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池田晶子の検索結果41 - 80 件 / 173件

  • 池田晶子 (文筆家) - Wikipedia

    池田 晶子(いけだ あきこ、1960年8月21日 - 2007年2月23日)は、日本の哲学者、文筆家。東京都港区出身。本名:伊藤晶子(いとう あきこ)、旧姓:池田(いけだ)。 専攻は哲学。専門用語にたよらず日常の言葉によって「哲学するとはどういうことか」を語り続けた。著書に『帰ってきたソクラテス』(1994年)、『14歳からの哲学』(2003年)など。 港区立御田小学校[注釈 1]、港区立港中学校(現:港区立三田中学校[注釈 2]、慶應義塾女子高等学校を経て、慶應義塾大学文学部哲学科倫理学専攻を卒業。高校時代は登山に熱中する。大学時代、哲学者木田元に師事する。アルバイトとして雑誌『JJ』の読者モデルを務める。これにより経済的にも自立し、進路を巡って両親との葛藤もあり、在学中に一人暮らしを始めるようになる。卒業後は企業への就職はせず、モデル事務所に籍をおく。このとき『文藝』の校正の仕事をした

    • 【京アニ公判】「妻を狙ったのか」作画の大黒柱・池田晶子さん夫、青葉被告に直接問う

      36人が死亡し32人が重軽傷を負った令和元年7月の京都アニメーション放火殺人事件で、殺人罪などに問われた青葉真司被告(45)の裁判員裁判の第8回公判が20日、京都地裁(増田啓祐裁判長)で開かれ、被害者参加制度を利用した遺族らによる直接の被告人質問が始まった。犠牲者の一人で、アニメーター(作画担当)を束ねる「大黒柱」として活躍した寺脇(池田)晶子さん=当時(44)=の夫が法廷に立ち、「池田晶子は今回の事件のターゲットだったのか」などと被告に問いかけた。 寺脇さんは、京アニの代表作である「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)」や「響け!ユーフォニアム」シリーズで、キャラクターデザインや作画監督を束ねる総作画監督を担当。丁寧な仕事ぶりで高い評価を受ける京アニの作画品質の高さを支えたほか、子育てと仕事の両立に奔走していた。 検察官の横に立ち、「青葉さん」と呼びかけた夫。まず「困ったときに相談する相手はいな

        【京アニ公判】「妻を狙ったのか」作画の大黒柱・池田晶子さん夫、青葉被告に直接問う
      • 14歳の君へ どう考えどう生きるか 池田晶子 著 - うちこのヨガ日記

        これは「知のジュエリー12ヶ月」のように中学生向けに書かれた本ですが、親の世代がまず読んだほうがよい内容といえるかも。 14歳向けに書く語調やトーンに強調の効果が生まれていて、引き込まれます。夏目漱石の「三四郎」に出てくる広田先生のような言葉が現代語で飛び出す。 実際は「中学生に観念や幻想をやさしく教えてくれる先生」ということになるはずの著者さんなのだけど、「もしも広田先生が現代日本の美人に憑依したら」「もしもシャンカラが現代日本の美人に憑依したら」という幻想の中に連れ込まれるほど、哲学の本として骨太。 なのに、日常会話のように語り掛けてくれる。こんなにありがたい本はない。 <83ページ 「社会」より> お金を稼いで生活するために、大勢の人間の集まりの中に、出てゆかなければならないんだ。人間嫌いの君は、さあどうしよう! 14歳向けのトーンです。文章は。 <170ページ 「幸福」より> ちょ

          14歳の君へ どう考えどう生きるか 池田晶子 著 - うちこのヨガ日記
        • 未映子の純粋悲性批判: 池田晶子記念 「わたくし、つまりNOBODY賞」

          « 「乳と卵」サイン会のお知らせ!! | 3月29日「蝶と骨と虹と、」に出演します&祝「薔薇は生きてる」復刊!!! » 2008.02.25 池田晶子記念 「わたくし、つまりNOBODY賞」 受賞のご連絡をいただきまじでびっくりしてしまいました。 賞についてのくわしくは、こちらをごらんください。 思うこと爆発。色々が。風がものすごく強いなあ。あれから一年。 投稿:by 未映子 11:00 AM [未映子情報] | 固定リンク トラックバック この記事のトラックバックURL: http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50003/40255224 この記事へのトラックバック一覧です: 池田晶子記念 「わたくし、つまりNOBODY賞」: » 芥川賞――現代版シンデレラストーリー―― [お月さまになりたい。 から] 先日、部屋の掃除をしていたところ、

          • 偏屈文化人のブログ 二重の戸惑いとは何かーこれからの国語教育を言語論的転回から見据えてー キーワード:言語論的転回、ソシュール、ウィトゲンシュタイン、池田晶子

            ネット論壇幽玄がお贈りする評論ブログ。近現代小説、映画、美術などを自由な視点から読み解いていきます。感想とレビューという形をとり、様々な作品を評論します。 はじめに 本稿は、〈全国大学国語教育学会編著、『新たな時代を拓く 中学校・高等学校国語科教育研究』2010、学芸図書〉、のⅠの2に掲載されている須貝千里氏の書いた「国語を教えるということの意義」に対して、そこで描かれている「二重の戸惑いと向き合って」という部分を主眼に置き、その戸惑いがどのようなものであるのか、またソシュールとウィトゲンシュタインの提唱した言語論的転回とはどのようなものであるのか、そうして、それをどのようにして国語科の教育に活かせるのか、取り上げた論文に対する私の見解とともに考察していく。 言語論的転回 言語論的転回という言葉は、ソシュールやウィトゲンシュタイン自身が使用したものではない。この二人によって拓かれた画期的な

