タグ

philosophyに関するtaketsのブックマーク (61)

  • ロックの政治思想:自然法と社会契約 (壺 齋 閑 話)

    国家の成立に先立って人間の自然状態を想定し、そこから社会契約によって国家あるいは政府というものが形成されると考える点で、ロックはホッブスの政治理論と似通った思想を抱いていた。しかし肝心なところで、ロックとホッブスとの間には相違がある。 まず人間の自然状態についての見方が、ロックとホッブスとでは180度異なっている。ホッブスは自然状態にある人間はそれぞれに自分の利害を勝手に追及する結果、人間相互の間で果てしのない闘争が生じると理解していた。そのような状態にあっては、人間は互いに対して狼となる、これがホッブスの基的な認識だった。つまり人間に関する性悪説である。 これに対しロックは、自然状態にある人間といえども決して無秩序や闘争のうちに生きているわけではないと考えていた。ロックはいう。 「地上に共通の優越者を持たずに、相互の間で裁く権利を持ち、人々が理性に従ってともに住んでいた状態が、正しく自

    takets
    takets 2009/03/01
    ロックとホッブズはバットマンとジョーカーの立ち位置に似ている。
  • Crow(カラス)

    Crow(カラス) ハゲワシ vultureやワタリガラス ravenとともに、腐肉をべるカラスは、北欧では、死の女神のシンボルとして共通していた。ヴァルハラの魔女たちは、ときに、人間をべる女性とされることもあったが、トーテムではワタリガラスやカラスの姿になることが多かった[1]。 英国とデンマークの神話には、クラケKrake(=カラス)という名前の魔女が出てくる。それはヴァルキューレのブリュンヒルデの娘であった。クラケは変身をよくして、美しい乙女になるかと思うと、老婆や怪物やカラスになることもあった。彼女はデンマークの王ラグナル・ロドブロク(皮の半ズボン)と結婚して、英雄シグルドを生んだ[2]。シグルドとはジークフリートと同一人物で、彼の神秘の恋人はヴアルキューレのブリュンヒルデであった。それは最古の時代の聖王権神話にある、あの複雑な近親相姦的関係であった。そこでまた。三相一体の女神

    takets
    takets 2008/09/21
    - カラスの象徴
  • 「ヨーロッパ文化」講義録 vol.14

    takets
    takets 2008/09/08
    - バフチンのところがおもろい。ほとんど「抗争する人間」の世界だわい。
  • なぜ「デリダ的脱構築」は不可能なのか? - 奴隷こそが慈悲を施さなければならない

    神話的暴力と神的暴力 「正義の門前:法のオートポイエーシスと脱構築」馬場靖雄 (http://www.thought.ne.jp/luhmann/baba/gj/gj00.html)を参照に、ベンヤミンの「暴力批判論」、デリダの「法の力」による暴力論を考える。 ベンヤミン「暴力批判論」では法の暴力を、「神話的暴力」と「神的暴力」に分けている。 ・神話的暴力・・・何らかの目的のために行使される暴力 法維持的暴力・・・現存の法秩序を再生産する 法措定的暴力・・・空白状態のなかから新たな秩序を立ち上げる ・神的暴力・・・何ものをも目的としない暴力 いっさいの領域で神話が神に対立するように、神話的な暴力には神的な暴力が対立する。しかもあらゆる点で対立する。神話的暴力が法を措定すれば、神的暴力は法を破壊する。前者が境界を設定すれば、後者は限界を認めない 「暴力批判論」 ベンヤミン 前者(神話的暴力)

    なぜ「デリダ的脱構築」は不可能なのか? - 奴隷こそが慈悲を施さなければならない
    takets
    takets 2008/09/03
    - 神的暴力について。
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    顔に見える?最近「送水口」が気になるという話 「送水口」が気になる今日この頃 最近街中で気になる存在、それがこの「送水口」です。地上のフロアが7階以上あるビルなど、一定の条件を満たした建築物には設置が義務付けられているもので、火事が発生したフロアにただちに水を送るために使われるものです。ポンプ車…

    はてなブログ | 無料ブログを作成しよう
    takets
    takets 2008/05/11
    - クリステヴァのアブジェクシオンついて。
  • ミハイル・バフチン - Wikipedia

    対話主義、ポリフォニー carnivalesque Heteroglossia、dialogism、chronotope ミハイル・ミハイロビッチ・バフチン(Михаил Михайлович Бахти́н , Mikhail Mikhailovich Bakhtin,1895年11月17日 - 1975年3月7日)は、ロシアの哲学者、思想家、文芸批評家、記号論者。対話理論・ポリフォニー論の創始者。記号論のタルトゥー学派の祖。 生涯[編集] オリョールに生まれ、ノヴォロシースク大学から転学、ペテルブルク(ペトログラード)大学を1918年に卒業。 ロシア革命後の混乱の中、匿名の学者として活動。スターリン時代に逮捕され流刑に処された後、モルドヴァの大学教師として半生を過ごした。 バフチンの著作は多岐にわたるが、文芸批評、歴史、哲学、社会学、人類学、心理学といったバフチン自身の専門分野はもとよ

