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三国同盟の検索結果1 - 14 件 / 14件

  • 「日独伊三国同盟の祝賀会」から80年。登壇した子供たちに笑顔は少なかった【カラー化写真】

    1940年12月17日、日独伊三国同盟の祝賀会が東京で開かれた。日本・ドイツ・イタリアの3カ国の子供たちが国旗を掲げて同盟締結を祝った。 この時の様子を撮影した写真をAIでカラー化したものを、東京大学大学院の渡邉英徳(わたなべ・ひでのり)教授が80年後の12月17日、Twitterに投稿した。橋田邦彦・文部大臣と大久保留次郎・東京市長らを子供たちが囲んでいるが、緊張しているのか笑顔は少ない。カラーになると子供たちの様子が一層、如実にみえてくる。

      「日独伊三国同盟の祝賀会」から80年。登壇した子供たちに笑顔は少なかった【カラー化写真】
    • Luciano on Twitter: "日独伊の枢軸諸国の指導体制を比較するなら、この図がわかりやすいと思います。 (石田憲著『日独伊三国同盟の起源』より) https://t.co/Vh002RMoy4"

      日独伊の枢軸諸国の指導体制を比較するなら、この図がわかりやすいと思います。 (石田憲著『日独伊三国同盟の起源』より) https://t.co/Vh002RMoy4

        Luciano on Twitter: "日独伊の枢軸諸国の指導体制を比較するなら、この図がわかりやすいと思います。 (石田憲著『日独伊三国同盟の起源』より) https://t.co/Vh002RMoy4"
      • 能川元一 on Twitter: "三国同盟結んでたくせにムッソリーニ・ヒトラーと昭和天皇が並べられるのはは我慢ならんとか、ワガママにもほどがあるぞ。"

        三国同盟結んでたくせにムッソリーニ・ヒトラーと昭和天皇が並べられるのはは我慢ならんとか、ワガママにもほどがあるぞ。

          能川元一 on Twitter: "三国同盟結んでたくせにムッソリーニ・ヒトラーと昭和天皇が並べられるのはは我慢ならんとか、ワガママにもほどがあるぞ。"
        • 「半年か1年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら…」山本五十六が忌み嫌った“日独伊三国同盟”締結の裏側 | 文春オンライン

          真珠湾攻撃をはじめとした、太平洋戦争緒戦での作戦立案指揮で活躍した山本五十六。昭和海軍を代表する人物で、彼に関する書籍・映画・評伝は数多く発表されている。一方で山本五十六の軍人としての評価はなおざりにされている状況だという。 そう語るのは軍事史研究者の大木毅氏。ここでは同氏の著書『「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想から見た真価』(角川新書)の一部を抜粋。三国同盟締結当時の軍人・山本五十六の考えを、各種資料をもとに紐解いていく。 ◆◆◆ 対米戦争は引き返し不能に 9月7日、ナチス・ドイツの特使ハインリヒ・シュターマーは、東京に到着し、千駄ヶ谷にあった松岡(編集部注:当時の外務大臣)の私邸で、オット駐日大使とともに連日会談を行った。重要なのは、11日に提示されたドイツ案で、その第三項は「右三国〔日独伊〕のうち一国が現在のヨーロッパ戦争または日支紛争に参入していない一国によって攻撃された場合に

            「半年か1年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら…」山本五十六が忌み嫌った“日独伊三国同盟”締結の裏側 | 文春オンライン
          • 数独(ナンプレ)の上級解法「三国同盟」初使用…かな? - しいたげられた🍉しいたけ

