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四天王寺の検索結果1 - 40 件 / 91件

  • 四天王寺も閉鎖、聖徳太子以来初 大阪、感染拡大防止に協力 | 共同通信

    お寺や神社も外出自粛に協力します―。新型コロナウイルスの感染拡大を防ごうと、大阪市では8日、連日大勢の参拝者らでにぎわっていた四天王寺や住吉大社が閉鎖を決めた。期間は未定。四天王寺によると、同寺を閉鎖するのは、聖徳太子が6世紀に創建して以来、初めてという。 四天王寺では、10日から約30ある堂塔や宝物館、庭園、霊園、休憩所をすべて閉鎖。境内には入れるが、お堂の拝観や供養の申し込みなどはできなくなる。祈祷は郵送でのみ受け付ける。 釈迦の生誕日とされる8日はさまざまな行事が予定されていたが、多くは中止に。 住吉大社は8日朝から一切の業務を停止して閉門した。

      四天王寺も閉鎖、聖徳太子以来初 大阪、感染拡大防止に協力 | 共同通信
    • 四天王寺再生工場 - SUUMOタウン

      著者: 日下慶太 体がむくみはじめた。夕方になるとむくみが激しくなる。はじめヨーロッパまでずっと飛行機に乗っていたかのように足がむくんだ。やがて太ももまでむくんできた。体がたぷたぷだった。寝て起きると顔がむくんで目が開けられなくなった。これはおかしいと病院に駆け込んだ。腎臓の病気だった。明日から入院するようにと医者は告げた。 ぼくは広告代理店でコピーライターをしている。大阪に配属され20代は大阪で働いていた。まったくいい仕事はできず、うだつの上がらぬ毎日を送っていた。東京へ異動になった。このままでは冴えないコピーライターで一生が終わってしまう。東京で何かしなくてはと一念発起した。寸暇を惜しんで企画を続けた。結果、「東京コピーライターズクラブ最高新人賞」という漫才師にとってのM1グランプリのような大きな広告賞を取ることができた。 賞の効果は大きく、さまざまな人から仕事が来るようになった。スタ

        四天王寺再生工場 - SUUMOタウン
      • 【三面大黒堂 四天王寺】火と水と竈 『三方よし!』で安全第一・無病息災 キッチンと家族の健康を守る三面の神様 - ものづくりとことだまの国

        はじめに 四天王寺さんの #三面大黒堂。もとは南大門の西、万灯院の後ろ、梅園の中にあったのを現在の東門のところに遷したそうです。御本尊は #大黒天 右に #弁財天 左に #毘沙門天 の顔を持つ #トリムールティ。交差するダイコンが御神紋。江戸期らしいシャレの利いた様式です #三宝荒神 #笑ゥせぇるすまん 目次 三面大黒堂 三面大黒天 三神一体・トリムールティ 台所の神様 台所の神様 関連記事 喪黒福造(もぐろふくぞう) 本文 三面大黒堂 三面大黒天 緊急事態宣言の閉堂中(2020年5月16日)で、御本尊を拝むことはできませんでしたが、四天王寺さんの三面大黒天像は、正面に大黒天、右面に弁財天、左面に毘沙門天の顔を持ちます。 三面大国堂 大提灯 三面大黒天像(永代供養の看板) 三神一体・トリムールティ このような三神一体のイメージは『トリムールティ』といい、ヒンドゥー教の三神(ブラフマー(創造

          【三面大黒堂 四天王寺】火と水と竈 『三方よし!』で安全第一・無病息災 キッチンと家族の健康を守る三面の神様 - ものづくりとことだまの国
        • 大阪の居酒屋で教わった「赤飯ベスト3」、千林・力餅、相合餅、四天王寺の屋台

          大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味。1,000円以内で楽しめることはだいたい大好きです。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーとしても活動しています。(動画インタビュー) 前の記事:大阪中華学校の春節祭がかなり台湾だった 居酒屋でいきなり教わった「赤飯ベスト3」 ある日、大阪の居酒屋で酒を飲んでいた。居心地がよくて、何度も飲みに行ったことがある店だ。お会計をして「また来ます」と店主に挨拶して帰ろうとしたところ、その店のご常連さんに声をかけられた。私がスズキナオという名前でライターをしていることを店主から聞いて知っていたそうで、WEBに書いた記事もよく読んでくれているという。ありがたい。 そしてその人が「デイリーポータルZにお赤飯のこと書いていたでしょう?あのお赤飯、私も大好きです。本当に美味しい!」と言う。それは私がパリッコさんとのユニット酒の穴の記事、「徒歩で5

            大阪の居酒屋で教わった「赤飯ベスト3」、千林・力餅、相合餅、四天王寺の屋台
          • 聖徳太子ゆかりの寺に「ギャグマンガ日和」のダンボール迷路が爆誕 四天王寺にコラボの経緯を聞いてみた

            四天王寺といえば、聖徳太子の戦勝祈願をきっかけに建立されたと伝えられる歴史ある寺院です。この由緒によって聖徳太子信仰の中心として栄えてきた古刹(こさつ)が、なんと今、増田こうすけ『ギャグ漫画日和』(現在の題は『ギャグ漫画日和GB』、以下『ギャグ漫画日和』/集英社)とのコラボイベントを開催しています。期間は6月5日~9日までです。 四天王寺×ギャグマンガ日和コラボのポスター(四天王寺活動報告ブログより引用) 告知ポスターには『ギャグ漫画日和』の聖徳太子が、ジャージではなく本家の聖徳太子の装いで登場。まさか「本家」の聖徳太子と「飛鳥文化アタック」をする方の聖徳太子がこのような形でコラボするとは、誰も予想できなかったのではないでしょうか。 一体なぜこの企画が実現したのか? ねとらぼ編集部では、四天王寺に取材を行い、今回のコラボの経緯を聞きました。 四天王寺×ギャグマンガ日和コラボのポスター裏面(

              聖徳太子ゆかりの寺に「ギャグマンガ日和」のダンボール迷路が爆誕 四天王寺にコラボの経緯を聞いてみた
            • 中原 鼎(皇室・王室ライター) on Twitter: "四天王寺が聖徳太子以来初めて閉鎖したり、多度大社で「上げ馬神事」が織田信長の焼き討ち以来の中止になったりと、コロナ禍で宗教活動が全国的に縮小しているが、その一方で面白いことにすっかり忘れ去られていたような疫病退散の祭礼などが復活してもいる。少しだけだが集めてみた。"

