ブックマーク / call-of-history.com (80)

  • 【江戸時代の身分制度論】士農工商から身分的周縁へ

    2016年五月の初頭ごろだったか、Twitterで士農工商という表記が教科書から無くなっているという話が話題になっていた。そう。もう江戸時代の身分制を「士農工商」として表記することは退けられて久しいのだ。少なくとも一九七〇年代初頭に疑問が呈され、九〇年代にほぼ否定され、その結果として二〇〇〇年代半ば以降、教科書から消えはじめた。 かねてから近世身分制社会について個人的にまとめたいと思っていたので、いい機会と思い改めて研究書籍や論文を読み直したり、新規に関連文献を読んだりして一気にブログ記事としてまとめてみようと思いたったのが運の尽き。なんだかんだで書き終えるまで三か月ほどかかってしまい、かつ三万三千文字オーバーの超長文記事となってしまった。誰が読むんだ。 というわけで、長文を読みたくない人のための簡単なまとめ ・士農工商は職能分担を表す言葉で、社会通念として身分体系を意味するようになるのは

    【江戸時代の身分制度論】士農工商から身分的周縁へ
    sampaguita
    sampaguita 2018/07/05
    "身分として捉えられるようになったのは十九世紀に入って、江戸時代後期から幕末のこと" "制度としても社会としても実態を表すものではない"
  • 「鎌倉を読み解く―中世都市の内と外」秋山哲雄 著

    鎌倉幕府の成立が「イイクニ(1192)つくろう鎌倉幕府」ではなくなったという話は随分と広く知られるようになってきた。しかし、もう一つ鎌倉幕府の成立に関して、大きく見直されていることがあることはあまり知られていないのではないか。それは、「三方を山に囲まれた天然の要害ゆえに頼朝は鎌倉を拠地とした」という通説が近年否定されてきている、ということである。 まず、「序章 都市鎌倉研究の現在」では通説であった武家の都としての鎌倉城塞都市説が近年の研究でどのようにして否定され克服されてきたかという研究史がまとめられ、続けて都城のような都市計画の存在も否定されつつある研究状況が概観された上で、成立期の鎌倉の評価をめぐる様々な論考が紹介される。また、鎌倉の都市域の解明、鎌倉の葬送に関する考古学的研究の成果と今後の課題、鎌倉と外部のつながりなど、その章題の通り都市鎌倉研究の現在が見通せる。 じつは鎌倉には、

    「鎌倉を読み解く―中世都市の内と外」秋山哲雄 著
    sampaguita
    sampaguita 2018/06/26
    "「三方を山に囲まれた天然の要害ゆえに頼朝は鎌倉を本拠地とした」という通説が近年否定されてきている" / 「いざ鎌倉」ならぬ「なぜ鎌倉」。某知恵袋をのぞいたら「そこしかなかった」みたいな答えも。
  • 「大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー」 | Call of History ー歴史の呼び声ー

    ヨーロッパの中世を「暗黒時代」、すなわち「暴力と狂信と無知と停滞の時代」とする見方はすでに否定されている。確かに絶え間なく続く戦争と、キリスト教的世界観の浸透と、ローマ教会の支配が築かれ、ギリシア・ローマ時代の知識が少なからず一時的ながら失われた時代ではあったけれども、後に近代を切り開く土台となる様々な技術のささやかながら着実な革新が繰り返された、ゆっくりと着実な進歩の時代であった。その中世ヨーロッパのテクノロジーとイノベーションはどのようなものであったのか、緩やかな技術革命の千年を振り返る一冊である。 別に中世ヨーロッパが栄光の時代であったとか、産業革命に比肩する技術進歩の時代だったなどと言う訳ではなく、ただただ、後進地であったヨーロッパで中世の千年間で起きていた地道な技術的革新の歩みを描いているに過ぎないが、そこにドラマがあり、面白さがある。ジャレッド・ダイアモンドとかウィリアム・H・

    「大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー」 | Call of History ー歴史の呼び声ー
    sampaguita
    sampaguita 2016/03/17
    "ヨーロッパの中世を「暗黒時代」、すなわち「暴力と狂信と無知と停滞の時代」とする見方はすでに否定されている"
  • 「キリシタン大名 (読みなおす日本史)」岡田 章雄 著

