関川夏央さんから『家族の昭和』(新潮社)を送っていただいた。 向田邦子、幸田文、吉野源三郎、鎌田敏夫らの描いた「昭和の家族」像の変遷を関川さんらしい静かで滑舌のよい文体でたどったものである。 私はひさしく関川さんの文章のファンである(だから本学の客員教授も三顧の礼を尽くしてお引き受け願ったのである)。 この本の中では幸田文について書いた部分が圧倒的におもしろかった。 それはここに登場する人々が器量と雅致をバランスよく身につけることを当然の「理想」としていたからである。 明治以降でも、能力や寛仁を尊ぶ価値観は続いたが、生活の中の風雅を悦ぶ習慣は失われた。 現代人にとって「風雅」はただの「金のかかる装飾」「社会階層差を強調する文化資本」以上のものではない。 けれども、明治の文人の家では風雅は具体的に、身体的に、日常の挙措のうちに生きられていたのである。 幸田文は父露伴に家事について徹底的な訓練