毛皮を着たヴィーナス レオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホ 河出文庫 1976 Leopold von Sacher-Masoch Venus im Pelz 1870 [訳]種村季弘 20年ほど前のことだろうか、沼正三から「うーん、松岡さんはMですね」と言われた。「えーっ、そうですか」と意外に思ったが、「はい、正真正銘のMです。あなたはそれに気がついていないだけです」とさらに念を押すように言われてしまった。 日本のマゾヒズム文学を代表する大作『家畜人ヤプー』を書き、みずからマゾヒストを生きている沼正三本人からこう言われたのだから、さあ、これは一大事だった。 沼さんがマゾヒストであることは本当である。 実際にも、ぼくがバーに連れていったある女優を前にして、沼さんは時をみてさっと跪き、そのハイヒールの甲に接吻したもので、それを目撃したぼくとしては、沼正三がたんなる想像力だけでマゾヒズムの世