1970年代後半、ソ連当局はレニングラード(現サンクトペテルブルク)のキーロフスキー工場の設計局に、核戦争を想定した指揮偵察車の開発を指示した。 核戦争に対応した指揮偵察車なら何でもよいというわけではなかった。考えられる限り、最高の防護力と快適性を兼ね備えることが求められた。密閉され、自己完結型で、厚い装甲を備え、砲塔のない戦車の車体に、無限軌道(キャタピラ)を履き、遠隔カメラや専用の酸素供給装置を搭載する、といった仕様だ。 こうして誕生したのが「ラドガ」指揮幕僚車である。生産数はごくわずかで、4〜5両ほどだったかもしれない。うち1両は、1986年にウクライナ北部のチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所がメルトダウン(炉心溶融)事故を起こしたあと、周辺の放射性物質下降エリアに投入された。その後は、博物館に所蔵された別の1両を除くと、ラドガは姿を消していた。 ところが今週、ウクライナ東