1941年10月、モスクワ攻略を目指したタイフーン作戦が開始されます。 ソ連空軍はそれまでの大出血に加えてさらに激しい戦闘を受けて立たねばならず、相変わらずの損害を出し続けますが、ドイツ空軍にしてもこの攻勢は容易ではなく、作戦開始時の可動機比率は戦闘機58%、爆撃機40%という状況です。そんな中でも空襲は続けられ、地上攻撃も続行されます。出撃回数も段々と減り、地上部隊の進撃が停止する原因となっています。 けれどもそんな中で航空兵力の引き上げと転用が行われ、東部戦線から一個航空軍が姿を消します。先行きの暗い攻勢の真っ最中になぜ頼みの綱である航空兵力を引き上げたことは後から見れば大いに疑問ではありますが、この時点でドイツ空軍がソ連空軍に与えた累積損害からソ連空軍の活動はまもなく停止するだろうとの見通しがあり、航空兵力の地中海方面転用はその見通しに基づいて決定されています。 ドイツ空軍の航空支援