              偏屈文化人のブログ 二重の戸惑いとは何かーこれからの国語教育を言語論的転回から見据えてー キーワード:言語論的転回、ソシュール、ウィトゲンシュタイン、池田晶子
            • 【映画】今年の大ヒットアニメ映画「涼宮ハルヒの消失」を手がけた池田晶子さんと西屋太志さんにインタビュー

              1 :まっちょつるぎφ ★:2010/09/05(日) 21:19:06 ID:???  今年前半、邦画界の大きなヒット作となったアニメ映画「涼宮ハルヒの消失」。2月から6月末までで60万人を動員したが、 それを手がけたのが、宇治市木幡のアニメ制作会社「京都アニメーション」だ。同作で、キャラクターデザインを作成し、 かつ作品デザインの最終責任者となる超総作画監督を務めた池田晶子さん(35)と、池田さんを補佐した総作画監督の 西屋太志さん(28)に話を聞いた。(聞き手・上野将平) ――作画監督の役割を教えてください。 【池田】キャラクターを動かすには、パラパラ漫画の様に、何枚もの絵が必要です。アニメでは核となる原画があって、 原画と原画の間に動画を差し挟んで動きを表現します。作画監督というのは、膨大な原画と動画をチェックし、品質を監修する役目を負います。 例えば、30分アニメだと、原画マン(

              • 斎藤仁氏、大豊泰昭氏と連日の訃報に、池田晶子のコラム「人間自身」の一節を思い出した - 親鸞に学ぶ幸福論

                年末に高倉健、菅原文太と相次いで魅力的な俳優が亡くなり、 年明けてからは、柔道でオリンピック金メダリストの齊藤仁、 中日で一本足打法が記憶に残る大豊泰昭と、 連日のように死去を報ずるニュースが流れました。 これら最近のニュースに流れる有名人の訃報に、 私は以前と違う、虚を突かれたような驚きを感じます。 小学生だったときに、有名人の訃報がテレビで流れると 母が洗濯物を畳む手を止めて 「えっ!○○○○、死んだの!?」 と驚いていたのを思い出します。 私にとってはその亡くなった人の全盛期を知らず、 なじみがないので、 年相応に亡くなったのだな、と受け流していましたが、 その有名人の活躍を見て育った母の世代には 何か感じ入るものがあったのでしょう。 私も40代になり、 最近は同時代を生きてきた人の訃報を聞くようになりました。 明らかに以前とは違う驚きがあり、 あの時の母の気持ちもわかってきました。

                  斎藤仁氏、大豊泰昭氏と連日の訃報に、池田晶子のコラム「人間自身」の一節を思い出した - 親鸞に学ぶ幸福論
                • 池田晶子 (アニメーター) - Wikipedia

                  池田 晶子(いけだ しょうこ、1975年〈昭和50年〉6月18日 - 2019年〈令和元年〉7月18日)は、日本の女性アニメーター、キャラクターデザイナー。株式会社京都アニメーション取締役。2児の母[1]。子会社Doに所属した池田和美との血縁関係はない。 来歴 「トップをねらえ!」に触発され、アニメーターを志す[3]。代々木アニメーション学院大阪校アニメーター科卒業[4][5]後、1996年に京都アニメーション入社[6]。 『ドラえもん』の動画が初仕事。『犬夜叉』の第3話「骨喰いの井戸からただいまっ!」で初の作画監督を務め、その原画がアニメ専門誌の特集ページでは大々的に取り上げられるほどに好評だった[7]。 2006年『涼宮ハルヒの憂鬱』で初のキャラクターデザイン・総作画監督を務める。2015年より『響け!ユーフォニアム』や『劇場版 響け!ユーフォニアム』でキャラクターデザイン・総作画監督

                  • 私とは何か さて死んだのは誰なのか 池田晶子 : HaruharaPのブログ

                    2015年04月29日23:43 私とは何か さて死んだのは誰なのか 池田晶子 カテゴリ本 haruharap Comment(0)Trackback(0) 池田晶子(1960-2007)氏を知ったのは、「朝まで生テレビ」だった。いわゆる伝説のオウム・幸福の科学回である。1991年の9月の末のことだった。当時、ガキの分際で生意気にもゲンロンに興味があった私はよくこの番組を見ていた(後日、こんなものはゲンロンでないと知った)。この回は「オウム真理教vs幸福の科学」という「異種格闘技戦」が謳い文句であったが、その場で、外見も発言内容も最も異彩を放っていたのは、池田晶子であった。彼女の言は宗教サイドとは全く会話が噛み合っていなかった。使用する言語の定義がまるで違うので、当然とあれば当然である。単純な観念論・認識論すら理解してもらえず彼女は苦笑するしかなかった。宗教サイドには哲学的教養が皆無であっ