              四天王寺が聖徳太子以来初めて閉鎖したり、多度大社で「上げ馬神事」が織田信長の焼き討ち以来の中止になったりと、コロナ禍で宗教活動が全国的に縮小しているが、その一方で面白いことにすっかり忘れ去られていたような疫病退散の祭礼などが復活してもいる。少しだけだが集めてみた。

                中原 鼎(皇室・王室ライター) on Twitter: "四天王寺が聖徳太子以来初めて閉鎖したり、多度大社で「上げ馬神事」が織田信長の焼き討ち以来の中止になったりと、コロナ禍で宗教活動が全国的に縮小しているが、その一方で面白いことにすっかり忘れ去られていたような疫病退散の祭礼などが復活してもいる。少しだけだが集めてみた。"
              • 【謹賀新年】四天王寺 元旦 日の出を拝んだ後、広島へ【新春の蝋梅】 - ものづくりとことだまの国

                新年明けましておめでとうございます。 今朝は早くから四天王寺さんに墓参りを兼ねてお詣りした後、奥さんの実家の広島市へ移動。 目次 四天王寺2022年元旦 亀の池 初日の出 寅年の始まりにふさわしい鮮やかな黄 蝋梅(ロウバイ) 本文 四天王寺2022年元旦 亀の池 初日の出 日の出の時間に四天王寺さんに到着。東の空が明るくなってきました。 四天王寺 西門 石鳥居(2022年 元旦) 四天王寺 西大門 向こうに五重塔 四天王寺 五重塔 初日の出直前 四天王寺亀の池 初日の出 直前 今は高い建物に囲まれて日の出の瞬間を見ることは難しいですが、間もなく日の出です。 2022年元旦。お日さまの光がこぼれてきました。 四天王寺 亀の池 初日の出 今日は新年でヤヤコシイこと(古代妄想)は申しませんが(笑)、亀の池の北西隅から新年の日の出を拝むことができましたね。。。 藤原京の醍醐池(古代都市の水鏡の方位

                  【謹賀新年】四天王寺 元旦 日の出を拝んだ後、広島へ【新春の蝋梅】 - ものづくりとことだまの国
                • 四天王寺の七ふしぎ(3)シン四天王寺の七不思議【どこ行った?巨大石棺のフタ】 - ものづくりとことだまの国

                  最近は、地元の上町台地の歴史の記事が多くなりました。 緊急事態宣言で、地元回帰したのもありますが、 もともと当ブログを始めた約一年前を一巡目とすると、二巡目の古代妄想に入っているからです。 庶民的な近づきやすさとともに、四天王寺さんには多くの謎が残されており、それらが私を惹き付ける魅力です。 四天王寺 五重塔(2012年11月撮影) 開物発事版、シン(新)四天王寺の七不思議のページを作ってみました。 あちこちにリンクを張るとややこしいので、各テーマのリンクページは考察(古代妄想)最新版オンリーにしました。その流れで、記事内リンク先、各記事のタイトル下のカテゴリーをクリック、または、PC版なら右サイド、スマホ版なら記事下のテーマバナーをクリックして、興味のありそうな記事を探してください。 なお、当ブログの読み方を、あらためて紹介しておきます。★マークの数は私の古代妄想の程度を表しています。

                    四天王寺の七ふしぎ(3)シン四天王寺の七不思議【どこ行った?巨大石棺のフタ】 - ものづくりとことだまの国
                  • 【四天王寺 極楽浄土の庭】水辺と夕陽の桜 - ものづくりとことだまの国

                    はじめに 大阪四天王寺さんの #極楽浄土の庭。庭園内の #荒陵稲荷大明神 #八角亭。見学後は境内の #弁天池 #丸池(#鏡池) で見ごろの桜を堪能 目次 極楽浄土の庭と荒陵稲荷大明神・八角亭 四天王寺境内の桜 本文 極楽浄土の庭と荒陵稲荷大明神・八角亭 大阪 四天王寺さんの東北隅に、極楽浄土の庭(有料ゾーン)があります。十数年ぶりに見学。 四天王寺 極楽浄土の庭 庭園内の荒陵稲荷大明神(あらはかいなりだいみょうじん)。 四天王寺 極楽浄土の庭 荒陵稲荷大明神 案内要約)古くは四天王寺の境内に稲荷社・吒枳尼(だきに)社が数ケ箇所祀られていましたが、明治の廃仏毀釈や昭和大空襲で焼失し、唯一残ったのが北東隅、いわゆる鬼門鎮守の荒陵稲荷で、この地に焼失した稲荷と吒枳尼が合祀されました 正面中央が稲荷社、向かって左に吒枳尼天(だきにてん) 吒枳尼天には、弁天さまの社でときどき見かける白蛇の置物が供え

                      【四天王寺 極楽浄土の庭】水辺と夕陽の桜 - ものづくりとことだまの国
                    • 四天王寺さん境内 熊野街道 【開物発事おススメ】歴史散策コース - ものづくりとことだまの国

                      京阪天満橋駅の南側、土佐堀通に面した永田屋昆布本店の店頭で「八軒家」という非売品の冊子をいただけます。 永田屋昆布本店 大阪市中央区天満橋京町 その中に。。。「難波往古図」をもとに描かれた熊野古道曼荼羅。 かつて存在した渡辺橋のたもと、クボ津(窪津)の八軒屋の船着き場は上町台地の熊野街道の出発点ですが、ここからまっすぐすすむと四天王寺さんがあるイメージが描かれています。 熊野古道曼荼羅(久保田晃画、永田屋昆布店さん謹製・八軒屋) このイメージは正確で、先日紹介した四天王寺の伽藍の中心点(転法輪石)を真北にたどると、窪津・八軒屋の船着き場(永田屋昆布本店さん)あたりを指しています。 この絵を見て、実際の地図を見ているうちに、四天王寺さんの伽藍が東に約3度、傾いていることに気がついたのです(ありがとう!) www.zero-position.com 大阪市内 熊野街道 観光ルート地図 http

                        四天王寺さん境内 熊野街道 【開物発事おススメ】歴史散策コース - ものづくりとことだまの国
                      • 【四天王寺庚申堂】四天王寺の南 日本最初の庚申尊出現の地 - ものづくりとことだまの国