            数独(ナンプレ)の自己満足的プレイ記録です。 20日ほど前に「二国同名」と呼称される解法をマスターした旨のエントリーをアップした。 www.watto.nagoya なんとなくこれでワンアップしたような感覚が掴めたため、10年以上前に買った数独本で尻込みして手を出さずにいた難易度「HARD」にチャレンジしている。 悪凝りするとブレーキが効かなくなるのは、私の数ある悪癖の一つである。 ペンシルパズル本6 数独1 作者:ニコリ ニコリ Amazon なお数独という名称については、上掲書P6すなわち開巻一番に… 数学は独身に限る。略して数独(すうどく)であります。おかしな名前をつけてしまいました。アメリカ(デル社)では、ナンバー・プレイスという名で親しまれているペンシルパズルです。 と書いてあったのに気づかんかった! ナンプレのほうが本家だったのか。つか解法などの用語に英語が多いのも当然であった

              数独(ナンプレ)の上級解法「三国同盟」初使用…かな? - しいたげられた🍉しいたけ
            • 駿河侵攻とは?今川家滅亡。三国同盟の崩壊をわかりやすく解説!【図解】 | 戦の図鑑

              駿河侵攻まで 過去にも対立を繰り返す 駿河侵攻の約100年前、今川家家中では大きな混乱がありました。 しかし後継者の今川氏親は北条早雲の力を借り、この混乱を鎮め当主となります。 この一件から、今川家と北条家は仲良くなっていき、この時の今川家は北条家と同盟関係にありました。 その一方、武田家とはバチバチの敵対状態。 後に一度同盟が結ばれたものの、氏親から氏輝が当主となると、両者は再び争いを始めるなど犬猿の仲でありました。 武田家との同盟と北条家との争い しかし、情勢の変化が起こります。 再び今川家で後継者をめぐって内部争いが起こったのです。 「花倉の乱」の勃発でした。 ikusa-zukan.com この乱では北条家の支援した今川義元が、兄の玄広恵探を破り当主となります。 新たに当主となった義元は、先代の氏輝の方針から一転

                駿河侵攻とは?今川家滅亡。三国同盟の崩壊をわかりやすく解説!【図解】 | 戦の図鑑
              • 伊→独→日に所属、三国同盟の象徴のような潜水艦 黒潮に沈んだあまりに数奇な運命 | 乗りものニュース

                第2次大戦前に軍事同盟を結んでいた日本とドイツ、イタリアは、戦争により物資や人員の交流が困難になりました。そこで白羽の矢が立ったのがイタリア潜水艦。遠路日本まで来た2隻は、最後には日本海軍の潜水艦に国籍変更しました。 日独で始まった潜水艦による一大輸送計画 第2次世界大戦で軍事同盟を結び、ともに戦った日本とドイツ、イタリアの3か国。ただ、陸路でつながっていたドイツとイタリアの行き来はともかく、日本だけは海洋で隔てられており、なおかつ直線距離でも約1万kmも離れていたことから、アメリカやイギリスを始めとした連合軍の海上封鎖が強まると、物資輸送や人員の交流が困難になりました。 そこで、水中にもぐって敵の目を欺くことが可能な潜水艦が、その任務を受け持つようになりました。しかし、ヨーロッパから遠路はるばる日本までたどり着いたのは、2隻のイタリア潜水艦だけでした。これら来日したイタリア潜水艦も、戦争

                  伊→独→日に所属、三国同盟の象徴のような潜水艦 黒潮に沈んだあまりに数奇な運命 | 乗りものニュース
                • 戦前写真7000枚、国会図書館でたまたま発見! 日独伊三国同盟締結、ベーブルース来日…をウェブ公開 当時の通信社が配信

                  「新聞通信調査会」が公開した日独伊三国同盟締結当時の写真 公益財団法人「新聞通信調査会」は戦前の通信社である新聞聯合社と、その後継の同盟通信社が1932年7月~40年12月に新聞社向けに配信した報道写真約7千枚をデジタル化し、9日からホームページで公開を始めた。 調査会によると、写真は2019年に調査会の職員が国立国会図書館で別の資料を探していた際、偶然見つけた。 同盟は終戦時に、社内に保存していた写真やフィルムを焼却しており、これほどまとまった数の写真が見つかるのは珍しい。 国立国会図書館の書架に並ぶ報道写真のアルバム(新聞通信調査会提供) 日満議定書の調印や盧溝橋事件、日独伊三国同盟締結など昭和史の節目となった出来事のほか、昭和三陸津波やベーブ・ルース来日など当時を伝える写真が含まれている。 写真は月ごとにアルバム101冊に整理され、説明文約6千枚も添えられていた。国会図書館の記録では

