はじめに 蠣崎波響は、江戸時代中期[1764~1826]を生きた松前藩家老であり、画人・文人としてもその足跡を残した人物である。 地方で活躍した芸術家ゆえ研究は遅々として進まず、ようやくその生涯と画業および(漢)詩業がつまびらかにされたと云う感がある。したがって、いまだ彼に対して正当な美術史的評価が与えられたとは考えにくい。 これには、中央画壇で活躍していない画人の美術的・美術史的価値を軽視する風潮や、波響作品それ自体の研究が充分になされていなかったことに起因するものと思われる。 とくに、現在、蠣崎波響の代表作とされる『夷酋列像』をめぐっての議論は、盲目的な礼讃ばかりが目立ち、作品の根源に迫る議論がなされていない状況下にあると云える。 『夷酋列像』が波響の代表作であり、波響作品のみならず、江戸時代絵画において最も異彩をはなっていると云うことに異論を差し挟む余地はない。 しかし、この作品がな