                        はじめに 四天王寺の南大門を出てまっすぐ5分で #四天王寺庚申堂。『日本最初の庚申尊出現の地』を標ぼう。江戸時代には京都の八坂庚申堂、江戸の入谷庚申堂(小野照崎神社)とともに日本三庚申に数えられていたそう #三猿 #庚申信仰 は #天台宗 目次 四天王寺庚申堂(大阪市天王寺区堀越町) 四天王寺庚申堂 境内 アラハバキ解 第53章公開 アラハバキ解(10)生駒の大鳥とヤタガラス 本文 四天王寺 南大門 四天王寺庚申堂(大阪市天王寺区堀越町) 【左写真】庚申堂の東門は、四天王寺からの通りの坂の途中にあって、写真のように右(北)左(南)で少し傾斜があります。 四天王寺庚申堂 左)東門、右)南門 【右写真】南門はその坂を下った所ですが、門前の通りは、和気清麻呂(わけのきよまろ)が上町台地の東側の河内の水を、西の難波津(大阪湾)に向かって流すための開削工事(結果的に失敗)のこん跡です。 なので、堀越

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                        • 【聖徳太子の創建以来初】四天王寺さん しばしの別れ【4月10日から期間未定で閉堂】 - ものづくりとことだまの国

                          先日、住吉さんが4月8日から『閉門』するのを聞き、大阪にも非常事態宣言が出たこともあり、何かあるのかなと思っていたが、 www.sumiyoshitaisha.net 四天王寺さんも4月10日(金曜日)から期間未定で『閉堂』する 四天王寺さん 4月10日から閉堂のお知らせ(左看板) 四天王寺さん 4月10日から期間未定で閉堂のお知らせ ニュースをみたら『聖徳太子が6世紀に創建して以来初』の歴史的なことだそうだ(創建593年、推古天皇元年、日本書紀) 住吉さんのような、そもそも境内への入場ができなくなる閉門と、境内には入れるが各お堂の門が閉じられている閉堂とは、ニュアンスがやや異なると思うが、急なことで寺に直接確認した訳ではないので『文字通り』でお伝えしておく。 ***** 昨日(4月7日)と今日(同8日)は、たまたま四天王寺さんの近くに用事があった。 昨日の夕陽の時間はちょうど、金堂と五重

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                          • 四天王寺 伽藍 傾むいた方位の謎(2)見えてくる日本最初の神仏習合のカタチ★ - ものづくりとことだまの国

                            四天王寺の伽藍が、真北ではなく、西に約3度傾いている、という前回記事。初めての方はそちらからご覧ください。 www.zero-position.com 四天王寺(伽藍)は夕陽を拝む鳥居を基準に設計されていた★ 古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE もったいぶらずに先に答えを書きましょう(いつもの古代妄想ではありません。笑) 伽藍という文字通り、動かぬ証拠がありますので、結論は『四天王寺(伽藍)は夕陽を拝む鳥居を基準に設計されていた』です。 四天王寺(伽藍)は 夕陽を拝む鳥居を基準に設計されていた ご存知の方もいると思いますが、四天王寺(伽藍)の『核心』は金堂前の転法輪石(てんぽうりんせき)です。 なぜ核心かと言いますと、転法輪=お釈迦様の教え、であり、その象徴物が転法輪石だからです。 金堂前の転法輪石 転法輪石を(座標の)原点に、ヨコ軸の方

                              四天王寺 伽藍 傾むいた方位の謎(2)見えてくる日本最初の神仏習合のカタチ★ - ものづくりとことだまの国
                            • 【四天王寺 番匠堂】千四百年、絶えることなく受け継がれた古代の建築技術【日本最古の会社 金剛組】 - ものづくりとことだまの国

                              はじめに 縄文以来の木造建築技術。そこに渡来の技術が融合して #四天王寺 は建立され、今もなおその匠の技術は伝え続けられています。#番匠堂は #宮大工(番匠)の人々の叡智とたゆまぬ努力を顕彰するお堂。日本最古の会社 #金剛組 目次 四天王寺 番匠堂 日本最古の会社 金剛組 アラハバキ解 第45章公開 アラハバキ解(6)三輪山のサイノカミ空間 本文 四天王寺 番匠堂 四天王寺境内の東側、以前紹介した牛王尊(記事中リンク)のすぐ近くに番匠堂(ばんしょうどう)。 番匠とは木造建築も行う古代の建築家のことで、今では、宮大工(みやだいく)さんのことを言います。 四天王寺 番匠堂 向こうにあべのハルカス 私が小学生の遊び場の頃にはなかったですから、昭和50年代に建立(再建?)されたものと記憶しています。 幟の奉納が金剛組になっていますね。 金剛組は敏達天皇(第30代)の時代(578)に、百済から招かれ

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                              • 大和川まで早朝【熊野詣】20キロウォーキング【四天王寺~住吉大社~大和川】 - ものづくりとことだまの国

                                ダイエットで始めたウォーキング。先々週から週末は大和川コースに。往復で20キロ超、まだ暗い早朝に出発して昼前に家に帰るロングコース。朝の景色を紹介します。 目次 四天王寺さん(家から2キロ) 天王寺駅 あべのハルカス(家から3キロ) 阪堺(はんかい)上町線 東天下茶屋駅付近(家から5キロ) 万代池(まんだいいけ)付近(家から7キロ) 住吉さんあたり(家から8キロ) 遠里小野あたり(家から9キロ) 大和川(家から10キロ) 本文 四天王寺さん(家から2キロ) 夜明け前の四天王寺さん。亀の池を石舞台から。 東の空のひときわ明るい星は、明けの明星(金星)。 四天王寺 亀の池 金堂と五重塔、右の上空に明けの明星 天王寺駅 あべのハルカス(家から3キロ) 天王寺駅 あべのハルカス 人の少ない早朝のJR天王寺駅コンコース あべのハルカスから阿倍野筋に下りてゆきます…ウォーキングコース中、唯一歩かない約

                                  大和川まで早朝【熊野詣】20キロウォーキング【四天王寺~住吉大社~大和川】 - ものづくりとことだまの国
                                • 四天王寺さん うら盆会 万灯供養 - ものづくりとことだまの国

                                  はじめに 四天王寺さんの #うら盆会(盂蘭盆会)#万灯供養(8月9日〜8月16日)に行って来ました。 目次 四天王寺さん うら盆会 中心伽藍の万灯供養 夜店の景色 本文 四天王寺さん うら盆会 四天王寺さんのうら盆会(盂蘭盆会)の万灯供養に行ってきました。 四天王寺さん 西門 石鳥居 四天王寺 五重塔と金堂 弘法大師さんとあべのハルカス。 奥さんと私のご先祖様の関係で、四本のローソクを立てます。 万灯供養にお供え花するローソク 中心伽藍の万灯供養 通常は、ローソクを持って伽藍に入って、それぞれ好きなところにローソクを立てるのですが、去年・今年と、伽藍には一般は立ち入りできないため、入口の受付にローソクを渡して、少し離れたところから火がともるのを見守ります。 ゆらゆらと動くローソクの炎をみつめ、立ちのぼる煙を見送ります。 金堂と五重塔に、あべのハルカスを加えた、現代の伽藍の景色。 万灯に照ら

