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Panasonicと歴史とSonyに関するraimon49のブックマーク (6)

  • 日立と東芝、ソニーとパナ 三度のパラダイムシフトが分けた「昭和企業」の明暗

    日立と東芝、ソニーとパナ 三度のパラダイムシフトが分けた「昭和企業」の明暗:どこで差がついたのか(1/4 ページ) コロナ禍も1年半が経過して、産業界はこれが一つのパラダイムシフトになったと、確実に実感させられています。歴史を振り返れば、こうした大きな変革は平成以降10年前後の周期でやってきています。そして、高度成長期に大きく花開いたわが国を代表する昭和企業たちは、その都度生き残りをかけて時代の急変革にのまれまいとさまざまな努力をしつつ、何とかここまで生き延びてきたといえるでしょう。 しかし、さすがに平成以降三度目にあたる今回の大変革では、優勝劣敗が明らかに現れたことが見てとれます。その優劣要因はどこにあったのか。また「負け組」昭和企業は生き残りに向けて何が必要なのか、検証していきます。 日企業が直面した三度のパラダイムシフト まず昭和の終焉(しゅうえん)以降約10年ごとの経済的変革を押

    日立と東芝、ソニーとパナ 三度のパラダイムシフトが分けた「昭和企業」の明暗
  • 電機業界エンジニアですけど

    10月1日に適当に書き散らした文章(anond:20211001193856)が2週間以上してからTwitterでリツイートされているのを発見。 はてブを見るとまさかの500越えでびっくり。ブコメを一通り読んだが、言いたいことをわかってくれてるなという人もいれば、全然話がかみ合わないなという人、こんな視点があったのかという人もいて面白かった。 そのうえで、もうちょっと追加で書きたい気分になったので電気自動車の普及プロセスを考えるうえでケーススタディになりそうなディスプレイ産業の話をもう少し書いてみる。 なぜiPhoneXの有機EL採用のインパクトが大きかったのかブコメでも指摘があったが、iPhoneXの前にサムスンがGalaxyで有機EL採用していただろうという話。そのことは当然知っててiPhoneXで有機ELが普及したと書いたわけだけど、その理由はなぜか。 年間の携帯電話生産台数って、サ

    電機業界エンジニアですけど
  • ソニーがカメラ業界に残した功績と罪過 | Amazing Graph|アメイジンググラフ

    今回はこの10年近くの間カメラ業界の話題の中心となり続け、そして今、そのブームに終わりを告げようとしているソニーEマウントについて、ソニーのカメラ業界における功績と罪過を総括したいと思います。 (当時)家電業界から、保守的なカメラ業界に気で戦いを挑み、イメージセンサーを核とした革新的技術によって時代の寵児となってカメラ業界を牽引してきたソニー。 しかしそのαの熱狂が今、終焉の時を迎えようとしています。 ソニーの躍進 カメラ業界の凋落がソニーに追い風を吹かす ついに訪れたソニーαの黄金期 ソニーの凋落 フルサイズミラーレスというブルーオーシャンの終わり 奪われていくフルサイズミラーレス市場でのシェア ソニーがカメラ業界にもたらした功績と罪過 技術革新によってカメラ業界を進歩させた功績 業界の住み分けを崩壊させた罪過 業界に創造と破壊をもたらしたソニーの未来 果たしてソニーがカメラ業界にもた

  • パナソニックが大ピンチ…元社長やライバル幹部たちが明かした「凋落の真相」(週刊現代) @moneygendai

    パナソニックが大ピンチ…元社長やライバル幹部たちが明かした「凋落の真相」 家電もダメ、半導体もダメ、充電池も… プラズマテレビで敗戦を喫し、「変わらなきゃ」ともがき続けてきたパナソニック。身を切る改革を山ほど実行したつもりだったが、活路は見出せなかった。漂流する26万人の巨艦はどこへ向かうのか。 「戦犯」の元社長は叙勲 「パナソニックはもう、難しいわな。世界で何十%のシェアを握れるような、『これは』という事業を生み出せなかった。これだけ組織が大きくて技術の範囲が広いと、どれが有望か見出すだけでも簡単じゃないんです」 11月24日の夕刻、大阪府内の自宅で誌記者にこう語ったのは、'00年から'06年までパナソニック(当時は松下電器産業)社長、'06年から'12年まで同会長を務めた中村邦夫氏(81歳)。在任時に独裁体制を敷いた「天皇」、そしてパナソニック凋落の引き金をひいた「戦犯」と社内では呼

    パナソニックが大ピンチ…元社長やライバル幹部たちが明かした「凋落の真相」(週刊現代) @moneygendai
  • シャープ元幹部が実名で明かす 日本のテレビが韓国製に負けた「本当の理由」(週刊現代) @gendai_biz

    を代表する電機メーカーが軒並み巨額の赤字に陥っている。経営者たちは円高や欧州不況など外部環境のせいにするが、言い訳に過ぎない。トップが舵取りに失敗し、決断を間違えた瞬間があった。 絶頂からあっという間に転落 '07年に社長となった片山幹雄さんの下で、シャープは大阪・堺市にあった新日鐵の工場跡地に液晶パネルと薄膜太陽電池の超巨大工場を新設しました。 「グリーンフロント堺」と名付けられたこの巨大工場に投じられた資金は、協力会社の分も合わせると実に1兆円。うち3800億円が第10世代と呼ばれる最新鋭の液晶パネル製造工場への投資でした。 液晶ディスプレイの性能と価格を決定する大きな要因は、いかに大型のパネルを作れるかです。堺工場は、40〜60インチの大型ディスプレイの市場が立ち上がることを予測して建設されたものでした。三重県・亀山工場で成功した、液晶ディスプレイからテレビまで一貫して生産する「

    シャープ元幹部が実名で明かす 日本のテレビが韓国製に負けた「本当の理由」(週刊現代) @gendai_biz
    raimon49
    raimon49 2012/07/18
    大局的に振り返ると、こんな感じか。
  • ボツになった「テレビ産業壊滅の真相」記事 凋落の兆しは2004年からあった | JBpress (ジェイビープレス)

    11月に、ある大手M新聞社が出版している経済週刊誌から、「日テレビ産業壊滅」についての記事執筆を依頼された。筆者は、まず2004年および2007年にすでに壊滅の兆候があったことを指摘した。そして、その兆候から窺える根源的な問題が今日に至って何も解決されていないから、壊滅したのだと結論した。 しかし、編集委員からは「話が古すぎる」と苦言を呈され、すったもんだのやり取りがあった。筆者としては、テレビ産業界に巣う根源的な病理をえぐったわけで、それにいちゃもんをつけられるとは思わなかった。 話が新しいか古いかなんて、全く質的な問題ではない。というより、2004年にすでに壊滅の兆候があったことは、今、考えると大きな発見であり、それこそ記事に取り上げるべき大問題であるように思う。 しかし、編集委員は頑なに書き直しを要求した。結局、筆者は、全てを書き直す時間も気力も体力も喪失したため、こちらから

    ボツになった「テレビ産業壊滅の真相」記事 凋落の兆しは2004年からあった | JBpress (ジェイビープレス)
    raimon49
    raimon49 2011/12/07
    サムスンの徹底したマーケティング & ローカライズ戦略ぶりと、日本メーカー経営者の安泰ぶり。
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