1960年代から70年代にかけての新宿はあらゆる文化が混在し、それらがあちらこちらで接触しては反応を起こすことによって、カオス的なエネルギーがほとばしっている状態にあった。 とくに演劇界では既存のシステムに異を唱える唐十郎の状況劇場、鈴木忠志・別役実の早稲田小劇場、歌人の寺山修司が旗揚げした劇団天井桟敷、蜷川幸雄・清水邦夫の現代人劇場、演劇集団変身から独立した外波山文明のはみだし劇場など、数多くのアングラ劇団が活動していた。 1969年に公開された大島渚監督の映画『新宿泥棒日記』には、気鋭のグラフィックデザイナーだった横尾忠則が主演し、唐十郎の芝居に即興で音楽を演奏するジャズ・ピアニストの山下洋輔も映し出されていた。 山下洋輔のトリオと状況劇場によるジョイント公演は、1967年2 月にジャズ・スポットのピットインで最初に行われた。 ジャズのライブが終わった後から芝居の仕込みが始まり、終電が