag.autumn.org (32)

  • ヤマト助っ人外人としての松本零士説 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    題 §「実ははっと気付いた」 「なに?」 「ヤマトのスタッフというのは、実はヤマト固有とも言い切れない」 「というと?」 「ワンサくんが既にヤマトと同じようなスタッフでやっているわけだ。全ての西崎作品が同じスタッフというわけではないが、準固定メンバーでやってるケースもある」 「そうか」 「そこで、いわばチーム西崎は成立している」 「それで?」 「チームはしばしば助っ人外人を入れて不得意分野の戦力を補強する」 「そんなもの?」 「たとえばロッキーチャックなら来の流れとは異質な森やすじという外人を迎えて戦力強化した作品と言える」 「なるほど」 「ならば、ヤマトはどうか」 「そうか。ロッキーチャックの時はまだチーム西崎は完成していないが、ワンサくんで既にチーム西崎はほぼ完成しているから、そのチームを補強する外人というわけだね」 「当初は戦艦大和を描けるコミカライズ要員としての招聘だったみたい

  • 湖川友謙論・さらばと、そして復活編 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    「湖川友謙という人物は実はもっと高い評価を与えられてしかるべき、という気がしてきた」 「ヤマト復活編BDの映像特典の座談会を見たから?」 「うん。それもあるんだが、実はもっと根深い」 「というと?」 「復活編のキャラは十分に良かった。文句もない。素晴らしい。しかし、これは話の始まりに過ぎない」 「というと?」 「実は、さらばの時点で凄く絵が綺麗だったという印象が残るんだ」 「そうか。さらばは総作画監督:湖川友謙ってことだね」 「主要なスタッフとして参加したのはこれだけだからね」 「復活編とさらばだけだ」 「うん」 「ということは?」 「善し悪しは別として、ここに湖川カラーが出ていて、それは好感されていたんだ」 「なるほど」 「だからさ。当初、ガンダムの安彦良和という名前があって、それと比較して乾いた華のない地味な絵を描くのがイデオンの湖川友謙という印象だったけどさ。この印象がそもそも間違っ

  • 愛がなければ愛すればいいとはどういうことか 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    「さて、まだまだ続くささきいさお大先生ネタ」 「まだかよ」 「問題はガッチャマンIIの主題歌」 「え、ヤマトじゃないの?」 「うん、ヤマトじゃないのだ」 「で、何が問題?」 「愛がなければ愛すればいいとはどういうこと?」 「ある意味、矛盾してるね。愛があるから愛することができるというのに、愛が無かったら愛せないよね」 「うん、子供の頃はそう思った。だから、IIからFはほとんど見てない」 「ガッチャマン好きなのに?」 「そう。いろんなアニメを見ていてカウントダウンが2で止まって阻止されると、ガッチャマンだ!と喝采するぐらい好き」 「でも最近は1で止まるアニメが増えたよね」 「うん。もう世代が違うことが良く分かるね。もはや、カウントは2で止まるものだと言っても通じないわけだ」 「それで、愛がどうしたって?」 「つまりだね。たとえば、さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たちという映画がある」 「出たな

    prisoner022
    prisoner022 2010/03/07
    ヤマトという作品の中に本当に愛があるか無いかは重要ではないのだ。問題は、ヤマトファンがヤマトを愛しているか否かだけなのだ。つまり、愛が無ければ愛すればいいさっ!
  • ヤマト関係の没ネタを紹介しよう・別に読まなくてもいいぞ 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    「なんと愛してナイトはロックバンドアニメでささきいさお大先生が主役声優なのに、歌を歌っていないのだ。涙ジョー。コンドルのジョー」 「それが没ネタですかい。人呼んでコンドルのジョーですかい」 「あしたのジョーじゃなくてコンドルのジョーね。ってネタとして難しすぎるかなあ。だから没にしたんだけど」 「ガッチャマンのG2号のコンドルのジョーも実は声優がささきいさお大先生って、もはや分かる人は相当な年配のマニア」 「しかも、やはり主題歌はおよげ!たいやきくん、もとい子門真人大先生で、やっぱりささきいさお大先生が歌えてないのだ」 「IIとかFになって、やっと歌えるんだよね」 「きっとヤマトのおかげ」 「そうだねえ。ヤマトで人気が出たから」 「もっとも、子門真人大先生が幸せかというと、途中でオープニングとエンディングが入れ替わってどっちがオープニングか分からないという不幸が……」 「不幸ねえ」 「ちなみ