    講談社学術文庫やちくま学芸文庫などを始めとして学術書の再刊レーベルは多い。吉川弘文館の「読みなおす日史」シリーズも評価が定まっていながら入手が困難になった歴史書の名著の再刊を行っている。書は1977年に刊行された、当時としては新しい翻訳史料にもとづいて「キリシタン大名」の全体像を描いた名著で、2015年に「読みなおす日史」シリーズの一冊として再刊された。 著者の岡田章雄(1908~82)氏は戦後の中近世日欧交渉史、キリスト教宣教史研究をリードした研究者で、以前紹介したルイス・フロイス著「ヨーロッパ文化と日文化 (岩波文庫)」の翻訳者でもある。同書は丁寧な翻訳と詳細な注釈が実に素晴らしい仕事だった。 キリスト教の平等と戦国大名の統治さて、書は著者の元に送られた中学二年生の女の子からの手紙への回答から始まる。 「私は『キリシタン大名の領地内のキリスト教信者(農民)の統制はどのように行

    「キリシタン大名 (読みなおす日本史)」岡田 章雄 著
    sampaguita
    sampaguita 2016/01/29
    全く相手にされなかったのならともかく、当初はむしろ歓迎されていた感すらありますからなぁ。
  • 「戦争と読書 水木しげる出征前手記」水木しげる/荒俣宏 著

    後の漫画家水木しげるがまだ二〇歳の画家志望の青年武良茂だったころ、徴兵検査を受けた直後の、戦争への召集が現実的な避けようのない課題として突如立ちはだかってきた、昭和十七年十月~十一月にかけて記した手記集である。書は三章構成で、第一章でその水木しげるの手記が、第二章で荒俣宏による彼の手記と水木の手記の内容と通底する当時の戦争読書の関係についての歴史的社会的背景に関する論考が、第三章では戦後すぐ復員後に家族へ宛てた水木の手紙が、収められている。 水木しげる出征前手記(昭和十七年十月~十一月七日)二〇歳の青年武良茂は否応なしに直面せざるを得ない戦争という不条理、死の恐怖、そして求められる死の覚悟と、どのように向かい合ったか?手記から明らかになるのはその葛藤と克服を読書に求めたということだ。読書を通しての思索と知的格闘の中に自身の生と死、そして人生の目的とを浮き彫りにしようとした。手記の一言一

    「戦争と読書 水木しげる出征前手記」水木しげる/荒俣宏 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/12/02
    たしか今年、出征前の文章が見つかったというニュースがあったなぁと思ったけれど、本になっていたのか。
  • 「薩摩島津氏の琉球侵攻」(1609年)まとめ

    1609年三月、島津軍が琉球王国に侵攻し奄美大島、徳之島、沖永良部島、そして沖縄島と次々攻略。琉球王国軍の抵抗むなしく、四月四日、首里城が陥落、尚寧王は降伏し、独立国家琉球王国は、引き続き中国からの冊封体制下にありつつ、徳川幕藩体制の中に組み込まれる両属体制時代に入ることとなった。「薩摩島津氏の琉球侵攻あるいは琉球出兵」として知られるこの事件について、簡単にまとめ。 主に上里隆史著「琉日戦争一六〇九 島津氏の琉球侵攻」に従いつつ、記事末に挙げた琉球史関連の書籍・論文を参照。年号表記は和暦、中国暦、西暦を併記すべきところだが、冗長になるので一律西暦表記している。(参考、日:慶長十四年=明・琉球:万暦三十七年=西暦1609年) 徳川政権の事情秀吉死後、実権を握った徳川家康にとって最大の懸案が秀吉による朝鮮出兵の戦後処理だった。1599年の倭寇禁止令で東シナ海の治安回復に取り組む姿勢をアピー

    「薩摩島津氏の琉球侵攻」(1609年)まとめ
    sampaguita
    sampaguita 2015/11/11
    "日明戦争となれば、国内の徳川批判は避けられないどころか、豊臣氏の求心力を増すことになりかねない" / そういえば、関ヶ原と大坂の陣の間なのか。
  • 「ヒトラーランド――ナチの台頭を目撃した人々」

    「ジャーナリズムは歴史の最初の草稿( ” Jouranalism is the first rough draft of history ” )」ということわざがあるという。書は、1920年代から1941年にかけてのドイツでナチスの台頭という時代の激動に直面したアメリカ人のジャーナリスト、外交官、学者とその家族の様々な記録や証言、すなわち「歴史の最初の草稿」を元に、「ヒトラーランド」と化していくドイツの様子を描き出した一冊である。 同時代に何が起こっているのか、客観的に観察し判断することはとてもむずかしい。当時、ドイツを訪れたアメリカ人たちも同様で、「ドイツでなにが起こっているのか、そしてヒトラーがどこを目指しているのかについての解釈は、人によって大きく異なっていた」(P12)。中には非常に鋭い洞察力でヒトラーとナチスの危険性を的確に理解した者もいるが、支離滅裂なことを言うただの道化でし