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                                  • 【難波宮 初日の出と月】あけましておめでとうございます【四天王寺 謹賀新年】 - ものづくりとことだまの国

                                    四天王寺 西大門 謹賀新年 明けましておめでとうございます。 いつもご覧いただきありがとうございます。皆様にはよい2021年でありますことを。 ***** 元旦。初日の出前。東の難波宮の空。西の空には月(法円坂交差点歩道橋より) 東の難波宮の空。西の空に月(日の出直前と直後。法円坂交差点歩道橋) 元旦・月の入りと初日の出(大阪歴史博物館前の広場) パノラマ撮影(北向き)。元旦・月の入りと初日の出(大阪歴史博物館前の広場) パノラマ撮影(南向き)。元旦・月の入りと初日の出(難波宮太極殿跡) 難波宮は、日本の歴史上はじめての神仏習合の京(みやこ)。太極殿の東北と西北に八角殿。東北の八角殿跡は鉄筋で復元されています。 左)難波宮太極殿跡、右)八角殿跡 今朝の大阪市は零度前後。(難波宮公園) 難波宮公園 今年も古代妄想にお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。 ポチっとお願い アラハバキ解・汎

                                      【難波宮 初日の出と月】あけましておめでとうございます【四天王寺 謹賀新年】 - ものづくりとことだまの国
                                    • 【四天王寺 西大門】雨と風に揺れる灯篭【盂蘭盆会 うらぼんえ】 - ものづくりとことだまの国

                                      去年のお盆も今年の正月も、帰省できなかった奥さんと子供らは広島にお盆の帰省(全員、先月末までにワクチン接種完了&直前のPCR検査で陰性) で、今年は一人静かにということで、万灯ローソクを立てに、四天王寺さんの盂蘭盆会(うらぼんえ)に。 風に揺れる盂蘭盆会の灯篭 四天王寺 西門(さいもん)石鳥居 盂蘭盆会の灯篭 四天王寺 西大門 四天王寺 西大門 四天王寺 西大門 盂蘭盆会の灯篭 四天王寺 西大門 盂蘭盆会の灯篭 四天王寺 西大門 盂蘭盆会の灯篭 例年、伽藍の並ぶ境内に入場して、万灯のローソクに照らし出される五重塔と金堂を期待してたんですが、大雨のため、境内への門は閉じられ「◯◯家先祖代々霊」と書いたローソクに火を灯すこともなく、受付所に預けて帰るだけとなりました。 四天王寺 五重塔と金堂 www.zero-position.com 西大門の四面の壁画 西大門には四面の壁画が描かれています。

                                        【四天王寺 西大門】雨と風に揺れる灯篭【盂蘭盆会 うらぼんえ】 - ものづくりとことだまの国
                                      • 【四天王寺】百年に一度 結縁綱の張られた聖霊会【聖徳太子 千四百年忌】 - ものづくりとことだまの国

                                        はじめに 4月22日は #聖徳太子 の御命日。令和四年の今年は #千四百年忌 にあたり #四天王寺 では大法要が行われます 目次 令和四年 四天王寺 聖霊会(しょうりょうえ) 天王寺楽所(てんのうじがくそ)による雅楽と舞楽 聖霊会の様子(百年に一度の結縁綱が張られています) 本文 令和四年 四天王寺 聖霊会(しょうりょうえ) 4月22日(本日)、四天王寺さんでは令和四年の聖霊会(しょうりょうえ)。 令和四年 四天王寺 聖霊会(しょうりょうえ) 太子の命日(旧暦2月22日)の大法要で、今年は、聖徳太子千四百年御聖忌慶讃大法会の結願となり、通常よりも規模の大きな行事となるそうです。 四天王寺の六時堂と石舞台で、天王寺楽所(てんのうじがくそ)*1による舞楽と四天王寺僧侶による声明が奉納されます 開始は正午頃、終了は午後8時頃の長丁場(この記事を書いている間も進行中です) 天王寺楽所(てんのうじが

                                          【四天王寺】百年に一度 結縁綱の張られた聖霊会【聖徳太子 千四百年忌】 - ものづくりとことだまの国
                                        • 【土塔神社跡】四天王寺七宮の一社跡 仁王碑が見守る基壇【超願寺境内 竹本義太夫墓所】 - ものづくりとことだまの国

                                          はじめに 四天王寺の南大門から徒歩五分。#四天王寺七宮 の一社 #土塔神社跡 は #土塔山超願寺 境内。蘇我馬子の子・慧観が聖徳太子から賜った経や舎利を納める三重塔を建て防火のため土で固めたのが名の由来。#人形浄瑠璃 の #竹本義太夫墓所 もあります #九曜紋 目次 四天王寺七宮 土塔神社跡(大阪市天王寺区大道、超願寺) 竹本義太夫墓所 アラハバキ解 第44章公開 ヤマト創世記 三輪山と纏向 本文 四天王寺七宮 聖徳太子(厩戸皇子)が四天王寺を創建する際の守護神として北斗七星を描くように並べたという説がありますが、実際に地図にプロットしてみると北斗七星のカタチはありません。 (現存しているのは大江神社、堀越神社、久保神社、河堀稲荷の4社。三社は大江神社に合祀されています。) 左)グーグルマップ版、右)色別標高図版(濃い青色は創建時は低湿地・潟) 右の色別標高地図のプロットでは、四天王寺の創

                                            【土塔神社跡】四天王寺七宮の一社跡 仁王碑が見守る基壇【超願寺境内 竹本義太夫墓所】 - ものづくりとことだまの国
                                          • 【四天王寺・亀の池】季節を観る 古代の水鏡のカレンダー【藤原京・醍醐池】 - ものづくりとことだまの国

                                            はじめに 先日は #夏至。一年で一番日が長く高い日でした。私たちのご祖先様は太陽の動きで季節を計るために #水鏡のカレンダー を利用したようです #四天王寺亀の池 #藤原京醍醐池 #二十四節気 #春分 #秋分 #冬至 目次 藤原京・醍醐池 四天王寺・亀の池 本文 藤原京・醍醐池 去年の10月に、藤原京からヤタガラス(大鳥)が見えるお話をしました。 藤原京大極殿(内裏)北に隣接する方形の醍醐池の北東角に立つと、ちょうど、南西角の向こう、葛城山と金剛山の間の水越峠(みずこしとうげ)に、畝傍山山頂が重なり、大きな鳥が羽根を広げた姿を見ることができます。 そして 冬至の日に、あの大鳥(ヤタガラス)の頭に太陽が沈みます。 つまり醍醐池の対角線は、冬至と夏至の日の出・日の入の方位を計ることができるのです。 藤原京北、醍醐池の北東角から畝傍山を見る www.zero-position.com 醍醐池は、