    prisoner022
    prisoner022 2010/03/07
    ガッチャマンで大人っぽいアニメに浸った人がその後でそういうアニメに飢えていて、そこに出てきたヤマトだからヒットしたという説もある
  • 宇宙戦艦ヤマトは生と死の狭間の物語であるか? 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    宇宙戦艦ヤマトには過剰な死が含まれています。そもそも、TV第1シリーズからして、ヤマトの主要メンバーほぼ全員が地球に戻っただけで、ガミラスもイスカンダルも死体の山です。しかし、そもそもヤマトも死から蘇ったフネです。元も企画に至っては更に死者は増えます。生きているキャラもどんどん死にます。スターシアは「死んでいた」という異説フィルムをわざわざ後から作り、生きていても新たなる旅立ちで死にします。古代守もサーシア(2代目)も死にます。沖田は生き返らせてまで最後死にます。 従って、以下のように言えます。 宇宙戦艦ヤマトとは、死に方を模索する映画である救われる地球も倒される敵も、死を彩る死者へのたむけとして存在する従って死ぬことは前提であり、死に方だけが問題にされる……ではない § 以上のように単純に要約できれば、それで終わりですが。 実はこのような解釈だけでは割り切れません。なぜなら、もしこのよう

    prisoner022
    prisoner022 2010/01/12
    端的に一言で要約すればヤマトは「帰って来たヨッパライ」である
  • 科学という奴の傲慢さが本当に憎いのか? 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    あらためて考え直しました。 当初39話版計画の真田さんとは何者でしょうか? 当然、反乱して消されるはずの男です。 しかし、反乱の首謀者は航海や戦闘に必須のクルーであってはなりません。その意味で、工場長という人選は間違っていません。 そして、真田さんが意外と悪役顔であるのも当然の成り行きです。最後は悪役として描くことになるので。 また、印象のないキャラではインパクトがないので、第1艦橋に席があると同時に、印象的な見せ場も必要です。つまり、アステロイドベルトです。 つまり、ヤマト農園のフレッシュジュースを有り難みもなくがぶ飲みして機械装置でヤマトを救うタイプです。 とすれば、宇宙要塞13号で見せた真田のタイプとは別物です。 おそらく、実は科学を憎んでいるであるとか、実はいい人であるとか、兄貴のようなキャラであるとか、古代守の友達という設定も最初からあったわけではなく、方針変更後の後付けになりま

    prisoner022
    prisoner022 2009/12/30
    ドリルミサイルの逆回転から空間磁力メッキまでヤマトは真田で持つぐらいの大活躍です。古代の戦闘も真田の時間稼ぎでしかありません。
  • 映画「宇宙戦艦ヤマト復活編」最初の感想 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    公開初日、新宿バルト9の2回目の上映で見てきました。 凄い人の数で驚きましたが、多数派はワンピースやディケイドのようです。 ヤマトはそれほど多くありません。中程度のスクリーンが割と埋まってました。 しかし、エレベータや売店は共通なので参りました。 売店は行列の先が階段ということで、パンフも買えず。 帰りのエレベータを下りたら、登りのエレベータの待ち行列が新宿通だと言ってました。 ネタバレありの感想 § 以下は見えないようにしてあります。 1から10まで説明しないと分からない人は永遠に分からない映画かも引きこもりニート勝ち組で、自分は賢いと騙されて信じ込んでいる人にも分からない映画かも。この映画は馬鹿な若者を中年や年寄りがたしなめる描写がけっこうあるのでつまり、平均的なオタクが見ても分からない可能性が高いだろうその意味で、宮崎アニメと同じ地平にある。敵はいかなるオタク向け作品でもなく、押井

    prisoner022
    prisoner022 2009/12/30
    最後に真田の仕掛けが発動するが「こんなこともあろうかと」とは言わない。しかし、そういう趣旨で組み込まれていることはファンなら分かる。分かろうとする人にのみ微笑むように作ってある
  • 宇宙戦艦ヤマトで読み解く「2016年オリンピック、リオデジャネイロ開催決定」の隠された深い意味 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    北京でのオリンピックが終わったと思ったら、次は2016年の開催地の決定か。リオデジャネイロねえ……。 ん? 北京? リオデジャネイロ? 北京! リオデジャネイロ! 北京 リオデジャネイロ 出力低下 電波キャッチ不能!