    「ヒトラーランド――ナチの台頭を目撃した人々」
  • 「交路からみる古代ローマ繁栄史」中川 良隆 著

    「すべての道はローマに通ず」の言葉通り、ローマ帝国は最大版図五百万平方キロメートルもの広大な領土に十五万キロメートル(うち八万キロメートルは舗装道路)ものローマ街道が張り巡らされていた。ローマ帝国はその広大さ故に隅々まで行き渡る水陸の交易路を使ったヒトと物資の移動流通網があって初めて成り立っていた。書はシビル・エンジニアリング(土木技術、構造工学などの総合的な概念)の観点から、ローマ帝国を支えた陸の道と水の道を解説した一冊である。著者は工学博士。 目次 第一部 すべての道はローマに通ず 第一章 ローマ街道の意義 第二章 ローマ帝国以前の諸外国の道路網 第三章 ローマ街道を使った国家統治・防衛と旅の安全・楽しみ方 第四章 ローマ街道の建設技術 第二部 河川・海上交通がローマの繁栄をもたらした 第五章 何を、どこから運んだのか 第六章 船と運航者 第七章 航海で必要なインフラ(港と灯台、地図

    「交路からみる古代ローマ繁栄史」中川 良隆 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/10/26
    "陸上は基本的に軍用道路としてか定時性の必要な郵便・通信としての利用" "一方で海路は大消費地であるローマへ全領土から様々な物資を運ぶ動脈として機能"
  • 「ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術」飯田 洋介 著

    ビスマルクというと最近はすっかり第二次大戦中のドイツ海軍の戦艦、しかも美女ということになっているが、元々は鉄血宰相として知られた十九世紀プロイセンの政治家、ドイツ帝国建国の立役者で、芸術的な外交手腕で欧州にビスマルク体制として知られる勢力均衡を生み出したオットー・フォン・ビスマルク(1815~98)のことだ。彼の存在感は絶大で、日の明治維新の元勲たちもこぞって彼に憧れ、彼を範として近代国家建設に邁進した。 ビスマルクは確かにすごかった。十九世紀欧州政治に冠絶した存在であった。しかし、その手腕や影響力は実際どんなものだったのだろうか。ビスマルクの評価についてはその死後から、国民的英雄として神話化するものから後のヒトラーに繋がるナチズム的支配体制を築いたと断罪するものまで紆余曲折、激しい論争を経て、実証的なビスマルク像が形成されてきたのだそうだ。書は、近年の研究成果を踏まえて、等身大の政治

    「ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術」飯田 洋介 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/10/21
    "ビスマルクの思惑を超えて事態が次々と展開し、内政も外交もほぼ急場しのぎの連続だった" / 何だか最近目にする信長像を連想するなど。あと、前はビスコの順位がもっと高かった気がする。
  • 「ヒトラー・ユーゲント 青年運動から戦闘組織へ」平井正 著

    アドルフ・ヒトラー政権下のドイツでは、ナチ党の下部組織「ヒトラー・ユーゲント」に青少年が強制加入させられて、国家共同体への奉仕とナチズムの思想教育が行われ、全体主義体制を支える基盤として機能させられていた。書は、戦中の日とも馴染みが深い「ヒトラー・ユーゲント」の成立から崩壊までを通観した一冊で、とても面白かった。 書によれば「ヒトラー・ユーゲント」の成立から崩壊までの過程は五段階に分けられるという。 「第一段階では、党から無視された若者の集団が、一応『ヒトラー・ユーゲント』として存在を認められる。第二段階では党首ヒトラーが、それを自分に無条件に服する集団として公認し、自分と個人的な関係で結ばれたシーラハを指導者に指名する。第三段階ではヒトラーの政権獲得によって、党組織としての『ヒトラー・ユーゲント』への加入者が激増すると同時に、ナチの『一元化』政策を踏まえて、シーラハがさまざまな青少

    「ヒトラー・ユーゲント 青年運動から戦闘組織へ」平井正 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/10/14
    "みんななかよく目的にむかって、和気あいあい、ボランティアから各種イベントまで休む暇なく活動が行われ" "ただし、異分子の存在は許されない" / 何というか、ありそうな話だなぁと。
  • 「遠山金四郎の時代」藤田 覚 著