                      私とは何か さて死んだのは誰なのか 池田晶子 : HaruharaPのブログ
                    • 池田晶子の思想 - エトワールの部屋

                      埴谷雄高: 死霊 これは難解ですよ。20年かけてようやく第1章を読み終えたところです。「虚体」の概念は興味深いです。人間は自然から逸脱したところに存在しています。その根底は「虚体」なのかもしれません。わずか5日間のできごとを作者が長年かけて未完成のままとなった理由は読んでみると良くわかります。噂では宇多田ヒカルさんも読んでいるとのことです。 紫式部: 源氏物語 恋愛の教科書です。1000年も前に、この国にこの小説が存在したことを誇りに思います。五十四帖中に「空」の帖があるのも、何かジョン・ケージの「4分33秒」みたいで洒落ています。光源氏の恋人は12人で意外と少ないですね。朝顔には振られています。末摘花や花散里などあまり美人ではない恋人や女三宮など馬鹿な悪女の恋人がいたり、軒端の荻のようなハプニングや朧月夜のようにロミオ&ジュリエットのようなお話しもあってとても面白いです。 村上春樹: ノ

                        池田晶子の思想 - エトワールの部屋
                      • 京アニ池田晶子さんによる珍しいハルヒイラストについて。 - 涼宮ハルヒの覚書

                        haruhimemo.hatenablog.jp 昨日、アニメ版「射手座の日」に出てくる戦艦デザインを収めた画集が出ますよ、という話をした際、ハルヒファンの大先輩であるあまてつさん(@ama_tetu)と以下のような話になりました。 @haruhimemo 情報いつもありがとうございます。私は迷い無く早速予約しました。 やらずに後悔するよりやってから後悔した方がいいという風なハルヒさんの精神に従いましたw — あまてつ (@ama_tetu) 2015, 11月 5 @haruhimemo 初出しですよ!それだけで買う価値はありますよ。どんなに小さいサイズであろうとも。 — あまてつ (@ama_tetu) 2015, 11月 5 まあ結局ぽちったのですが「やっぱりファンとしてはどんな些細な情報でも欲しいもんだよなあ」と改めて実感しました。 私も今後ささやかな情報でもハルヒ関連情報を集めて

                          京アニ池田晶子さんによる珍しいハルヒイラストについて。 - 涼宮ハルヒの覚書
                        • 池田晶子「人生は愉快だ」—死は人生のどこにも存在しない : まだ東京で消耗してるの?

                          池田氏の死後に出版された本。主に死を扱った哲学書です。哲学に触れてこなかったぼくにとって、第一章はかなりハード。また再挑戦しようと思います。とりあえずの読書メモを。 ・「この今」しかないと気づけば、先のことをあれこれ悩んで苦しむことはなくなるようです。悩みや苦しみというのは、人生には先があるとする錯覚的時間認識がつくり出す、まあ一種の気の迷いみたいなもんでしょう。未来への不安、もくしは過去への後悔、いずれも時間認識の勘違いです。だって、未来や過去を悩んだり苦しんだりしているのは、まさしくこの現在ではないですか。・「当たり前」とはどういうことなのか。何と何とが当たると、「当たり前」ということになるのか。世人というのは、まずそういうことを考えない人の謂である。当たり前のことは、当たり前だから、当たり前なのだと思っている。しかし、当たり前のことは、どうして当たり前なのかということを考え始めてしま

                            池田晶子「人生は愉快だ」—死は人生のどこにも存在しない : まだ東京で消耗してるの?
                          • 池田晶子著 『人間自身 考えることに終わりなく』 第Ⅱ章「『プロ』といえる人」より - 犯罪被害者の法哲学

                            犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。 裁判に関して、国民の間から必ず起きる声がある。「なぜ弁護士は凶悪犯人の味方をするのか」。そして、これに対する答えも決まっている。「それが弁護士の仕事である」。この応酬は、いつまでも繰り返される。人権派弁護士の答えは、いつになっても国民を納得させることができない。 「仕事だから…」という表現は、生活のために、好きでもない仕事を嫌々ながらやっている場合に用いるものである。もしその仕事に誇りを持っているのであれば、その仕事の内容を説明するはずであって、わざわざ「仕事である」という形式のほうを持ち出す理由がないからである。人権派弁護士が「凶悪犯人の味方をするのは弁護士の使命である」という説明に終始し、なぜ自らがその使命を選択したのかを説明しようとしないならば、それは一種独特の後

                              池田晶子著 『人間自身 考えることに終わりなく』 第Ⅱ章「『プロ』といえる人」より - 犯罪被害者の法哲学
                            • 池田晶子著 『新・考えるヒント』 第14章「道徳」より - 犯罪被害者の法哲学

                              犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。 善とは何か、悪とは何か。これは考えれば考えるほどわからなくなるものである。しかし、罪刑法定主義の原理が確立した現代の刑事裁判においては、このような難問を考える必要はない。悪は国家権力であることに決まっているからである。ここでは、遊ぶ金欲しさに犯罪に手を染めたこと自体の悪は棚に上げられる。 厳罰化に反対するならば、そもそも罪を犯さなければよいだけの話である。しかし、近代刑法においては、このような常識を述べることすら憚られる。もともと功利主義の思想は、倫理や善悪の探究には向いていない。近代刑事裁判の理念と犯罪被害者の要求とのすれ違いは、ここに端を発する。 池田氏は、内的に欲求されるものを「倫理」、外的に強制されるものを「道徳」と呼んでいる。以下の「道徳」という部分は、すべて

                                池田晶子著 『新・考えるヒント』 第14章「道徳」より - 犯罪被害者の法哲学
                              • asahi.com(朝日新聞社):〈本の舞台裏〉池田晶子「最後の新刊」 - 出版ニュース - BOOK

