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【スマイスター 売りたい市区町村ランキング 2018】 「世田谷区」、売りたい市区町村2年連続1位! 東京都区部外の「鹿児島市」と「大分市」も順位上げる 旅行・観光・地域情報 不動産関連の比較査定サイト「スマイスター」を運営する株式会社シースタイルは、「スマイスター」の不動産売却に査定依頼のあった不動産の行政区をもとに「売りたい市区町村ランキング 2018」を集計しましたので、概要をご報告いたします。 スマイスター 売りたい市区町村ランキング 2018 「世田谷区」、売りたい市区町村2年連続1位! 東京都区部外の「鹿児島市」と「大分市」も順位上げる 不動産関連の比較査定サイト「スマイスター(https://www.sumaistar.com)」を運営する株式会社シースタイル(本社:東京都中央区、代表取締役:川合 大無)は、「スマイスター」の不動産売却に査定依頼のあった不動産の行政区をもとに
青函トンネルは、13日で開業から30年を迎えます。 北海道新幹線の札幌延伸を控える中、老朽化したトンネルの補修や新幹線の高速化を今後、どのように進めていくかが課題となっています。 全長53.85キロの青函トンネルは、30年前の昭和63年3月13日に開業しました。 開業以来、昨年度末までに利用した乗客は5525万人、通った貨物は1億4581万トンに上り、本州と結ぶ大動脈として、北海道の発展に大きく貢献してきました。 一方で、排水と換気の機能を担う「先進導坑」というトンネルで、老朽化で壁などが変形しているところが見つかり、補修工事の費用を国とJR北海道でどう負担していくかが課題となっています。 また、トンネル内で新幹線の最高速度は、在来線の貨物列車とすれ違う際の風圧を抑えるため、現在は140キロに制限されています。 新幹線の札幌延伸を2030年度末に控える中、最高速度の引き上げを今後、どのよう
はじめよう!燃やせるごみ減量生活 ~ 燃やせるごみ減量への2つのポイント ごみを減らすことは限りある資源の有効活用など循環型社会の構築のためには不可欠な取り組みであるだけでなく,ごみを処理する工程でも二酸化炭素などの温室効果ガスが発生することから,ごみの減量化や再資源化は2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにするゼロカーボンシティ実現への重要な取り組みの一つでもあります。 燃やせるごみを減らすためには,大きく分けて2つのポイントがあります。 (1)ごみの発生を「減らす」~環境への負担を減らそう 【ごみの発生源を減らそう】 ・必要なものだけ購入するようにしましょう。衝動買いを防ぐため,買い物メモを持っていくことも有効です。 ・使い捨て商品はなるべく購入・使用せず,繰り返し使えるものを使用しましょう。 ・量り売りや簡易包装,詰め替え可能な商品を選びましょう。 【生ごみを減らそう】 ・生ご
函館どつく(弁天町20)の今年最初の進水式が12日、同造船所で行われた。市民ら約170人が見守る中、真新しい船が紙テープをなびかせながら海へ進んだ。 新造船は、パナマの海運会社が発注した全長約180メートル、幅30メートルの木材兼ばら積貨物船。名村造船所(大阪)と共同開発したエコシップの22隻目として、今年1月から建造を進めてきた。 進水式では、船名「SINLAU BULKER(シンラウバルカー)」をお披露目し、船をつなぐ「支綱(しこう)」を切断。紅白のくす玉が割れ、色とりどりの紙テープや風船が舞う中、巨大な船が海へゆっくりと進んでいった。集まった市民らは進水の瞬間を見守り、カメラやスマートフォンで撮影していた。 駒止認定こども園(船見町)からは園児19人が足を運んだ。盛田莉桜(りお)ちゃん(6)と小田原梨湖(りこ)ちゃん(6)は「進水式を見るのは初めて。くす玉が割れるところが楽しかった。
世界緑内障週間(11~17日)に合わせ、函館眼科医会(江口秀一郎会長)などは12日、五稜郭タワーを緑内障のシンボルカラーの緑色にライトアップし、早期発見の大切さなどを呼び掛けた。 ライトアップ運動は、日本緑内障学会が2015年から行っている。初年度は全国5カ所のみだったが毎年参加地域が増え、今年は45都市72カ所で実施される。 函館での開催は今回が初めて。江口会長は「早期発見による適切な治療が行われれば、緑内障の進行は防ぐことができる。ライトアップをきっかけに定期的に検診を受ける人が増えてくれれば」と期待する。 ライトアップは13日も午後6時~同10時半に予定されている。 その他の新着ニュース 変貌続ける函館港 開港160年、さらなる発展へ...2019/1/1 今年も新春の空に故梅谷さんの凧...2019/1/1 「新年も平穏に」 お札やお守り準備 亀田八幡宮...2019/1/1 年越