    時代劇でお馴染みの「遠山の金さん」、桜吹雪の刺青を彫った遊び人で悪党どもをバッタバッタとなぎ倒して人情味のある判決を下す庶民派お奉行様というキャラクターが確立しているが、まぁ、言うまでもなくこれらは全て創作である。では実際の「遠山の金さん」こと町奉行遠山景元はどのような人物であったか、天保の改革を主導した老中水野忠邦との対立を軸として歴史の中の遠山景元を描くことで江戸時代後期のダイナミックな変化を浮き彫りにして、彼の業績の中に「遠山の金さん」イメージに繋がる要因を探る一冊である。 目次 第一章 遠山の金さん像の虚実 第二章 繁栄の江戸か寂れた江戸か 第三章 寄席の撤廃をめぐって 第四章 芝居所替をめぐって 第五章 株仲間解散をめぐって 第六章 床見世の撤去をめぐって 第七章 人返しの法をめぐって 第八章 近世後期の町奉行たち 第九章 「遠山の金さん」の実像 景元は寛政五年(1793)、下級

    「遠山金四郎の時代」藤田 覚 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/10/06
    "人返しの法をめぐる水野忠邦と遠山景元の意見対立" / 以前の、江戸に集まった浪人をどうするかの(由比正雪の乱のころの)対立も思い出すなど。
  • 「現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇」大田俊寛 著

    二十世紀のオカルティズムの拡大と浸透の過程で現代日社会にごく当たり前の思想として受け入れられている霊魂観――「肉体が潰えた後も霊魂が存続し、輪廻転生を繰り返しながら永遠に成長を続ける」(P242)ことで、やがて「神的存在にまで到達することが出来る」(P22)という進化・成長する霊魂観――はオウム真理教や幸福の科学などの新新宗教から小説映画ドラマそしてアニメーションなどのサブカルチャーまで幅広く見られる共通の思想であり、ルーツを辿ると十九世紀の神智学に行き着くものだ。 書は日に限らず現代世界に広く行き渡ったこの「霊性進化論」の誕生からナチズムや人種主義、戦後の英米のニューエイジ運動、そして現代日のオウム真理教と幸福の科学に至る展開の過程と幅広い影響を概観する一冊である。 「霊性進化論」を生み出したのはオカルトにちょっとでも興味がある人には超有名人のブラヴァツキー夫人(1831~91)

    「現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇」大田俊寛 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/10/02
    "自分がいつか必ず消滅するという事実に耐えられる人というのはそうそう多くない" / 霊魂や輪廻の方向だけでなく、不老不死というテーマやそれを求める悪役も定番だよなぁと。
  • 「世界を変えた火薬の歴史」クライヴ・ポンティング 著

    三大発明といえば火薬・羅針盤・活版印刷術である。中でも火薬は産業技術から軍事技術まであらゆる面で中近世世界に革新を促すものだった。八~九世紀ごろの中国で誕生し、宋代の中国で一気に実用化されて様々な発明品を生み出し、イスラーム世界を通じて拡大し洗練され、十四~五世紀の欧州へと渡って社会構造を激変させ、やがて近代を生みだす引き金になった。十九~二〇世紀初頭の高性能爆薬の発明によって軍事技術として一線を退くまでの黒色火薬の歴史を概観する一冊。 火薬は、軍事技術として数多の人々の命を奪い傷つけることになるわけだが、皮肉なことに、錬丹術師たちによる不老不死の探求の中で生み出された。 火薬は硝石と硫黄と木炭の混合物だが、それぞれ硝石は延命に硫黄は精力増強に効くと考えられていた。これを混ぜあわせるようになるのが四世紀頃。808年の記録に硝石と硫黄とウマノスズクサ(炭素を含む)による発火作用の記録があり、

    「世界を変えた火薬の歴史」クライヴ・ポンティング 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/09/25
    こういう話を見ると、つい『戦国自衛隊』や『ドリフターズ』を思い出してしまう。あと『水滸伝』の轟天雷・凌振とか。
  • 「アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略」鹿毛 敏夫 著