                                〈本の舞台裏〉池田晶子「最後の新刊」[掲載]2009年4月19日 「哲学エッセー」という新しいジャンルを開拓、多くの読者に支持され続けた池田晶子さん。没後2年を経て、未発表・未収録の原稿をまとめた「最後の新刊」が三つの出版社から刊行され、話題を呼んでいる。 命日の2月23日に発売されたのが『魂とは何か』(『魂を考える』大幅増補改訂版、トランスビュー)。続いて今月、『私とは何か』(講談社)、『死とは何か』(毎日新聞社)が刊行。菊地信義氏の装丁で統一、定価も税込み1575円でそろえた。 『私とは何か』を担当した講談社の見田葉子さんによると「3冊同時刊行」の話が持ち上がったのは昨年末。池田さんと親交の深かった編集者と遺族で立ち上げたNPO法人の例会で「残された言葉を一番いい形で伝えていきたい。そのためには3冊を同時期に」ということに。未発表原稿のコピーをそれぞれ持ち帰り、正月返上で読み込んだとい

                                • 池田晶子「暮らしの哲学」 - 備忘録

                                  2017 - 02 - 06 池田晶子「暮らしの哲学」 池田晶子 1月31日、実家の愛犬が死んだ。 ひとしきり涙にくれ、悲しみの渦中にあって、苦し紛れに愛犬家でも知られた著者の手になるこの本を引っ張り出した。 暮らしの哲学 作者: 池田晶子 出版社/メーカー: 毎日新聞社 発売日: 2007/06/29 メディア: 単行本 購入 : 2人 クリック : 31回 この商品を含むブログ (35件) を見る 振り返れば、「犬の力」には、助けられることが多かった。 家に帰ると、しっぽをちぎれるくらいに振り回し、飛び回ったり、顔や手をペロペロ舐めようとしてきたりして、まさしく飼い主は「 無防備 」にさせられていた。 著者の言う通り、犬は言葉を話さないから、人間は、そうした行動の背後に「偽り」を感じることがないのだ。 全身全霊で「現在」の喜びや楽しさを表現してくれると、おのずとこちらのこころも開けてく

                                    池田晶子「暮らしの哲学」 - 備忘録
                                  • Amazon.co.jp: あたりまえなことばかり: 池田晶子: 本

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                                    • 池田晶子氏の「死はない」という理論が理解できません。 - 哲学者中島義道は、「どうせ死んでしまう」この過酷な人生を前に哲... - Yahoo!知恵袋

                                      ぼくは池田氏の著作は読んだことがないので、あくまでもあなたのおっしゃる話をもとに考えてみます。 「自分の死は他者にとってのもので、自分にとっての死はない」というのはその通りです。 ただし、これをもって「そんなこと考える理屈が成り立たない」というのは間違いです。 死を考える上では、「自分の死というものは他者にとってのものである」ということがヒントになります。 あと、あなたは「人が死んで無に帰す」とおっしゃっていますが、死に対するこのような感じ方もヒントになるし、死を考えていくと、なぜ人は死を恐怖するかも分かってきます。 なぜ、「自分の死は他者にとってのもの」か? それは、そもそも「自分」とは他者にとってのものだからです。 幼い子供は、自分を名前で呼び始めます。なぜかと言うと、周りの人たちが彼を名前で呼んでいるからです。 人間はあらゆるものに名前をつけ、その名前で呼んでいます。 ちょっと例え話

                                        池田晶子氏の「死はない」という理論が理解できません。 - 哲学者中島義道は、「どうせ死んでしまう」この過酷な人生を前に哲... - Yahoo!知恵袋
                                      • 池田晶子「14歳の君へ どう考えどう生きるのか」|まだ仮想通貨持ってないの?

                                        ・人が生きてゆくのは、よい人生を生きるためだ。自分にとってのよい人生、幸福な人生を生きることが、すべての人の人生の目的だ。悪い人生、不幸な人生を生きたいと願う人はいない。すべての人は、よい人生を生きることを願っている。それなら、人は、悪い心でよい人生を生きることはできるだろうか。人をだましたり、人を蹴落としたりしながら生きてゆく人が、よい人生、幸福な人生を生きていると君は思うかい? ・人に嫌われたくないそういう人は、当然、人に好かれようとする。人に好かれるための言動をするようになるだろう。(中略)そういうことをしているうちに何だかくたびれてきて、こんなの本当の私じゃないな、本当の友だちが欲しいなと、思うようになるのじゃないのかな。まさにその通りなんだ。君が本当の君じゃないから、君にはいつまでも本当の友だちができないんだ。 ・人に嫌われたくない、好かれたいと思うのは、人に認められたいと思うか

                                          池田晶子「14歳の君へ どう考えどう生きるのか」|まだ仮想通貨持ってないの?
                                        • 池田晶子「14歳からの哲学」—「考える」ことを知る不朽の名作|まだ仮想通貨持ってないの?