                                              【四天王寺・亀の池】季節を観る 古代の水鏡のカレンダー【藤原京・醍醐池】 - ものづくりとことだまの国
                                            • 【石清水八幡宮(8)】古神道で最重視された太陽が霊水と交わる方位【四天王寺】 - ものづくりとことだまの国

                                              はじめに 日本の古神道は #稲作弥生時代 が起源でしょうか。#弁天信仰 の由緒を伝える #京舞 #竹生島 は #水と太陽の祭祀 の聖地の「古くて忘れられた繋がり」を暗示しています #石清水八幡宮 #四天王寺 目次 幽玄の世界 京舞・竹生島(ちくぶじま) 四天王寺 水の祭祀・太陽祭祀のこん跡 石清水八幡宮 水の祭祀・太陽祭祀のこん跡 本文 幽玄の世界 京舞・竹生島(ちくぶじま) 今年になって石清水八幡宮を参拝し、当ブログで紹介するきっかけになったのが、京舞の竹生島(ちくぶじま)。 www.zero-position.com 大阪の四天王寺を発ち、石清水八幡宮、志賀の寺を経て、竹生島に参るという 淀川を遡る弁天様探訪紀。 京舞・竹生島の弁天様探訪記で登場する信仰の地の直線的な関係 京舞は、男性が演じる能(謡曲)の女性版ともいうべき芸術で、(現代ではほとんど忘れられた)日本の古い神々への信仰や由

                                                【石清水八幡宮(8)】古神道で最重視された太陽が霊水と交わる方位【四天王寺】 - ものづくりとことだまの国
                                              • 【四天王寺 石神堂牛王尊】菅原道真公とご眷属の牛の話(後半)【道明寺天満宮】 - ものづくりとことだまの国

                                                はじめに 菅公のご眷属が牛、それも #臥牛 である理由2回目。少し京都・北野天満宮から離れて、大阪の #道明寺天満宮 #道明寺(土師寺) 四天王寺 #石神堂牛王尊 で考えました。 #菅原道真公 の祖先 #土師氏 は古代の建築土木の総合請負業であることからの考察 目次 土師氏(はじし)について 土師氏の土木技術の凄さ 四天王寺の牛王尊 石神堂 本文 北野天満宮シリーズ(3)・前回の続きです。 www.zero-position.com 土師氏(はじし)について 菅公は土師氏の子孫として知られています。つまり土師氏の祖・野見宿禰(野見宿祢、のみのすくね)の嫡流子孫となります。 ご存じの通り、野見宿禰公は弥生末期の出雲の人で、埴輪造りと相撲の祖でもあります。 本ブログでもたびたび取り上げてきましたので、興味のある方はご覧ください。 www.zero-position.com ***** 土師氏(

                                                  【四天王寺 石神堂牛王尊】菅原道真公とご眷属の牛の話(後半)【道明寺天満宮】 - ものづくりとことだまの国
                                                • 【百年の歴史に幕】新世界・道頓堀 づぼらや閉店【四天王寺 紫陽花 亀の池】 - ものづくりとことだまの国

                                                  今日は毎月1回の四天王寺方面のクリニックに通いの日。小雨が降る中、古代妄想散策を兼ねてウォーキング。 ゴールデンウィークの引っ越しで、四天王寺には、今まで西門(さいもん)から入っていたのが、東門から入るコースに。 四天王寺境内の紫陽花 紫陽花の向こうが亀の池 雨の日は、亀たちも甲羅干しはせず水の中。 四天王寺 亀の池 六時堂 づぼらや閉店 通院後、西門から逢坂を降りて新世界まで。 昨日、新世界と道頓堀の老舗のふぐ料理店・づぼらやが、創業百年目(1920年創業)にして閉店するニュースが飛び込んできました。 ふぐの大提灯は、大阪観光のシンボルとして目にした人も多いと思います。 新世界 づぼらや本店 大提灯 コロナ騒動で4月から閉店を余儀なくされ、インバウンド客も激減。 再開後の見込みが厳しくそのまま閉店することが決まったそう。 広島の義父が大好きで、子供らが小学生のころ、来阪するたびに『おごり

                                                    【百年の歴史に幕】新世界・道頓堀 づぼらや閉店【四天王寺 紫陽花 亀の池】 - ものづくりとことだまの国
                                                  • 四天王寺七宮は地上に描かれた古代のハザードマップ★ - ものづくりとことだまの国

                                                    まとめ 四天王寺 には『七』の話がいくつかあります。#聖徳太子 の #七星剣 #七不思議 など。#四天王寺七宮 は寺を守るため創建時からあったと伝えられます。当時の #古代上町半島 の地形を考えれば、七宮が配置された理由、そして日本の神様の役割が見えてきます #ハザードマップ 本文 四天王寺には『七』という数字にまつわる話がいくつかあります。 例えば、聖徳太子の七星剣(七星文=北斗七星の文様のある鉄剣)、四天王寺の七不思議(伝承、数パターン)、そして四天王寺七宮。 七星剣(四天王寺所蔵)現在は東京国立博物館に寄託 写真はWiki 四天王寺七宮(してんのうじしちみや) 大阪市HPより)四天王寺七宮は、聖徳太子が四天王寺を創建した際に、その外護として近辺に造営された神社群である。 大江神社、上之宮神社、小儀神社、久保神社、土塔神社、河堀稲生神社、堀越神社の7つで、これらの神社を産土神(うぶすな

                                                      四天王寺七宮は地上に描かれた古代のハザードマップ★ - ものづくりとことだまの国
                                                    • 【幻の元四天王寺】古代の海と河が接する所 信仰の中心地 森の宮あたり【鵲森宮 古地図 】 - ものづくりとことだまの国

                                                      鵲森宮(かささぎもりのみや、森の宮神社)の社務所で、宮司さんに話をお聞きしている時、平安後期、鵲森宮が描かれたという古地図を見せていただき、了解の上、撮影させていただいた(上が東、左が北、右が南の地図) 参詣者からよく話を聞かれるので、説明のために用意しておられる地図とのこと。 鵲森宮 社務所で撮影『承徳九年(1098年)平安後期 堀河天皇』とされる地図 古地図の鵲森宮あたりを拡大した。 鵲森宮あたりを拡大した古地図 要点(核心)をまとめると ● 鵲森宮は「玉造」の北側に描かれており、ほぼ現在地にあたり、 ● 北側に「用明天王」聖徳太子のお父上の名が書かれた建物。千木があるので神社の社殿(現存しない) ● さらに北側に「天王寺跡」 天王寺跡は「元四天王寺」のことと鵲森宮では伝えている。おそらくその根拠(のひとつ)がこの地図なのだろう。 四天王寺は古くは荒陵(あらはか)と呼ばれた現在地(大阪

