今年3月に辺野古海域で起きた海難事故で二人の尊い命が失われた。依然として沖縄は強い衝撃と悲しみの中にある。まだ検証の途上だが、なぜ安全を確保できなかったのか、そのシステムに全国から批判が向けられるのは当然だ。一方で、辺野古の住民運動そのものを揶揄(やゆ)する声や、主体が外国人だ、などのデマまで飛び交っている。沖縄の「平和学習」は「反日教育」だと決めつける言説も目に余る。「悪者」を作りたい空気ばかり膨らみ、事実に基づく冷静な思考が欠落してはいないか問い直す必要がある。そもそもなぜ海に出てまで反対運動をするのか。2004年から続く海上行動の経緯を知らない人には理解し難い面もあるだろう。初期から取材してきた者として改めて振り返っておきたい。 「命を守る会」 私が沖縄で報道の仕事を始めたのは1995年、奇しくも米兵3人による少女への暴行が激震となって島を揺るがす時だった。県民大会に集う8万5千人の