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文化勲章受章者の検索結果1 - 7 件 / 7件

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文化勲章受章者に関するエントリは7件あります。 訃報文化社会 などが関連タグです。 人気エントリには 『瀬戸内寂聴さん死去 99歳、作家・僧侶 文化勲章受章者:朝日新聞デジタル』などがあります。
  • 瀬戸内寂聴さん死去 99歳、作家・僧侶 文化勲章受章者:朝日新聞デジタル

    近現代の新しい女性の生き方を描いた小説で人気を集め、反戦・平和を訴える社会活動にも精力的だった作家で僧侶、文化勲章受章者の瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)さんが9日、心不全で死去した。99歳だった。 徳島市生まれ。名は「晴美(はるみ)」と名付けられた。東京女子大在学中に結婚し、卒業後は夫の勤務先だった北京にわたるが、敗戦で1946年に帰国。夫のかつての教え子と恋に落ち、幼い一人娘を残して京都へ。その後離婚し、少女小説や童話を書きながら、丹羽文雄主宰の同人誌「文学者」に加わった。 文芸誌「新潮」に掲載された「女子大生・曲愛玲(チュイアイリン)」で57年に新潮社同人雑誌賞を受賞。これを皮切りに、61年には評伝「田村俊子」で第1回田村俊子賞、63年には離婚の原因になった自身の恋愛を描いた「夏の終(おわ)り」で女流文学賞を受賞した。以後は岡本かの子、伊藤野枝(のえ)の伝記小説「かの子撩乱(りょ

      瀬戸内寂聴さん死去 99歳、作家・僧侶 文化勲章受章者:朝日新聞デジタル
    • 瀬戸内寂聴さん死去 作家・僧侶、99歳 文化勲章受章者(京都新聞) - Yahoo!ニュース

      「夏の終(おわ)り」「美は乱調にあり」など、情熱的な愛と生をつづった小説や、法話などの活動で知られる作家で僧侶の瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)さんが9日午前6時3分、心不全のため京都市内の病院で死去したことが11日分かった。99歳。 【写真】寂聴さん、66歳下の秘書とツーショット 葬儀は近親者で行う。お別れの会は後日、東京で開く予定。 徳島市の神仏具商の次女に生まれ、東京女子大在学中に結婚。卒業後、夫の赴任先の北京に渡るが、夫の教え子と恋に落ち、3歳の娘を残して家を出た。離婚後、少女小説や童話で生計を立てる。 1957年「女子大生・曲愛玲(チュイアイリン)」で新潮社同人雑誌賞を受賞。「花芯」が酷評されて失意の歳月を送るが、61年の伝記小説「田村俊子」で再起。「かの子撩乱」や「美は乱調にあり」など優れた評伝小説を相次いで発表し、63年、2人の男の間で揺れる女の性と心理を綴った「夏の終り

        瀬戸内寂聴さん死去 作家・僧侶、99歳 文化勲章受章者(京都新聞) - Yahoo!ニュース
      • 19年度の文化勲章受章者・文化功労者 主な業績(写真=共同) - 日本経済新聞

        NIKKEI Primeについて 朝夕刊や電子版ではお伝えしきれない情報をお届けします。今後も様々な切り口でサービスを開始予定です。

          19年度の文化勲章受章者・文化功労者 主な業績(写真=共同) - 日本経済新聞
        • 瀬戸内寂聴さん死去 作家・僧侶、99歳 文化勲章受章者|社会|地域のニュース|京都新聞

          「夏の終(おわ)り」「美は乱調にあり」など、情熱的な愛と生をつづった小説や、法話などの活動で知られる作家で僧侶の瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)さんが9日午前6時3分、心不全のため京都市内の病院で死去したことが11日分かった。99歳。 葬儀は近親者で行う。お別れの会は後日、東京で開く予定。 徳島市の神仏具商の次女に生まれ、東京女子大在学中に結婚。卒業後、夫の赴任先の北京に渡るが、夫の教え子と恋に落ち、3歳の娘を残して家を出た。離婚後、少女小説や童話で生計を立てる。 1957年「女子大生・曲愛玲(チュイアイリン)」で新潮社同人雑誌賞を受賞。「花芯」が酷評されて失意の歳月を送るが、61年の伝記小説「田村俊子」で再起。「かの子撩乱」や「美は乱調にあり」など優れた評伝小説を相次いで発表し、63年、2人の男の間で揺れる女の性と心理を綴った「夏の終り」で女流文学賞を受賞して、作家としての地位を築い

            瀬戸内寂聴さん死去 作家・僧侶、99歳 文化勲章受章者|社会|地域のニュース|京都新聞
          • 劇作家の山崎正和さんが死去 文化勲章受章者 | 共同通信

            「柔らかい個人主義の誕生」などの著書で知られ、劇作家や評論家として幅広い表現活動を展開した大阪大名誉教授で文化勲章受章者の山崎正和(やまざき・まさかず)さんが19日午前3時2分、悪性中皮腫のため兵庫県の病院で死去した。86歳。京都市出身。葬儀・告別式は近親者で行った。 幼少期を旧満州(中国東北部)で過ごし、終戦後に引き揚げ。京都大大学院在学中から劇作を始めた。1963年に戯曲「世阿弥」で「新劇」岸田戯曲賞(現岸田国士戯曲賞)を受賞。 また、価値観が相対化した時代の人間の在り方を、文化論・文明論的な視野から考察する多彩な評論活動を展開した。

              劇作家の山崎正和さんが死去 文化勲章受章者 | 共同通信
            • 野見山暁治さん死去 洋画家、文化勲章受章者102歳 - 日本経済新聞

              洋画家で文化勲章受章者の野見山暁治(のみやま・ぎょうじ)さんが6月22日午前7時2分、心不全のため福岡市内の病院で死去した。102歳だった。東京と福岡でお別れの会を行うが日取りなどは未定。喪主は養女の山口千里さん。1920年、福岡県穂波村(現飯塚市)で炭鉱経営者の家庭に生まれた。43年に東京美術学校(現東京芸術大学)を卒業後、召集され満州(現中国東北部)に渡る。帰国後、52年から12年間をフラ

                野見山暁治さん死去 洋画家、文化勲章受章者102歳 - 日本経済新聞
              • 世界的指揮者の小澤征爾さん死去 88歳、文化勲章受章者

                米ボストン交響楽団やウィーン国立歌劇場の日本人初の音楽監督を務めるなど国際的に活躍し、「世界のオザワ」として幅広い人気を集めた指揮者で文化勲章受章者の小澤征爾(おざわ・せいじ)さんが6日、心不全のため東京都の自宅で死去した。88歳。旧満州(現中国東北部)生まれ。葬儀は近親者で行った。後日、お別れの会の開催を検討している。 1959年にフランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、一躍脚光を浴びた。カラヤン、バーンスタインら名指揮者に師事し、米サンフランシスコ交響楽団音楽監督などを歴任、海外で活躍する日本人指揮者の先駆けになった。73年から2002年までボストン交響楽団の音楽監督を務めた。 02年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるニューイヤーコンサートを日本人として初めて指揮。10年までウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めた。 国内では新日本フィルハーモニー交響楽団の「桂冠名誉指揮

                  世界的指揮者の小澤征爾さん死去 88歳、文化勲章受章者
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