                                                        【幻の元四天王寺】古代の海と河が接する所 信仰の中心地 森の宮あたり【鵲森宮 古地図 】 - ものづくりとことだまの国
                                                      • 【住吉大社と四天王寺】摂津・河内平野・二本の【太陽の道】が指すところ① - ものづくりとことだまの国

                                                        はじめに ここ最近、摂津・河内平野を東西に通る #住吉大社ライン #四天王寺ライン 二本の #太陽の道 を紹介しました。歴史的には #住吉大社 が古墳時代中期、#四天王寺 が飛鳥時代初頭の創建(建立)二本のラインを辿ってゆくと #明石海峡 目次 摂津・河内平野 二本の太陽の道 大阪城から生駒の大鳥(天照山) 二本の【太陽の道】が指すところ 本文 摂津・河内平野 二本の太陽の道 【摂津・河内平野の太陽の道① 住吉大社ライン】 住吉大社(第一~第三本宮)~天照大神高座神社~信貴山(山頂)はほぼ同緯度で、東西につながります。 www.zero-position.com 【摂津・河内平野の太陽の道② 四天王寺ライン】 精密な緯度としてはズレますが、四天王寺は東の日が昇る生駒の大鳥(天照山)を意識して建立されています。 www.zero-position.com www.zero-position.

                                                          【住吉大社と四天王寺】摂津・河内平野・二本の【太陽の道】が指すところ① - ものづくりとことだまの国
                                                        • 【新説・四天王寺】熊野のこん跡 『あしかき』三首の考察【道標神・クナト信仰】 - ものづくりとことだまの国

                                                          はじめに 『難波津や ふるき昔の あしがきも まちかきものを 転法輪所』鎌倉時代、#四天王寺 #転法輪石 を詠んだ #慈円(愚管抄の著者、天台座主)の詩。#あしがき の解釈がたいへん難しい。#クナト信仰 #熊野詣 #道標の信仰 新カテゴリー #新説四天王寺 目次 古い四天王寺の風景の中に-『あしがき』三首 ① 葦垣(あしかき)の 隈処(くまと)に立ちて我妹子(わがせこ)が 袖(そで)もしほほに 泣きしぞ思はゆ ② 難波津や ふるき昔の あしがきも まちかきものを 転法輪所(この寺を おかむしるしの石の上に かたく契を むすびけるかな) ③ 難波がた 入りにし日を ながむれば よしあしともに 南無阿弥陀仏(後鳥羽上皇) 『あしがき』=古い。。。しかし 『あしがき』のもうひとつの意味、隈処(くまと) アラハバキ解 第31章公開 稲荷信仰の発展 本文 古い四天王寺の風景の中に-『あしがき』三首

                                                            【新説・四天王寺】熊野のこん跡 『あしかき』三首の考察【道標神・クナト信仰】 - ものづくりとことだまの国
                                                          • 【四天王寺 守屋祠】毎月22日 太子御命日にお詣り 新たな謎【願成就の宮】 - ものづくりとことだまの国

                                                            はじめに 毎月22日、太子の月命日 #四天王寺 聖霊院(太子殿) が開放されます。境域に #守屋祠 とも云われる #願成就の宮。#物部守屋 御霊のほか #弓削小連 #中臣勝海連 を祀ります。#太子と馬像 #熊野権現 #布袋 目次 毎月22日太子の御命日に開放される聖霊院の境内 願成就の宮・守屋祠 さらなるナゾ 本文 前回の続き。 www.zero-position.com 毎月22日太子の御命日に開放される聖霊院の境内 聖霊院の太子堂(八角の奥院は戦後再興)側から伽藍を撮影しました。 金堂の壁の「鷹のとまり木」(緑の鳥居型)がこちらを向いています。 聖霊院・太子堂(八角の奥院)から四天王寺伽藍 奥院のそばに太子と馬像(おそらく黒駒)が納められた祠があります。 子どもの頃、このあたりは遊び場で、祠ものぞき込めたのですが、今は近寄ることができません。 太子と馬像が納められた祠 祠の向こうの柳に

                                                              【四天王寺 守屋祠】毎月22日 太子御命日にお詣り 新たな謎【願成就の宮】 - ものづくりとことだまの国
                                                            • 【四天王寺から御勝山古墳の謎を追って】仁徳天皇 茨田堤の業績に繋がるこん跡【いばらの社】 - ものづくりとことだまの国

                                                              はじめに おそらく #御勝山古墳 の遥拝所であったと推理される『いばらの神』。古くは #仁徳天皇 の『的殿、まとどの』という名の宮(御館)があったと伝えられます #日本古代の土木工事 #茨田堤 #古代河内湖 目次 御勝山古墳(被葬者不明、古墳時代中期)前回 御勝山古墳付近。茨神社通りと御館神社旧跡(いばらの神) いばらの神伝承碑(仁徳天皇の御館、的殿) アラハバキ解 第41章公開 ヒスイのものづくり史(5)河内期・物部氏の興隆と難波玉作部 本文 御勝山古墳(被葬者不明、古墳時代中期)前回 四天王寺伽藍中心の #転法輪石 春分・秋分に日の出・日の入の方位を指します。東の日の出ライン上に #物部守屋祠。さらに1.8キロ先に #御勝山古墳(後円部の墓域中心) 四天王寺 転法輪石 春分・秋分の日の出の方位に御勝山古墳 www.zero-position.com 文字起こし)(大阪府史跡)上町台地の

                                                                【四天王寺から御勝山古墳の謎を追って】仁徳天皇 茨田堤の業績に繋がるこん跡【いばらの社】 - ものづくりとことだまの国
                                                              • 【四天王寺】青龍伝承 水は東に流れる【見えない川、地下水脈のヒミツ】 - ものづくりとことだまの国

                                                                目次 上町半島の巨大地下水脈(南北) 四天王寺の地下水脈(東西)と龍穴 桜の季節の丸池と弁天池 中心伽藍の『龍の井戸』 要約 上町台地(古代上町半島)は北の #大阪城 を頭に、南の #住吉大社 まで下る巨大な地下水の流れ #龍の水脈 があるのですが #四天王寺 あたりは龍の背から東西に流れています。このうち境内は西から東への流れに沿って #鏡池 #亀の池 #弁天池 が並んでいます #青龍伝承 #龍の井戸 本文 上町半島の巨大地下水脈(南北) 古代上町半島は、北の大阪城を頭に、南の住吉大社(尻尾)まで、ゆるやかに下る巨大な地下水の流れ(龍の水脈)があります。 www.zero-position.com 四天王寺の地下水脈(東西)と龍穴 四天王寺境内にはその水脈が現れた所(龍穴、りゅうけつ)があり、そのひとつが丸池(またの名を鏡の池)です。 写真のお地蔵さんは、東向き、亀の池の方を向いています

