呉氏は、小田氏が「単純な反戦派」ではない、つまり、「単純ではない」と指摘する。それを指摘する自分ももちろん「単純ではない」と言いたそうである。 では、呉氏が言う「単純ではない」とは、果たしてどういう意味なのだろうか? 実はそれは、非常に「単純」なのである。呉氏は、どういう意味で「小田は単純ではない」といっているのか? それはつまりこういうことだ。「小田は大東亜戦争の二面性を40年前に強調していた。だから、小田は二面性をもっていたのであり、単純ではなかったのだ」。呉氏は、小田氏の主張を引用しつつ、こう言う。 日露戦争でアジアの新興国日本が大国ロシヤを破ったことはトルコなどを力づけた。太平洋戦争(大東亜戦争)も、結果的には敗北であったが、日本の奮闘はアジア・アフリカ諸国の励みになった。 ここから見ると、呉氏が言う「大東亜戦争の二面性」とは、どうやら「大東亜戦争は良い面と悪い面の二面があった」と