                                          これは名著ですね!14歳からの、とありますが27歳が読んでも面白い、というか目から鱗がぼろぼろ落ちる作品でした。こんな本があったんだなぁ。読書メモをご共有です。 考えるための教科書 ・「自分がそう思う」というだけなら、それが正しいか間違っているかは、まだわからない。自分ではそれを正しいと思っていたのだけど、ほかの人はそれを正しいとは思っていなかったとか、以前は正しいと思っていたのだけど、今は正しいと思わないとか、よく気をつけてみると、そんなことばかりじゃないだろうか。だから人は、自分が思っていることが正しいことなのかどうか、常に「考える」ということをするわけだ。 ・「本当にそう思う」ということと、「本当にそうである」ということは、違うことだと覚えておこう。だって、間違ったことだって、自分がそう思っているのだから、「本当にそう思う」と思えるわけだ。でも、間違ったことを本当だと思ったって、間違

                                            池田晶子「14歳からの哲学」—「考える」ことを知る不朽の名作|まだ仮想通貨持ってないの?
                                          • 「死ぬのを怖いと思ったことがない」 - 池田晶子『14歳からの哲学』

                                            池田晶子『14歳からの哲学』トランスビュー ぼくが池田晶子さんのことを知ったのは、大学入学を直前に控えた高校3年の冬だった。産経新聞の「産経抄」欄で、前週に亡くなった池田さんを悼むコラムを読んだ。当時は池田さんの名前すら知らなかった。ただこのコラムだけは、強烈にぼくの印象に残った。 <...先週届いた訃報には驚いた。しかも46歳の若さである。腎臓がんという、自身の病気について触れることはなかったが、「死ぬのを怖いと思ったことがない」と公言してきた。池田さんに限っては、本心だった気がする。> 「死ぬのを怖いと思ったことがない」という彼女の言葉は、ぼくには全く理解できなかった。ぼくは、死ぬのが怖くてたまらなかった。学校で必死に勉強をして、名門大学への進学を決めたのも、全部死にたくないからだ。勉強をすれば、いじめられなくて済むし、良い大学に入れば、安定した生活が送れる。そうすればぼくは、死なずに

                                              「死ぬのを怖いと思ったことがない」 - 池田晶子『14歳からの哲学』
                                            • 人生のほんとう/池田晶子著 備忘録2 - lucciora’s diary 蛍日記

                                              ひきつづき・・・ 『人生のほんとう』/池田晶子より 第5章「魂」より p144 私は輪廻転生の思想というのは 人間が自己の何であるかを考えていった場合に 必ず現れてくる根強い一つの型だと思っています。 自分の何であるか、この魂はなぜこうなのかということ、 その歴史を垂直方向に求めてゆくと 必ずこの表象が現れてくる。 表象というのは、必ずしも空想ではありません。 なぜ自分は自分なのかということを水平方向に、 親から生まれた、さらにそれを遡って家系とか祖先とか、 この世の時間軸を遡る方向ではなく、 今現在においてこの魂の何であるかを問うと、 現在というのはその意味で無時間ですから、 自分をどこまでも垂直に掘ることになる。 そうすると必ず超時間的な次元というものに出てしまう。 突き抜けちゃうんですね。 この自分は何なのかと問うていった場合に、さっき話したように、 あらゆるものが、流転する魂として

                                                人生のほんとう/池田晶子著 備忘録2 - lucciora’s diary 蛍日記
                                              • 人生のほんとう/池田晶子著 備忘録 3 - lucciora’s diary 蛍日記

                                                引き続き・・・人生のほんとう/池田晶子著 より p150 ヘラクレイトスの断片を、もう一つ紹介しておきます。 この人は魂についての言葉をずいぶん残していて、それは非常にうまいなと思います。 ピュタゴラスよりも、私は面白く感じます。 「生きているあいだも死んだ後も、目覚めている時も眠っている時も、 また若かろうと老いていようと、同じひとつのものがわれわれのうちに宿っている。 なぜならこのものが転じて彼のものとなり、 逆に彼のものが転じてそれとなるからである。」 これなんか「胡蝶の夢」と同じような論理性をもっていますね。 「自分」のひっくり返り方です。魂にとっては生きても死んでも同じだよ、と。 ★★★ 彼岸と此岸。 こちら側から、向こう側へ。 向こう側から、こちら側へ。 流れている。 いつかその流れから、ふっと抜けでることはあるのだろうか… ★★★ ・・・この哲学では神はまず「流れる」実体とし

                                                  人生のほんとう/池田晶子著 備忘録 3 - lucciora’s diary 蛍日記
                                                • 池田晶子「悩むのは考えていないからである」 - はてなブログ大学文学部

                                                  池田晶子「悩むのは考えていないからである」 – 読書梟の独り言

                                                    池田晶子「悩むのは考えていないからである」 - はてなブログ大学文学部
                                                  • 人生のほんとう/池田晶子著 備忘録 1 - lucciora’s diary 蛍日記

                                                    人生の本当/池田晶子 著より ヘラクレイトスの断片p136 ヘラクレイトスという私の非常に好きな哲学者、というより哲人なんですね、この人は面白い断片を残しています。 「不死なるものが死すべきものであり、死すべきものが不死なるものである。 かのものの死をこのものが生き、かのものの生をこのものが死している」。 これは非常に正確なアニミズム的世界観ですね。何が生きて何が死んでいるのかは よく考えると言えなくなる。 もう一つ、同じヘラクレイトスで、 「魂の際限に、君はどこまで行っても行き着くことはできないだろう。 それほど深いロゴスを魂はもっている」というのもあります。 これは自己の底抜けイコール存在そのもの、存在の底抜けと同じことです。 この場合の「魂」は、つまり「存在」になっちゃってますね。 自分自身が何であるかということを追いかけていくと、こうなってしまう。 ・・・・・・・・・・・・・・ ヘ

                                                      人生のほんとう/池田晶子著 備忘録 1 - lucciora’s diary 蛍日記
                                                    • 『響け!ユーフォニアム』円盤1巻の展開図公開! 池田晶子描き下ろしイラストカードのジョイナス先輩が素晴らしい|やらおん!