                                                                  【四天王寺】青龍伝承 水は東に流れる【見えない川、地下水脈のヒミツ】 - ものづくりとことだまの国
                                                                • 春のお彼岸 人静か・色鮮やかな四天王寺さん【ブログに書いて断捨離中】 - ものづくりとことだまの国

                                                                  春のお彼岸、四天王寺さん 春分の日。いつもの四天王寺さんはお彼岸の露店で賑わうが、今年は例の件で、出店もなく、人出も少ない。 創健者の聖徳太子の命日は2月22日、弘法大師(空海)は3月21日で、春のお彼岸は聖徳太子さんの月命日、お大師さんの祥月命日と重なる。 大師堂 弘法大師像 見つめる先に五重塔 お彼岸の期間中、中心伽藍は無料解放される。 四天王寺 中門から五重塔 熊野詣で(熊野御幸)は、京都伏見あたりから舟で淀川を下り、大阪天満橋の八軒家で上陸、 上町台地を通る熊野街道を、ここ四天王寺まで下り、礼拝石のある所から住吉大社、仁徳天皇陵(堺市)を経由して、和歌山県田辺市に至り、そこから山中、熊野三山に参る(熊野街道~紀伊路~中辺路) 四天王寺中門 向こうに南大門と熊野権現礼拝石 熊野権現礼拝石 熊野街道が続く 五重塔と中門(仁王像)は、一年前に補修・改装され、彩色が鮮やか、照り返しによく映

                                                                    春のお彼岸 人静か・色鮮やかな四天王寺さん【ブログに書いて断捨離中】 - ものづくりとことだまの国
                                                                  • 【纏向遺跡(弥生時代)】古代太陽祭祀『太陽の道』共通するこん跡【四天王寺(飛鳥時代)】 - ものづくりとことだまの国

                                                                    はじめに 先日紹介した #纏向遺跡居館跡 は正式には(考古学では)#辻地区の建物群 と言うそう。三棟の建物跡の中心線は西に約5度傾いています。四天王寺の中心伽藍は西に約3度傾いており地図で比べてみました。#春分と秋分 #太陽の道 目次 纏向遺跡居館跡(辻地区の建物群) 春分と秋分の「太陽の道」 纏向遺跡を基準とした「太陽の道」 本文 纏向遺跡居館跡(辻地区の建物群) 一番小さいのが「建物B」(西)、中央が「建物C」、一番大きいのが「建物D」と名付けられています。 纏向遺跡居館跡(辻地区の建物群)想像復元図(桜井市遺跡解説パンフレットより) 測量図に記載されているように、西側の大きな建物Dの南側の土坑(どこう)から 大量の桃のタネ が出土したのはよく知られていますね。 測量図の建物群の中心を通る赤い線は開物が引きました(真東と真西を結ぶ、水平線に対して-5度。西に約5度傾いています) 纏向遺

                                                                      【纏向遺跡(弥生時代)】古代太陽祭祀『太陽の道』共通するこん跡【四天王寺(飛鳥時代)】 - ものづくりとことだまの国
                                                                    • 大作!四天王寺さん 聖徳太子かるた 46種類 - ものづくりとことだまの国

                                                                      はじめに 今年は #聖徳太子 #千四百年遠忌 の年で #四天王寺 でも催しや企画。そのひとつ #聖徳太子かるた(全46種、税込1,500円、画 #川崎ゆきお さん)構想8年制作5年の大作!完成記念のパネル展を見学 目次 聖徳太子かるた完成記念 川崎ゆきおパネル展 聖徳太子と千四百年 アラハバキ解 第34章公開 猿田彦が天台の神猿に変えられた所 本文 聖徳太子かるた完成記念 川崎ゆきおパネル展 「あ」荒陵(あらはか)から始まるのがワタクシ的に感動!! 聖徳太子かるた 下は川崎ゆきおパネル展入場券 聖徳太子の生涯を、偉業とともに学べるかるた。知育かるた と書いてあります。(´▽`) 四天王寺のHP(検索:聖徳太子 かるた)には、『構想8年、イラストを川崎ゆきお先生に依頼してからは足掛け5年の歳月をかけて、とうとうこの度、完成に至りました。毎月ちょっとずつ、莫大な聖徳太子の資料をもとに執筆された

                                                                        大作!四天王寺さん 聖徳太子かるた 46種類 - ものづくりとことだまの国
                                                                      • 四天王寺の七ふしぎ【芦分舟】不思議じゃないけど不思議な話 - ものづくりとことだまの国

                                                                        四天王寺さんの七不思議。 そんな話があることを聞いたことはありますが、具体的に、どんな内容かくわしくなかったので、調べてみました。 ふたつ、ありました。 ひとつは江戸期の延宝三年(1675年)に刊行された『芦分舟、あしわけぶね』で紹介されているもの、 もうひとつは、上方落語『天王寺まいり』で、亡きイヌの供養に四天王寺に参る男の噺で語られているもの、です。 芦分船 四天王寺の七不思議 五重塔の黄金 『五重塔の露盤(屋根の上に乗っかっている正方形の台)は純金(エンブダゴン)千両で鋳造してあるので、永久に光り輝く』 サンスクリット語で『閻浮那陀金、えんぶだごん』と書くそうです。 コトバンクさんでは「その色は紫を帯びた赤黄色で,金のなかで最もすぐれたものとされる。経典にみられる香酔山(こうすいせん)の南、雪山の北に位置し無熱池(むねっち)のほとりにある閻浮樹林を流れる川から採取されるのでこの名称が

                                                                          四天王寺の七ふしぎ【芦分舟】不思議じゃないけど不思議な話 - ものづくりとことだまの国
                                                                        • 【四天王寺七宮の一社 久保神社】もうひとつの願成就宮 熊野大神の三柱 大岩小岩大明神 - ものづくりとことだまの国