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    prisoner022 2009/10/05
    「北京 リオデジャネイロ 出力低下 電波キャッチ不能!」うああ、何だ記憶の奥底から呼び覚まされるこの感覚は・・・。
  • ヤマトの主題歌は「お葬式バージョン」の方が好きだ!! 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    CD RECORDER/CASSETTE DECK CC-222SLMKIIが居間のオーディオに設置されたので、テスト的に古いカセットをCD-Rに焼いてみました。最初の1はいろいろ入っていましたが、マジンガーZ、グレートマジンガー、アルプスの少女ハイジの主題歌等(全て放送)。更に2目にテストしたカセットには、宇宙戦艦ヤマト 第21話「ドメル艦隊!!決死の挑戦状」のOPと編丸ごとが入っていました。 むかしむかし、野原には可愛い花が咲いていて子供はアニメを録画しないで録音したのですよ。信じられないかもしれないけれど。それが地球だったんですよ。 (ちょっとヤマトではないネタが混ざったが気にしてはいけない) ちなみに、エンディングはカットされていて(貴重なテープに同じ歌の重複録音はしないのだ)、その後にいきなりアルプスの少女ハイジの音声が入っていました。ペーターとハイジがクララが歩いたとは

    prisoner022
    prisoner022 2009/10/02
    何もかもみな懐かしい。
  • 宇宙戦艦ヤマト「復活編」は、中年太りした僕らの大地にヤマトを取り戻してくれるのか? 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    以下の話は思いつきを書き飛ばしただけなので、内容を信じてはいけません。むしろ、頭から無批判に信じないのが賢い態度でしょう。 前置き § 劇場用アニメーション映画「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」のサイトにある予告ムービーを見てぶっ飛びました。 もはや、正体も良く分からない宇宙の彼方の女神さまの声に導かれる血気盛んなお子様宇宙戦士ではなく、「おとうさん、地球を助けて」と懇願されて必至に戦わねばならない中年パパの物語になるのか!! いやこれは凄いぞ! だって、今更「私はテレザートのテレサ」と通信が入ったからといって、反逆して助けに行くなどと言われても感情移入できないもの。でも、パパ世代に突入してしまった今となっては、(実際に自分に娘はいなくとも)、「おとうさん、地球を助けて」はぐっと来るもの。 というわけで、以下ヤマト復活論です。 松ヤマトと西崎ヤマトという問題 § 宇宙戦艦ヤマトという作品は、松

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    prisoner022 2009/09/04
    「あの西崎」に尽きる。観るのが怖い。でも観たい気がするのは何故。「少年に夢を、少女にロマンを、全てに愛を」だったっけ?砕けた夢の残骸を観てみたいのかなぁ?
  • 「宇宙戦艦」抜き「ヤマト」に至る交響組曲宇宙戦艦ヤマト最終曲「スターシャ」に秘められた深慮遠謀!? 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    これは「東京交響楽団 東京芸術劇場シリーズ第100回感想・あるいは「宇宙戦艦」抜きの「ヤマト音楽」という「もう1つの世界」論」の続きです。ここで書いた「第2世界」という用語を説明無しに使うので、先にこちらを読んでください。 また、あくまで私の感想を書いたものなので、内容を信じてはいけません。 さて、実は「第2世界」について考え始めたとき、重大なことに気付きました。 交響組曲宇宙戦艦ヤマトが扉を開いたと解釈した「第2世界」ですが、実はアニメの名を冠しながら直接的にアニメと関係がない最初の音楽はこの交響組曲宇宙戦艦ヤマトの最終曲である「スターシャ」であると気付いたからです。 この曲は、最初に聞いたときは当に面らいました。アニメの宇宙戦艦ヤマトで使用されたいかなるメロディーも含まず、もちろん未使用曲や没曲でもありません。ヤマトに関する音楽として作られてはいても、ヤマトとの接点が全くありません

    prisoner022
    prisoner022 2009/05/18
    松本零士にとっての音楽とは世界から作品に向けてエッセンスを吸収していくものであるのに対して、西崎義展にとっての音楽とは作品を苗床にしてそこから世界に羽ばたいていくべきものだった
  • 東京交響楽団 東京芸術劇場シリーズ第100回感想・あるいは「宇宙戦艦」抜きの「ヤマト音楽」という「もう1つの世界」論 【▲→トーノZERO→アニメ感想→宇宙戦艦ヤマト】