                                                      名前:名無しさん投稿日:2015年05月14日 ぶはあ 名前:名無しさん投稿日:2015年05月14日 あすか副部長のジョイナスがアミーゴしてるじゃねえか! …ふう 名前:名無しさん投稿日:2015年05月14日 これは京アニショップに行けば購入出来るのか? 明日行って全部買い占めてくる 名前:名無しさん投稿日:2015年05月14日 1巻に必ずつく 名前:名無しさん投稿日:2015年05月14日 なんこれ? 名前:名無しさん投稿日:2015年05月14日 こういうの出してくるってことは やっぱりあすか先輩は性格の良いキャラに改変されてるのかもしれないな 視聴者に嫌われる予定の娘をこんな綺麗に描かないだろうし ----------------------- 名前:名無しさん投稿日:2015年05月14日 今日もニコ生をご視聴いただいた皆さま、ありがとうございました!!6月6日(土)には宇治

                                                        『響け!ユーフォニアム』円盤1巻の展開図公開! 池田晶子描き下ろしイラストカードのジョイナス先輩が素晴らしい|やらおん!
                                                      • 「41歳からの哲学」池田晶子:生きても死んでも大差ない - revival

                                                        ちょっとしたきっかけで手にした哲学の本。 41歳から・・これは実年齢とはかけ離れています、念のため。しかし、残念なことに精神年齢はもちょっと低いと思う。 本書は、「週刊新潮」で「死に方上手」のタイトルで連載されたものを集めた書籍だそう。 本書の冒頭から「生きても死んでも大差ない」という名言に出くわし、面食らったものの、妙に納得している自分がいた。 どういうことか。 戦争や、北朝鮮からのミサイルなど、池田晶子さんにとっては、「それがどうした」なのである。 歴史は戦争の繰り返しである。人はそんなものに負けてもよいし、勝った者だってありはしない。自分の人生を全うするという以外に、人生の意味などあるだろうか。 私は小学5年生の頃、公園のブランコに揺られながら、「生きるとは」「死とは」について、どういうことか考えていた時期があった。もちろん、死にたいという事ではない。他の人も同じようなことを考えるの

                                                          「41歳からの哲学」池田晶子:生きても死んでも大差ない - revival
                                                        • 夏休みは輝く|ちくまQブックス|池田 晶子|webちくま

                                                          あたりまえのことに気づき、驚くことから考えることは始まる──。専門用語によらず、考えるとはいかなることかを日常の言葉で語り続けた文筆家・池田晶子さん。亡くなられて15年が経ちますが、いまだ輝き続ける「哲学エッセイ」を編み直したちくまQブックス『言葉を生きる』から「夏休みは輝く」を掲載します。 子供たちが夏休みに突入した模様です。 一学期の最後の日、通知表をもらって、上履きやら給食袋やらをいっぱい抱えて下校する小学生の姿を見ると、たちまちにその高揚感を思い出すことができます。 小学生の、夏休み。あれらの日々は、なぜあれほどに輝くのだろう。 やっぱり何より、学校へ行かなくてもいい、ということが、それだけで素晴らしいことだったようですね。私はとくに学校嫌いでも勉強嫌いでもなかったけれども、すごく長い間(と感じられた)、学校へ行かなくてもいい正当な理由が与えられていて、しかもその間、非日常的な遊び

                                                            夏休みは輝く|ちくまQブックス|池田 晶子|webちくま
                                                          • 【言葉を生きる】ちくまQブックス池田晶子さんエッセイ - hon de honwaka

                                                            「言葉は魔法の杖なのだ」 「言葉を生きる」 ちくまQブックス 《考えるってどういうこと?》 (筑摩書房 2022年6月 初版第1刷) 著者 池田晶子 言葉を生きる: 考えるってどういうこと? (ちくまQブックス) 作者:池田 晶子 筑摩書房 Amazon 著者は… 1960年東京都生まれの文筆家。 本書のあとがき紹介文より 専門用語による「哲学」ではなく、考えるとはどういうことかを日常の言葉で語る「哲学エッセイ」を確立して多くの読者を得る。とくに若い人々に、本質を考えることの面白さ、形而上の切実さを、存在の謎としての生死の大切を、語り続ける。… 2007年に46歳で亡くなりました。 本書について… 「暮らしの哲学」や 「死とは何か さて死んだのは誰なのか」 など生前に書かれた著書から出典され 4つの章に分かれた17のエッセイ集です。 各章のタイトルを。 第1章 心はどこに 第2章 私とは何

                                                              【言葉を生きる】ちくまQブックス池田晶子さんエッセイ - hon de honwaka
                                                            • 池田晶子/陸田真志『死と生きる 獄中哲学対話』新潮社(1999年)読了 - はてなブログ大学文学部

                                                              こちらを読み終えた。 nainaiteiyan.hatenablog.com 最後の最後で、陸田氏は「理性とは本能だ」という命題に辿り着く。 池田氏はそれに添える形で「理性とは普遍だ」と書く。 最後の最後で、陸田氏は「何故人を殺してしまったのか」という問いに対して、金銭欲の根底には拝金主義があり、その狭い世界のなかで嫉妬心が生まれた。そして理性では抑制しきれなかったと自己分析をする。 人間には善と悪が混在して存在しているかもしれないが、思惑と殺害の間には断絶がある。 どんな言葉をもってもこの断絶については説明しきれていないようにみえる。 それは、今日でも数多くの作家が殺人というテーマを選んでいることから察することができる。 次に僕はドストエフスキーの『罪と罰』を読んでみようと思う。 つづく ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー この本に関係のある本 リチャード