    戦国時代を戦国大名の分立的状況から天下統一へと至る過程として捉える一国史的立場に対して、東アジアの中に日の戦国時代を位置づける見方も、近年非常によく見られるようになってきている。書では、天下統一という志向とは一線を画した、大内、大友、松浦、島津、相良など西国大名のアジア志向について、彼らの交易と人々の流れの中で描こうとした一冊である。 室町時代に行われた日明貿易、合計十九回の遣明船が送られたが明応の政変(1493)以後幕府権力が弱体してからは、細川氏と大内氏の主導権争いを経て遣明船は大内氏が独占、大内氏の滅亡以後日明貿易は絶えた、ということになっているが、書ではこれを「狭義の遣明船」とし、十六世紀以降、細川・大内氏だけでなく有力西国大名が次々と遣明船を送っていることを明らかにする。 各大名、とりあえず遣明船を送り、現地で明政府から朝貢貿易・公貿易として認められれば良し、そうでなければ

    「アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略」鹿毛 敏夫 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/09/24
    以前に紹介されていた、文禄・慶長の役に関連して明が島津の離反を期待した話(可能性はともかく)も思い出すなど。
  • 「天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命」本多 博之 著

    十六世紀初頭の石見銀山の発見と開発は日列島だけでなく東アジア全体に大きな影響を及ぼした。その石見銀山の発見を契機として広がった「シルバーラッシュ」が戦国時代の日を、そして東アジアをどのように変貌させたか、銀の流通をたどることで全体像を明らかにしようとする一冊である。 石見銀山で採掘された銀は博多商人によって列島へ、大内氏の遣明船によって東アジアへと持ち込まれ、1550年代、後期倭寇の活動を活発化させ、1560年代以降、福建商人、ポルトガル商人の来航を促進、列島内でもヒト・モノの広域的な流れを生み出した。まず西国大名によって交易を通じて日産の銀が東アジアに広がったことで国際通貨として確立、遅れて国内でも貨幣として流通していったという流れであるらしい。 戦国時代という、中央政府の弱体化による権力の分散と旧来の荘園制市場構造の解体した状態の中で大名、国人、商人、海賊の共生関係を通じた経済活

    「天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命」本多 博之 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/09/18
    "まず西国大名によって交易を通じて日本産の銀が東アジアに広がったことで国際通貨として確立、遅れて国内でも貨幣として流通していったという流れであるらしい"
  • 「セルデンの中国地図 消えた古地図400年の謎を解く」

    十七世紀前半の英国を代表する法律家・東洋史家ジョン・セルデンの遺産の一つに、奇妙な中国地図がある。ボドリアン図書館に寄贈されたその地図は、縦160センチ、横96.5センチと規格外の大きさなだけでなく、従来の中国地図であれば陸地を中心に描くところ、その地図の中心は南シナ海であり、また美麗な風景画の趣きがあり、中国だけでなく日列島、東南アジアから周辺の諸島まで細かく描かれ、また非常に正確な航路が記されている。およそ十六~十七世紀頃に中国を描いた地図らしくない。 ボドリアン図書館セルデン地図ページ(”Bodleian Library | Selden Map”)(リンク先英語) この謎の地図、誰が何のために描いたのか?国際法の父グロティウスと並ぶセルデンの事績から始まり、英国王ジェイムズ一世とオランダとの対立、アジアの海へと乗り出したイギリス東インド会社の商人たち、東アジアにネットワークを築い

    「セルデンの中国地図 消えた古地図400年の謎を解く」
  • 「オカルトの帝国―1970年代の日本を読む」一柳 廣孝 編著 | Call of History ー歴史の呼び声ー

    映画、TV、小説、アニメ、マンガ、ゲームなどのサブカルチャーから宗教・思想さらには日常生活の隅々までオカルトは薄く広く拡散している。日におけるオカルトの広がりのルーツを辿ると1970年代に行き着く。では、現代日という「オカルトの帝国」の原風景といえる1970年代のオカルトの大流行はどのようなものであったのだろうか。「閉ざされた知であるオカルトが白日の下にさらされた1970年代」を描く論文集である。 ただし、絶版。ひと通りネット書店を見て回っても購入することは出来ないようなので、興味がある方は図書館か古書店で。 目次 第一部 オカルトの日 第一章 オカルト・ジャパン・シンドローム――裏から見た高度成長 第二章 小松左京『日沈没』の意味 第三章 ディスカバージャパンと横溝正史ブーム 第二部 メディアのなかのオカルト 第四章 エクソシスト・ショック――三十年目の真実 第五章 「ノストラダ

    「オカルトの帝国―1970年代の日本を読む」一柳 廣孝 編著 | Call of History ー歴史の呼び声ー
    sampaguita
    sampaguita 2015/08/31
    『ムー』の創刊はいつだろうと思って調べてみたら1979年らしい。ある程度出そろって?からという感じなのかな。
  • 「『大日本帝国』崩壊 東アジアの1945年」加藤聖文 著