    今日は、東京交響楽団 東京芸術劇場シリーズ 第100回に行ってきました。実に素晴らしい内容でした。ここでは、その感想ともう1つ、極めて重要な問題提起である「宇宙戦艦」抜きの「ヤマト音楽」という非常に価値のある新しい価値観についての話を書きます。ちなみに、「宇宙戦艦」抜きの「ヤマト音楽」とはこのコンサートで大友直人さんによって語られた言葉であり、私の造語ではありません。 以下は基的に私が受け取った私の解釈であって、事実とは限りません。けして信じないように。 基データ §2009 5/16(土) 6:00p.m. 東京芸術劇場指揮:大友直人ヴァイオリン:大谷康子ピアノ:若林 顕混声合唱:東響コーラスヴォカリーズ:安井陽子第1部・曲目 § (順番は予定とは変更されている) 坂龍一:映画「戦場のメリークリスマス」テーマ曲三枝成彰:NHK大河ドラマ「太平記」より三枝成彰:映画「優駿 ORACI

  • ポニョ公開に伴って宮崎駿について語りたくなった奴は、語る前に念のため読んでおけ! 宮崎駿という「おやじ」の本質とは何か? 【▲→トーノZERO→アニメ感想→崖の上のポニョ】

    キーワード: 【▲→トーノZERO→アニメ感想→崖の上のポニョ】 文先頭: ポニョ公開に伴って宮崎駿について語りたくなる誘惑に駆られる人が多く出るだろう……ということで、一言だけ「よくある誤解」について書いておきます。もっとも、そういう人たちが、この文章を読む可能性は低いも

    prisoner022
    prisoner022 2008/11/29
    そうですねー。宮崎駿がフィルムで表現してるものと宮崎駿をめぐる言説には常に差があります。酷な言い方をすれば鈴木敏夫のせいなのかなー?
  • 「崖の上のポニョ」の世界観に踏み込む試みPart4・これを踏まえずに映画を分かった気になってはいけない? 実は知性派だったポニョ!? 【▲→トーノZERO→アニメ感想→崖の上のポニョ】

    キーワード: 【▲→トーノZERO→アニメ感想→崖の上のポニョ】 文先頭: これは、宮崎駿ネットワーカーFCのWindsTalkメーリングリストに書いた内容の再編集版です。 Part-3から続きます。神奈川近代文学館 <特別展> 堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世。 §

    prisoner022
    prisoner022 2008/11/29
    リサとは、結婚して子供を作ったナウシカである/リサカーは、メーヴェである/海は腐海であり、洪水は一種の大海嘯である/グランマンマーレとは、一種の王蟲である/フジモトとは、一種の森の人である
  • 「崖の上のポニョ」の世界観に踏み込む試みPart2・これを踏まえずに映画を分かった気になってはいけない? デボネンクスの秘密!? 【▲→トーノZERO→アニメ感想→崖の上のポニョ】

    これは、宮崎駿ネットワーカーFCのWindsTalkメーリングリストに書いた内容の再編集版です。 Part-1から続きます。 ポニョ淡水魚説につながるデボン紀の魚 § 川崎悟司イラスト集を見ていて、1つ気付いたことがあります。直接ディプノリンクスとボトリオレピスのページに行かず、以下のデボン紀の表紙を経由して見に行く場合……。 ここでは「海」と「川」の2つにリストが分類されています。 どちらのリストにも多数の魚やその他の生物が掲載されています。 そして、ディプノリンクスとボトリオレピスはどちらも「川」に分類されています。 これは、ちょっとした小さな違和感です。 もちろん、サンプルが2つしか無い以上、それが「川」に偏る可能性は小さいものではありません。しかし、宮崎さんが多数の既知の生物からこの2つを選んだことには何か理由があるとも考えられます。 そして、もう1つの決定的な違和感があります。

    prisoner022
    prisoner022 2008/11/29
    深読みしてますねぇー
  • http://mag.autumn.org/Content.modf%253Fid=20080729130522

    prisoner022
    prisoner022 2008/11/29
    ポニョにおいて「2008年の今」を意識させるアイテムとして使われているのは「少子高齢化」/全く異質な者達が国境や地域や組織などを超えて行き来する時代/半魚人級の「怪物」としか見えないような者達と共存
  • 「崖の上のポニョ」を試写会見ることができた!! そして、ネットは否定的な感想で満ちあふれた!? (笑) 【▲→トーノZERO→アニメ感想→崖の上のポニョ】

