第1章 創元SF短編賞に関わる以前のこと ギュスターヴ・フローベールは、その長篇小説『ボヴァリー夫人』が不倫などを題材として扱っていたゆえに、公衆道徳を乱す猥褻物だとして起訴された。訴えられたフローベールは、「ボヴァリー夫人は私だ」と言い放ったとされる。 フローベールのこの言葉は極めて有名ではあるが、その有名さに反して、フローベールが本当にこのように発言したのかはそれほど確かなことではないらしい。……ただ、単純にこの発言内容そのものを読むにつけ、私はそこに違和感を抱き続けてきた。 これはあくまでも、何ら実証的な裏付けのない、単なる直観である。それでも、常々思わざるを得なかったのがーー仮にフローベールがそのようなことを言っていたとしたら、その言葉は、むしろ「『ボヴァリー夫人』は私だ」というものではなかっただろうか? この発言だとすると、私としては、いかにもフローベールが言いそうなこととして腑