                                                                          はじめに あらためて四天王寺の東の神社史跡を巡り始め。#四天王寺七宮 の一社 #久保神社。建立に際して守護神として創建。一帯が川底の窪地であったことからの名と伝承。謎がさらに深まる増えるお社 #もうひとつの願成就宮 #熊野大神の三柱 #大岩小岩大明神 目次 四天王寺七宮 久保神社(大阪市天王寺区勝山) 久保神社境内社 願成就宮とイワクラ アラハバキ解 第38章公開 ヒスイのものづくり史(2)弥生時代、出雲と高志 本文 四天王寺七宮 以前紹介した記事。 久保の社名はこのあたりが川底にあたる窪地であったからと言われている(上町台地の故事と史跡を訪ねて 夕陽丘、より) 四天王寺七宮(右は色別標高図、薄字は現存せず) www.zero-position.com 久保神社(大阪市天王寺区勝山) 久保神社は四天王寺の東、勝山(かつやま)と云われるところ(往年の高校野球ファンならご存知かも)興国高校(第

                                                                            【四天王寺七宮の一社 久保神社】もうひとつの願成就宮 熊野大神の三柱 大岩小岩大明神 - ものづくりとことだまの国
                                                                          • 【四天王寺さん】満開の桜をフレームに景色をキリトリ - ものづくりとことだまの国

                                                                            はじめに 大阪は久しぶりの晴天。日も長くなってきたので仕事帰りに #四天王寺 #花見。満開の桜をフレームに景色をキリトッテきました 目次 四天王寺さん 鏡池(丸池) 亀井不動尊、牛王尊(石神堂)あたり 亀遊嶋辯天堂(きゆうじまべんてんどう) 本文 四天王寺さん 鏡池(丸池) 亀の池の西側の鏡池。 丸い水鏡に桜を映します。 大阪四天王寺 鏡池 五重塔とあべのハルカス 桜が咲いてから、はじめての晴天。 春分を過ぎると、日に日に西日が強くなります。 桜をゆらめき映す水鏡。 乱れ咲く感じの桜もイイですね。 雀ちゃんが桜の蜜を吸っているのを見たのははじめて。 五重塔の下の左寄り…わかりますかね。 亀井不動尊、牛王尊(石神堂)あたり 亀井不動尊 牛王尊あたり 牛王尊は小さな祠ですが、聖徳太子以来の由緒とともに、石牛像(臥牛、がぎゅう。伏せる牛)を御神体として祀る珍しい祠。 石神堂ともいいます。 www

                                                                              【四天王寺さん】満開の桜をフレームに景色をキリトリ - ものづくりとことだまの国
                                                                            • 【新説・四天王寺】八十国の百隈来にし大寺や 往きて戻れぬ事のあるかも【難波津と防人の詩】 - ものづくりとことだまの国

                                                                              はじめに 万葉集巻二十 兵部省役人だった歌人 #大伴家持 選 #防人の詩 約九十首が掲載。徴兵された東国の人々が #難波の海 を見つめ前線に向かう自身と家族の行く末を案じた心情を詠います。その中に #四天王寺 にあったと推定される社のヒントがあるかも知れません 目次 白村江の戦いと防人の制 開物セレクト・防人の詩(万葉集巻二十より) 八十国(やそくに)は 難波に集ひ船かざり 我(あ)がせむ日ろを 見も人もがも 難波津に 装(よそ)ひ装(よそ)ひて 今日の日や 出でて罷(まか)らむ 見る母なしに 百隈(ももくま)の 道は来にしを またさらに 八十島(やそしま)過ぎて 別れか行かむ 庭中の阿須波(あすは)の神に小柴さし 我れは斎(いわ)はむ 帰り来(く)までに 葦垣(あしかき)の 隈処(くまと)に立ちて我妹子(わがせこ)が 袖(そで)もしほほに 泣きしぞ思はゆ 難波道(なにわぢ)を 行きて来(

                                                                                【新説・四天王寺】八十国の百隈来にし大寺や 往きて戻れぬ事のあるかも【難波津と防人の詩】 - ものづくりとことだまの国
                                                                              • 【新説・四天王寺】石神堂 御神体の正体【牛王尊】 - ものづくりとことだまの国

                                                                                はじめに 四天王寺、亀井堂の前の #石神堂 #牛王尊。お堂内には大小の臥牛像。大正期の境内図には #石神神社 と。その位置、横長形、大きさから、かつての御神体は境内にあった古墳時代の #長持型石棺蓋 で間違いなし 目次 四天王寺 牛王尊 石神堂 『大阪四天王寺案内誌』より 牛王(石神)の正体 本文 四天王寺 牛王尊 石神堂 四天王寺・宝物殿の北側、亀井堂の前の牛王尊。小堂の柱に石神堂の木札。 四天王寺 牛王尊 石神堂 牛の絵馬 ちょっと失礼して、お堂内の牛王さん。臥牛(寝そべった牛)の像が大小並べられています。南無大聖牛王尊。 牛王尊 この御堂は聖徳太子四天王寺御創建の時、その材木をひきたる牛伏(?)して石神となり永く衆生を利益せんとの誓願により建立せられたるもの也。いにしえより絵馬を奉納して祈願すれば速やかに心願成就す。特に腫物平癒を祈る人多し。御名号、南無大聖牛王尊と唱えて至心に念ずべ

                                                                                  【新説・四天王寺】石神堂 御神体の正体【牛王尊】 - ものづくりとことだまの国
                                                                                • 【新説・四天王寺】太陽祭祀のこん跡を探して 転法輪石の下にあるもの★★【御饌石と豊御食炊屋姫】 - ものづくりとことだまの国

                                                                                  はじめに 四天王寺で #推古天皇(#豊御食炊屋姫)の #太陽祭祀 のこん跡は見つかるのか。現在の中心伽藍に #アマテラス を祀る社があったのでは?と考え始めると寺域の西端に #石鳥居 がある意味が見えてきます 目次 四天王寺伽藍の核心としての転法輪石 転法輪石の下に埋まっているもの★★ 推古天皇・豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)の意味★★ 本文 四天王寺は金堂の救世観音像(ぐぜかんのんぞう)がご本尊。 (撮影禁止なので代わりに手持ち資料から法隆寺夢殿の観音像)法隆寺夢殿の秘仏・救世観音像は生前の聖徳太子(厩戸皇子、上宮法王)に生き写しとされ、また百済で出世した日羅(にちら)は太子を『救世観音の生まれ変わり』と称えました。 法隆寺 夢殿 救世観音像 四天王寺伽藍の核心としての転法輪石 今日はその話ではないのですが、四天王寺の 核心 は、金堂の前に埋め込まれた転法輪石(てんぽうりんせき)で

                                                                                    【新説・四天王寺】太陽祭祀のこん跡を探して 転法輪石の下にあるもの★★【御饌石と豊御食炊屋姫】 - ものづくりとことだまの国