安政四年、河内国石川郡赤阪村字水分の百姓城戸平次の長男として出生した熊太郎は気弱で鈍くさい子供であったが長ずるにつれて手のつけられない乱暴者となり、明治二十年、三十歳を過ぎる頃には、飲酒、賭博、婦女に身を持ち崩す、完全な無頼者と成り果てていた。 父母の寵愛を一身に享けて育ちながらなんでそんなことになってしまったのか。 あかんではないか。 町田康の長編小説「告白」の冒頭です。 客観的な事実の描写の後の、唐突な「あかんではないか」という主観の乱入。 この箇所で、わたしは「告白」が類い稀な傑作であることを確信しました。 「あかんではないか」、この一言に「告白」のすべてが集約されている予感がしました。 文章を書く場合、文体は重要な問題です。 何を書くのかとどのように書くのかは、同等の重さを持っていて、その文章を決定づけます。 「告白」が傑作であるのは、まずもってその文体が個性的で