    崖の上のポニョですが。 友人が試写会のペア入場券をゲット成功したので、連れて行ってもらうことができました。 しかし、感想はまだ書きません。あしからず。 さて、ちょっと気になってポニョの試写会の感想を検索していくつか見てみましたが、絵に描いたような否定的な感想ばかりで、思わず笑ってしまいました。好意的な感想ですら、否定的なニュアンスが入り込んでいたりします。 いや、なぜ笑ってしまったのかと言えば、これはもう毎度繰り返された宮崎作品の定番リアクションだからです。書いてる人は、「ボクの方が頭のぼけた宮崎老人なんかよりずっと賢い」と思って自分の賢さをアピールするために書いているのでしょうが、実際は新しい宮崎作品が出るごとに繰り返される「よくあるパターン」でしかありません。 そのあたりを、過去の宮崎作品ごとに軽く振り返ってみると。 先宮崎駿紀 § 未来少年コナン。特に序盤の段階ではみんな見てません。

  • ネギま!はオタクの常識に喧嘩を売るか? 「動物化するポストモダン」とネギま! 【▲→川俣晶の縁側→過去形 本の虫→ネギま!を読む】

    「動物化するポストモダン」を読み終わった良い機会なので、ネギま!と動物化、データベース化をテーマにした話を書きます。 例によって、うろ覚えの内容をいいかげんに書き飛ばすので、内容は信用しないように! 当ははるかに長い長文だったのですが、テーマの焦点がぼやけるので、思いっきり短くしました。なので、論旨の一部の説明がありません。悪しからず。 オタクの典型的な読み方 § オタクによる作品理解は、作品の表面に出現したものを収集、分類、整理することで行われ、これをデータベース化と呼びます。 データベースが成立すると、データベースから要素を取り出して組み合わせることで、2次創作が容易に実現できます。 更にジャンルそのもののデータベース化が進めば、データベースを参照することで新しい作品も容易に解釈できるようになります。自分の中のデーターベースを参照することで、「作品を見る」→「解釈完了」という直接的な

  • 試論・アニメブーム30年戦争 つまりアニメブームとはファン対ファンの意識されざる戦争であったのか!? 《後編》 【▲→トーノZERO→アニメ論→アニメブーム終末論】

    逆転現象・新世紀エヴァンゲリオンの悲劇 § 1995年10月4日より放送開始された新世紀エヴァンゲリオンは、大人指向派と子供指向派の境界が消失したことから、思わぬ展開を引き起こした、と解釈できるかもしれません。 この作品は、一見して大人指向派向けのように見えつつ、実は強く子供指向派を指向した作品です。つまりは、何か凄いことをしているかのような気分になれるが、実は中身がない「衒学」的な作品でしかありません。(「衒学」とは庵野監督自身が自作を語る際に使う言葉) しかし、TVシリーズの最後の2話において、突如として子供指向派の世界観では受け入れられない、むしり裏切りとしか言いようのない内容を語り出します。 1980年代の状況であれば、大人指向派がアニメファンの言説の主導権を取り、それがいかなる社会的な意義を持つものかを説くことで、アニメファン世論の流れを作ることができたかもしれません。 しかし、

  • 試論・アニメブーム30年戦争 つまりアニメブームとはファン対ファンの意識されざる戦争であったのか!? 《前編》 【▲→トーノZERO→アニメ論→アニメブーム終末論】

    アニメブームの終末を現実として意識するとき! 2005年とはその年になるのか!?とアニメブームは終わるのか? 終わらねばならない構造的必然性!?において、アニメブームは終わったと判断し得る、終わらねばならない必然性があり得る、というさして根拠のない「感想」を述べました。 これらの話題は、アニメファンとしてこれまで歩んできた過去を振り返り、それを解釈しようとする試みの開始点になりうることに気付きました。 なお、アニメブームという用語の定義や、マジンガーZという作品名の象徴的な意味合いは、アニメブームの終末を現実として意識するとき! 2005年とはその年になるのか!?の方を、認識ギャップ温存者という用語の定義はアニメブームは終わるのか? 終わらねばならない構造的必然性!?の方を参照願いします。この文章は、上記2コンテンツの問題意識を引き継ぐ内容であり、これらを読まずにこの文章のみを読むと書き手