                    戦前写真7000枚、国会図書館でたまたま発見! 日独伊三国同盟締結、ベーブルース来日…をウェブ公開 当時の通信社が配信
                  • ニコリ編著『ポケット数独上級篇1』13は「三国同盟」からローカル呼称「総消去法」3連打で攻略した - しいたげられた🍉しいたけ

                    数独(ナンプレ)の自己満足的プレイ記録である。前回はこちら。 www.watto.nagoya 今回ネタにするニコリ編著『ポケット数独 上級篇』(ソフトバンク クリエイティブ)  P20の13(Level7)は、難度はさほどでもなかったが、序盤の「三国同盟」から弊ブログローカル呼称「総消去法」3連続使用という攻略法が特徴的に感じたので、ブログに記録する気になった。特に「総消去法」は 前回8月29日付拙記事 に、今後使う機会あるかどうかわからないけど「そうしょうきょほう」という自分で決めた呼称が早口言葉みたいで言いにくくて面白かったから、また出てきてほしいと書いたばかりだった。 今回はgifアニメは1枚だけと少なめで、あとは静止画ばかりである。 目次 三国同盟 総消去法3連続使用 最後まで解くところをgifアニメ化 ポケット数独 上級篇 作者:株式会社ニコリ ソフトバンククリエイティブ Am

                      ニコリ編著『ポケット数独上級篇1』13は「三国同盟」からローカル呼称「総消去法」3連打で攻略した - しいたげられた🍉しいたけ
                    • ニコリ編著『ポケット数独上級篇1』30序盤で解法「三国同盟」に気づかなかったらどうなっていたことか…? - しいたげられた🍉しいたけ

                      数独(ナンプレ)の自己満足的プレイ記録である。前回のニコリ編著『ポケット数独上級篇1』27はメチャメチャ難しかった。 www.watto.nagoya 続く28、29は弊ブログのローカルで「総消去法」と呼称する解法に気づけば、27ほどには難しくなかった。「総消去法」については、下の拙過去記事参照。 www.watto.nagoya 今回取り上げる30(『ポケット数独上級篇1』P37 Level7)は、序盤で「三国同盟」と呼ばれる解法が適用できることに気づいたため、宵越しせず1日で解けた。もし「三国同盟」に気づかなかったら、どうなっていたことだろう? ポケット数独 上級篇 作者:株式会社ニコリ ソフトバンククリエイティブ Amazon なんでそう思ったか、まずは問題を貼る。いつもの通り初期値を背景色黄色で示し、初等的解法で埋められるだけのマスを埋めた状態を示す。2択となるマスもいくつかあった

                        ニコリ編著『ポケット数独上級篇1』30序盤で解法「三国同盟」に気づかなかったらどうなっていたことか…? - しいたげられた🍉しいたけ
                      • ニコリ編著『ポケット数独上級篇1』37は変形三国同盟のおかげでかなり容易に解けた - しいたげられた🍉しいたけ

                        自己満足的数独(ナンプレ)プレイ記録である。うちは雑記ブログなので「にほんブログ村」への登録は見送ってきたが、この頻度で更新していると「数独」カテゴリーで登録してもいいかなという気がしてきた。前回はこちら。 www.watto.nagoya これまで拙ブログ記事として公開した問題は、比較的手こずったと感じたものが多かったが、今回のニコリ編著『ポケット数独上級篇1』P44 37は、前々回の数独ネタ記事で扱った「変形三国同盟」を使用すると比較的容易に解けてしまったがゆえに記録しておく価値を感じた。 www.watto.nagoya 変形三国同盟を簡単におさらいする。三国同盟とは、もし同一行または同一列または同一3×3ブロックの3つの空白マスに入る数字の候補として同一の3つの数字しかなかったら、同じ行または列または3×3ブロックの他の空白マスにはそれらの数字は入れられなくなる(使える数字に不足を