    昭和二十年(1945年)八月十五日正午、玉音放送が流れ大日帝国臣民は敗戦を知らされた。大日帝国の崩壊はただ日の敗北を意味するだけではない。大日帝国の崩壊によって大日帝国による植民地支配体制が崩れ、新しい国家、新しい国際秩序が東アジア地域に誕生することになった。その八月十五日前後の経過を通して大日帝国下の日、朝鮮、台湾、満州、樺太・千島、南洋諸島、東南アジア諸地域が迎えた敗戦と変化を概観した一冊。 まず序章としてポツダム宣言の公表に至る諸国の駆け引きが、第一章ではそれを受けての日政府の対応が描かれる。 ポツダム会議の議題はヨーロッパの戦後処理とともに唯一抗戦する日をどうするかであった。米国内では天皇の地位を保障して早期停戦に持ち込むべきとするグルー国務次官・スティムソン陸軍長官派と天皇の地位保障を盛り込むべきでないとするバーンズ国務長官・ハル前国務長官の無条件降伏派との対立

    「『大日本帝国』崩壊 東アジアの1945年」加藤聖文 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/08/17
    "穏やかな政権移譲が出来た地域はほとんどない" / 本国が先に降伏したために難しい部分もあるのかなと思うけれど、後のためにもう少しうまく立ち回ることはできたのかどうか。台湾ではスムーズだったと。
  • 「項羽と劉邦の時代 秦漢帝国興亡史」藤田勝久 著

    紀元前221年、秦帝国は戦国時代を終わらせて中国を統一したが、統一からわずか十五年で滅亡した。なぜこれほど短期間で滅亡したのか、書では秦と、秦を滅ぼす人材を次々と輩出した楚との社会システムの違いに注目して、項羽と劉邦の時代の変化を描いている。 秦帝国滅亡の要因として、第一に始皇帝死後の権力闘争、第二に大規模な土木工事と対外戦争による民衆への負担、第三に急激な統一による統一政策の不備、第四に秦と違う風土を持つ社会に秦の制度を適用させようとしたことによる軋轢、などが挙げられ、特に、第四の「秦から遠方の地方で、風土と習俗が異なる地域社会に不満が蓄積したこと」が大きな問題であったとされる。 戦国時代の楚の制度と秦の制度の比較、「陳勝・呉広の乱」によって建てられた張楚国の体制、項梁・項羽が楚懐王を建てて建国した楚の体制、項梁死後項羽によって築かれる西楚覇王の体制、そして漢王となった劉邦が敷いた秦を

    「項羽と劉邦の時代 秦漢帝国興亡史」藤田勝久 著
    sampaguita
    sampaguita 2015/08/12
    最初に知ったのは横山版だったか『赤龍王』だったか。知名度もあるだろうし多士済々にも見えるわりに題材とされることは少ない気が。
  • 「英雄はいかに作られてきたか フランスの歴史から見る」アラン・コルバン著

    フランス史上の国民的英雄・偉人たちの多くが十九世紀、国民国家フランスの誕生とともに「つくられた」。偉人が誕生し、称揚され、そして国民的英雄として歴史に刻まれ、忘れ去られていく過程をアナール学派の代表格アラン・コルバンが子供に語る体で描いた英雄誕生のフランス社会史。 フランスにおける国民的偉人のモデルとして大きく以下の四つに分類される。 1)プルタルコス的軍人 2)キリスト教的聖人 3)啓蒙主義的偉人 4)ロマン主義的英雄 プルタルコスの対比列伝はルネサンス以降広く読まれ第一帝政時代にナポレオンとその将軍たちはプルタルコスが描く古代ローマの英雄たちと比較して語られるようになった。軍人としての勇敢さや戦場で死んだもののヒロイズムがその特徴だが、このようなタイプの英雄観は近代戦以降戦争の悲惨さが強調され兵士一人ひとりへと注目が移ったことで大きく後退したという。キリスト教的聖人の特徴は自己犠牲と献

    「英雄はいかに作られてきたか フランスの歴史から見る」アラン・コルバン著
    sampaguita
    sampaguita 2015/08/06
    "ジャンヌやナポレオンはここ百年、変わらずフランス人の人気上位に座り続ける一方で、忘れ去られた英雄も多い" / とりあえず日本での知名度といえばその二人かなと思うけど、フランスでも。