                                                                池田晶子/陸田真志『死と生きる 獄中哲学対話』新潮社(1999年)読了 - はてなブログ大学文学部
                                                              • 池田 晶子: books, biography, latest update

                                                                1960年(昭和35年)8月21日、東京生まれ。1983年(昭和58年)3月、慶應義塾大学文学部哲学科倫理学専攻を卒業。文筆家と自称する。池田某とも。「哲学エッセイ」を確立して、多くの読者を得る。2007年(平成19年)2月23日死去(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『事象そのものへ!』(ISBN-10:4901510789)が刊行された当時に掲載されていたものです) 略歴全文を読む

                                                                  池田 晶子: books, biography, latest update
                                                                • 池田晶子と哲学

                                                                  池田晶子さんは、今年2月、癌のため、46歳の若さで逝去された。 この度、ご遺族より『暮らしの哲学』と『リマーク1997~2007』の二冊と、『晶子と共に、お礼』との挨拶状が届いた。 彼女を知ったのは1992年頃であった。 知人の一人息子が池田晶子さんと結婚した。 「哲学をやっている変わった女ですが、一度、是非、逢ってやって下さい」 子供は絶対に産みたくないといわれ、跡継ぎの途絶える知人はビックリしたとのエピソードも話してくれた。 ある日彼女は、白のブラウスに大柄な花模様のスカート姿で一人で現われた。美人であった。しかし、華やかな感じのする美人ではなかった。 哲学をするだけに、思慮深さそうな顔立ちは、あまり笑わなかったのが印象に残っている。勿論、私の話に興味がなくて笑わなかったのかも知れない。 「わたくし、哲学しか勉強していないのですが、将来如何でしょうか」といきなり切り込まれて、目を白黒さ

                                                                    池田晶子と哲学
                                                                  • 41歳からの哲学 池田晶子 著 - うちこのヨガ日記

                                                                    少し前に紹介した「女の好きな10の言葉」という本の中で、著者の中島義道氏が「哲学と女性の美醜」について語っていて、そのなかで美しき女性哲学者の代表例のように名前が出てきていた人物。読んでみたらトーンはたいへん中性的。わたしは叶恭子さんを哲学者と思っているのですが、言葉の力の色味や強さに似たものを感じ、どんどん読みたくなる。なにこの美人世界。 「日本人がこの国で、霊性のようなものの認識をあいまいにせずに、考えながら生きていくとはどういうことか」についての題材として社会問題をトピックにするのはかなりの技量。すごい。 他人にそれを要求したところで、生きるのは自分でしかない (34ページ わかったようでわからない言葉──自己責任 より) 手帳に書き写しておきたい。 人生の価値は、生活の安定や生命の保障にあると思っていると、そのこと自体で、人は萎えてくるように思う。倒産から脳梗塞まで、人生にはいろい

                                                                      41歳からの哲学 池田晶子 著 - うちこのヨガ日記
                                                                    • (13)哲学者、池田晶子さんの急逝を惜しむ|親鸞会批判の真実

                                                                      (13)哲学者、池田晶子さんの夭折を惜しむ 平成19年2月23日、哲学者の池田晶子氏が急逝した。 生きるとは、死ぬとはどういう事なのかを考え続けてきた彼女は、遺稿となったコラム「人間自身」(週刊新潮・平成19年3月15日号)にこんな話を紹介していた。 ローマでは、墓石にその人の来歴(いくつで結婚、何児を成し、かれこれの仕事に従事して、こんなふうな人物だった、というもの)など、書き物を遺す習慣がある。 それを見て人物を想像しながら、墓地を散策するのも、一つの楽しみであるらしい。なにしろ、人生つまり、その人間の最終形が、そこに刻印されている。人は、記された言葉から人物を想像したり、感心したりしながら読んでくる。と、そこにいきなり、こんな墓碑銘に出くわす。 「次はお前だ」 <楽しいお墓ウォッチング、ギョッとして人は醒めてしまうはずだ。 他人事だと思っていた死が、完全に自分のものであったことを人は

                                                                      • 「哲学の巫女、池田晶子の思い出」ゲスト 中嶋廣 (ラジオの街で逢いましょう)

                                                                        ラジオの街で逢いましょう 声と語りのダウンロードサイト、ラジオデイズ(http://www.radiodays.jp/)が 毎回多彩なゲストをお招きし、毎週日曜日 夜23:00~23:30、インターFM (76.1MHz) よりお送りする番組のポッドキャスト版です。 ユニークな人文書の出版で知られるトランスビュー。社長兼編集者の中嶋廣さんに、哲学エッセイの名手だった池田晶子さんの思い出をうかがいます。 初めて執筆を依頼した89年秋、待ち合わせ場所に現れた池田さんの美しいオーラ。中嶋さんの個人的な要望に応えたという名著『14歳からの哲学』の誕生秘話。生きることの本質を平易な言葉で綴った池田さん。没後3年が経った今も、著作は着実に読み継がれています。他では聞けない貴重な逸話の数々をお楽しみください。 プラスワンでは、編集者の視点から見た池田晶子さんの人間像に迫ります。養老孟司さんとの意外な

