9月5日の孫明遠氏講演会に参加した。http://robundo.com/robundo/news/study-group5.htmlそもそもいわゆる明朝体のスタイルを中国では「宋体」と呼ぶことを知ったのは、何年か前に名古屋で開催された世界グラフィックデザイン会議でだった。それまでずっと明朝体と呼ばれているものだと。VISUALOGUE Daily Report「アジアの文字のゆくえ」http://www.visualogue.com/dailynews/1010/identity_j.html海外の宣教師によって中国にもたらされた明朝体は、やがて日本でブラッシュアップされ築地活版によって再び上海に戻り、築地体が大衆向けの書体として普及してしまう。やがて自分たちで作った「宋一体」*1も秀英体をベースにしているとあった。中国において、明朝体というスタイルは、あくまで外から来たものだったのか。