【松前】「松前花の会」(清水猛会長)は11日、公園内のウメの木の剪定(せんてい)作業を行った。枯れ枝や余分な枝を切り取り、きれいな花を咲かせようと汗を流した。 同会は、松前公園の250種1万本のサクラの病虫害の防除などの維持管理作業をはじめ、観光客に対する案内、木札の取り付け、公園の草刈りなどに取り組むボランティア団体。サクラのほかウメの管理も行っている。 この日は午前9時半から会員15人のほか、町職員5人が公園に集まり、脚立や梯子に上がったり、長柄の剪定バサミを使って作業した。松前神社境内にあり、徳川幕府三代将軍家光ゆかりと伝えられる臥龍梅(がりゅうばい)をはじめ、松前城天守閣周辺、桜見本園など、公園内に植栽された約50本を剪定し、午後3時過ぎに作業を終えた。 副会長の佐藤均さんは「ウメの剪定は、たくさんの花をつけさせるためには手を抜けない作業」といい、「木の元気もよく、今年もきれいな花
期間を延長して開放しておりました森町民スキー場について、積雪不足のため平成30年3月9日(金)をもちまして今シーズンの開放を終了しましたのでお知らせいたします。
朝市でズワイガニを品定めしたり、市電が走る港町を背景に自撮りしたり。中華圏の旧正月「春節」を迎えた2月中旬、北海道函館市はアジアを中心とした外国人観光客であふれていた。函館駅近くの居酒屋店員は「今では、海外客がいなくなったら店は成り立たない」と笑う。 そんな観光の街、函館市は2014年4月、津軽海峡を挟んだ大間原発(大間町)の建設差し止めを求め、国と電源開発を相手取って訴訟を起こした。大間原発から同市までは最短で23キロ。東京電力福島第一原発事故後、原発30キロ圏内の自治体は避難計画の策定が求められるようになり、大間原発が稼働すれば函館市も計画を立てなければならない。これに対し、市防災担当の井本剛志課長は、原発で重大事故が起きた事態を想定した住民避難の計画が立てられないことを、提訴理由のひとつに挙げる。 海岸部の道路は津波で浸水の恐れがあることを考えれば、「市民約26万人が避難する道路は、
貨物列車や北海道新幹線が通る青函トンネルの本坑=北海道福島町の吉岡定点付近で2018年3月6日午後1時55分、日下部元美撮影 総工事費約6900億円を投じ、延べ約1400万人が約24年間かけて完成させた青函トンネル(全長53・85キロ)は、13日に開業から30年を迎える。本州と北海道を結ぶ大動脈に、新幹線という新しい役割が与えられてから間もなく2年。重要性がますます高まる一方で、年齢を重ねるごとにJR北海道には維持費がのしかかっている。【日下部元美】 足元に湧水(ゆうすい)がたまり、水の流れる音が響く。「排水をやめたら、あっという間に水没してしまいます」。JR北海道函館新幹線工務所の藤田敦志所長は、青函トンネルの最深部にあたる津軽海峡の海面から約280メートル下の地点で説明した。
北海道と本州を結ぶ青函トンネルが開通したのは、いまから30年前のきょう、1988(昭和63)年3月13日のことだ。トンネルを通るJR北海道の海峡線(青森県・中小国~北海道・木古内間)が新たに開業し、この日午前3時半から4時ごろにかけて、前日に東京と札幌を出発したJR貨物のコンテナ列車があいついでトンネルを通過、続いて旅客の1番列車である午前7時23分函館発・盛岡行き特急「はつかり10号」と同29分青森発・函館行き快速「海峡1号」が、午前8時半ごろ、トンネル中央付近ですれ違った。 一番列車出発式でテープカットに臨む石原慎太郎運輸相(当時・写真中央)ら ©時事通信社 津軽海峡の海底に鉄道トンネルをつくる構想は戦前からあり、終戦直後の1946年には地質調査を開始、1964年に着工され、じつに42年の歳月をかけて完成にいたった。総延長53.85キロは、2016(平成28)年開通のスイスのゴッタルド
3月17日(土曜日)にJR各社のダイヤ改正が行われる。この春は新路線の開通といった華々しい話題はないものの、各社の変更点を見ていくと、時代の変化を感じざるをえない。旅客各社のダイヤ改正で目立った変更ポイントをチェックした。 【JR北海道】国鉄型キハ183系が走る路線がわずかにまずはJR北海道のダイヤ改正で目立つポイントから。 長年、函館駅と札幌駅を結んできた特急「北斗」が消え、すべての列車が特急「スーパー北斗」となる。車両がキハ183系から、すべてキハ281系とキハ261系に変更されるのだ。この車両変更によって、若干の所要時間の短縮(既存列車から0〜9分の短縮)と乗り心地の改善が図られる。 この改正以降、キハ183系は道南から撤退、定期運用される列車は、石北本線を走る特急「オホーツク」と特急「大雪」のみとなる。特急「北斗」にはキハ183系のなかでも唯一のハイデッカー仕様のグリーン車が連結さ
「発破!」 轟音(ごうおん)とともに頬をかすめた風の感触を、角谷敏雄さん(82)は今でも忘れられない。 函館から南西へ50キロ、津軽海峡にせり出す北海道福島町で漁師の家に生まれ、新制中学校を卒業すると同時に海に出た。イカが飛び跳ね、ホッケは海面で渦を巻いていた時代だ。 1954年、角谷さんの人生を大きく変える出来事が起きる。函館港内を航行する5隻の青函連絡船を転覆させた洞爺丸台風だ。1430名もの乗員・乗客が死亡し、タイタニック号沈没に次ぐ規模の海難事故として記録されている。 この事故をきっかけに持ち上がったのが、本州と北海道を海底トンネルで結ぶ前代未聞の計画だ。北洋出漁船の船長だった角谷さん含め、「実現できると信じていた人は誰もいなかった」。 一方で、漁業は衰退期を迎えていた。間もなくして青函トンネルの建設工事が始まり、作業員募集の立て看板を見て「小遣い稼ぎのつもりで」応募した。「まさか
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