                          ニコリ編著『ポケット数独上級篇1』37は変形三国同盟のおかげでかなり容易に解けた - しいたげられた🍉しいたけ
                        • ドイツを崇拝しすぎて日本を破滅に向かわせた外交官 「日独伊三国同盟」締結を推し進めた大島浩 | JBpress (ジェイビープレス)

                          ドイツ・ベルリンのシンボル、ブランデンブルク門。日独伊三国同盟は1940年9月にベルリンで調印された(出所:Pixabay) 日本を亡国に導く一因となった「日独伊三国同盟」の締結(1940年)。なぜ日本は、元々は敵対的だったドイツと軍事同盟を結んで米英と争い、ともに敗北へ向かっていくことになったのか。その裏には、日独協力の必要性を確信し日独同盟の締結を推進した一人の人物がいた。「駐独ドイツ大使」とひそかに揶揄されるほどドイツに傾倒していた軍人外交官、大島浩(1886~1975年)である。敗北必至の戦争につながる同盟が締結されるまでの日本側の動きを、現代史家・大木毅氏の著書『日独伊三国同盟 「根拠なき確信」と「無責任」の果てに』(角川新書)から一部を抜粋・再編集して紹介する。(JBpress) 大島の「ビョルケの密約」理解 日露戦争から第1次世界大戦のあいだに、大島浩は日独同盟論を抱懐(ほう

                            ドイツを崇拝しすぎて日本を破滅に向かわせた外交官 「日独伊三国同盟」締結を推し進めた大島浩 | JBpress (ジェイビープレス)
                          • 大木毅『日独伊三国同盟』(角川新書) 7点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

                            12月22 大木毅『日独伊三国同盟』(角川新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 『独ソ戦』(岩波新書)が話題となった著者が2010年に出した『亡国の本質 日本はなぜ敗戦必至の戦争に突入したのか?』(PHP研究所)を改題し加筆修正したもの。 「なぜ、対米英戦という無謀な戦争に突入したのか?」というのは繰り返されるテーマで、その答えは満州事変に遡ることもありますし、明治国家のあり方にまで遡ることもあります。一方、直前の日米交渉に焦点をあわせる議論もあります。 そんな中で本書が分水嶺として指摘するのが日独伊三国同盟です。日米交渉でもネックになったように、日独伊三国同盟は日本をアメリカが許容できない枢軸側に位置づけるものとなったものであり、日本の外交方針を大きく規定したものでした。 本書は、なぜ日独伊三国同盟が成立し、どのように太平洋戦争の開戦までたどり着いてしまったのかを、大島浩と松岡洋右とい

                            • 親中派のはずが何故? のちの「日独伊三国同盟」に繋がったヒトラーの方向転換

                              第二次世界大戦前、ドイツは親中国政策を取っていたが、ヒトラーの台頭により外交方針は大きく転換した。ヒトラーはなぜ「親日路線」に舵を切ったのか? ※本稿は、細谷雄一編著『世界史としての「大東亜戦争」』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。 親中政策を取っていたドイツ 日本が米英をはじめとする諸列強との大戦争に突入する過程を考える場合、1940年の日独伊三国同盟で頂点に達したドイツとの関係が重大な要因であったことは論を俟たない。当時、ドイツはすでに対英戦争を遂行中であり、またイギリスの後ろ盾となっているアメリカとの対立を深めていた。 そのドイツと参戦条項を含む軍事同盟を結ぶことは、ヒトラーの側に立ち、米英と対決していくとの姿勢を打ち出したも同然であり、事実、三国同盟は、太平洋戦争への道における「引き返し不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)」となったのである。 こうした結果を知る後世のわ

                                親中派のはずが何故? のちの「日独伊三国同盟」に繋がったヒトラーの方向転換
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