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0932 夜 | 松岡正剛の千夜千冊
ぼくが捻くれたのはこの一冊のせいだった。ぼくが存在学を考えるようになったのもこの一冊のせいだった... ぼくが捻くれたのはこの一冊のせいだった。ぼくが存在学を考えるようになったのもこの一冊のせいだった。ひょっとして文章を遊びすぎるのも、深刻を余裕をもって遊べるようになったのも、困難なパーティをしたくなるのも、この一冊のせいだったろうか。 なぜそんなふうになったか、次の短すぎるほど決定的な一文を見れば、見当がつくだろう。「薔薇、屈辱、自同律――つづめて云えば、俺はこれだけ」。 現代思潮社の『不合理ゆえに吾信ず』は、正方形の黒函入りで、函にもクロス製の表紙にも「Credo,quia absidum.」としか刻印されていなかった。 ぼくはこのストイシズムに酔わされた。なにしろ当方は19歳か20歳の青春紅蓮の真っ只中なのだ。そこへ、このストイックな一冊。しかもぽつんと、「薔薇、屈辱、自同律――つづめて云えば、俺はこれだけ」なんて言われたら、おかしくなる。 もうひとつの決定的な短文は、「大宇宙を婚姻せ
2016/07/31 リンク