                                                                        • 名曲名演随筆 : 哀悼 池田晶子

                                                                          2007年03月03日09:04 カテゴリ番外編池田晶子 哀悼 池田晶子 今朝の新聞で池田晶子の逝去を知った。ショックである。違和感や反発を覚える考えもあったが、それ以上に現役の思想家としては惹きつける強い魅力を持っていた。若いころの写真(たとえば単行本「メタフィジカル・パンチ」の帯に掲載)を見ると、非常に知的な美人で、しかも酒豪であった。思考という行為がはらむ「狂」の部分がある思想家を好んだ。 小林秀雄への熱烈なラブレターを書いたのも、この批評家が持つデモーニッシュな面に惚れたからであろう。その結実は「新・考えるヒント」という、小林秀雄とのシンクロをはかった書物に著された。残念ながら、その本は小林の文章には漂っていた人々の生活感情の香りがなかった。こればかりはその人のそれまでの生き方を反映するからである。 批判の刃が同時代の思想家に向かう時、鋭くなりすぎるのに懸念を覚えたこともある。竹田

                                                                          • 謹告:第13回わたくし、つまりNobody賞の受賞者発表 | お知らせ(詳細) | (池田晶子記念)わたくし、つまり Nobody賞

                                                                            第13回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」の受賞者は、選考の結果、伊藤亜紗氏に決定しました。 つきましては、きたる3月3日(火曜日)、第13回表彰式と記念講演会ならびに懇親会を下記の次第で開催いたします。 読者の皆様をはじめ多くの方々のご参集をお待ちしております。 本と言葉を愛する方ならどなたでも参加いただけます。 添付の「参加申込書」をダウンロードしてお申込みください。 記 ●日 時 : 2020年3月3日(火曜日) 午後6時30分~午後9時(午後6時受付開始) ●場 所 : 出版クラブホール3階 ◎住所 : 東京都千代田区神田神保町1-32 (※ 出版クラブは一昨年に神保町へ移転しました) ◎電話 : 03-5577-1511 ◎地図 ●受賞者 : 伊藤亜紗(いとう あさ)氏 1979年、東京生まれ。東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長。同リベラルアー

                                                                            • お知らせ(一覧) | (池田晶子記念)わたくし、つまり Nobody賞

                                                                              NEWS お知らせ 2024.03.31 表彰式開催の御礼 2024.02.21 謹告:第17回 わたくし、つまりNobody賞の受賞者発表 第2回 哲学甲子園の受賞者発表 2023.09.24 「哲学甲子園」にメールで応募される方へのお願い 2023.09.22 第2回「哲学甲子園」の募集を締め切りました。 2023.04.06 講演内容などを掲載しました 2023.03.31 表彰式開催の御礼 2023.02.16 謹告:第1回哲学甲子園の優秀作品と作者発表 2023.02.16 謹告:第16回わたくし、つまりNobody賞の受賞者発表 2022.11.02 第1回「哲学甲子園」の募集を締め切りました 2022.09.13 【緊急】Gmailだとメールが届きません! 2022.07.21 お願い:お問い合わせには、Gmailを使用しないでください 2022.06.15 新刊『言葉を生き

                                                                              • 書窓/法政大学理工学部長・尾川浩一氏「後の哲学者 池田晶子さんとの議論を思い出に」|中小企業やベンチャー企業に役立つニュースをピックアップ 中小企業ニュース|J-Net21[中小企�

                                                                                本は自宅に2000冊以上の乱読派。小刻みに読むと忘れてしまうので、夏休みなどにまとめ買いして集中して読む。中学生のころに『細雪』を手にして「文学部に行こうか」とちょっと思ったこともある。高校は旧制中学の教養主義が色濃く残る長野県の松本深志高校。背伸びをしてデカルトやカントなどを読み、議論をしていた。 慶応義塾大学のワンダーフォーゲル部の時に3年下で入ってきたのが、後に『14歳からの哲学』『考える日々』などを執筆した哲学者の池田晶子(あきこ)さんだ。5、6人のパーティーでいくつかの山登りを共にし、将来の哲学者を相手に、テントの中で哲学の議論をしたのが思い出だ。 彼女は部を途中でやめてそのままだったが、40歳くらいの時に本屋で彼女の著書をいくつも発見した。残念ながら40代半ばで亡くなられたが、週刊誌の連載もあって、彼女の文章を読むたびに会っているような気がしていた。 彼女は、自分でものごとを考

                                                                                • 煮詰まった時の、池田晶子さん。 - すれっからし手帖

                                                                                  年齢を冠したタイトルに惹かれているわけではない。 でも、97歳に続き、今回は41歳。はい、自分の年齢です。 日々の生活、現実世界に転がる問題に辟易すると、帰りたくなる場所があるとすれば、私は、池田晶子さんの本を読むという行為が、それになる。 たとえば、天空に広がる無数の星を眺めながら、「この星の光は、実際には何億光年も昔のもの」とかなんとか、宇宙的規模なことを考えて見たりする。 そうやって、自分の悩みを俯瞰して、こんなの大したことないや、って意識を変える感じに似ているかも。 でも、池田さんは、日々のこまごまとした生活にまつわることではなく、生きて死ぬことについて、命について、宇宙について思いをはせることことが、本当のことなんだと看破する。 つまり、そっちを「考える」ことに時間を割くことが、まっとうなことだと。 手持ちにあった「暮らしの哲学」を流し読みしてから、図書館で借りた「41歳からの哲

                                                                                    煮詰まった時の、池田晶子さん。 - すれっからし手帖