    ミハイル・バフチン - Wikipedia
    takets
    takets 2008/05/06
    - バフチンついて。あとカーニバル性
  • 魂と身体をめぐるドゥンス・スコトゥスの説 - 美しさの中を歩め2023 目覚めへと向けて

    takets
    takets 2008/03/18
    - 身体と魂はある程度独立して動作する。
  • Yahoo | Mail, Weather, Search, Politics, News, Finance, Sports & Videos

    takets
    takets 2008/03/14
    - フェノテクストとジェノテクストの話。
  • レヴィアタン - Wikipedia

    「リヴァイアサン」「レヴァイアサン」はこの項目へ転送されています。古代のクジラについては「リヴィアタン・メルビレイ」を、その他の用法については「リヴァイアサン (曖昧さ回避)」をご覧ください。 ギュスターヴ・ドレ製作の版画 レヴィアタン(ヘブライ語: לִוְיָתָן‎ lwytn Līvyāṯān, 発音: リヴヤタン, ラテン語: Leviathan, 英語発音: [liˈvaiəθən] リヴァイアサン, 日語慣用表記: レビヤタン[1])は、旧約聖書に登場する海の生き物もしくは怪物[2]。 その姿は伝統的には巨大なクジラ、魚、またはワニのような姿で描かれるが、後世には蛇や(蛇のように細長い体型での)竜などの形でも描かれている。 語源[編集] その名前は「結合させる」「編み込む」を意味するヘブライ語 לוה‎ lwh に由来するとされ、「ねじれた」「渦を巻いた」を意味すると考えら

    レヴィアタン - Wikipedia
    takets
    takets 2008/02/18
    - リヴァイアサンについて。
  • ベルゼブブ - Wikipedia

    この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "ベルゼブブ" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2023年8月) ベルゼブブ(ラテン語: Beelzebub)は、キリスト教における悪魔の一人。旧約聖書『列王記』に登場する、ペリシテ人の町であるエクロンの神バアル・ゼブルが前身とされる。新約聖書『マタイ福音書』などではベルゼブル (Beelzebul) の名であらわれる。 概説[編集] ベルゼバブ、ベールゼブブとも表記される。この名はヘブライ語で「ハエの王」(一説には「糞山の王」[1]、「糞の王」[2])を意味する。 来はバアル・ゼブル(ヘブライ語: בַעַל זְבוּל

    ベルゼブブ - Wikipedia
    takets
    takets 2008/02/07
    - 一神教の世界なのに多神教的な印象を抱くのはどうしてだ。
  • ヨーロッパ的霊性について - 美しさの中を歩め2023 目覚めへと向けて

    takets
    takets 2008/01/28
    - エックハルトという人間が気になる。ただ、禅を万能的に扱っているのは首をかしげる
  • 2節 意識の志向性

    さて、これからじっくりと意識について考えていこうとしているのですが、まず、その前にそもそも意識とは何かという点について明らかにしておく必要があるでしょう。 そもそも意識とは何であると定義すればいいのでしょうか。そして、意識はどこにあるのでしょうか。能の中にあるのでしょうか。胸の内にあるのでしょうか。体全体が意識だと考える方もいらっしゃるでしょう。 どちらにしろ、意識は体のどこかにあるということになります。では、体のどこかにあるということは、どのような事態なのでしょうか。少し考えてみましょう。 現象学の祖、フッサールは 「意識とはつねに何かについての意識」 なのだと考えました。私たちは肉体をもって、この世界にいる限り、意識があるのなら、かならず何かを意識しています。何物も意識していないのに、意識があるという言い方はできないでしょう。何かを意識していない限り、意識はないというべきなのです。 そ

    takets
    takets 2008/01/24
    - フッサールのお話。
  • 【楽天市場】メンテナンスのお知らせ

    いつもご利用いただき、ありがとうございます。 お客様により快適にご利用いただくために、現在定期メンテナンスを実施いたしております。 ご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんが、メンテナンス終了まで今しばらくお待ちくださいますようお願いいたします。 【日時】2008年10月12日2時00分 から 2008年10月12日10時30分 【影響範囲】各サービスごとの停止時間が異なる場合がございます。以下をご参照ください。

    takets
    takets 2008/01/24
    - 思惟するもの/されるもの
  • シモーヌ・ヴェイユ - Wikipedia

    シモーヌ・ヴェイユ シモーヌ・ヴェイユ (哲学者)(Simone Weil, 1909年2月3日 - 1943年8月24日): フランスの哲学者。『重力と恩寵』が有名。 シモーヌ・ヴェイユ (政治家)(Simone Veil, 1927年7月13日 - 2017年6月30日): フランスの政治家。同国保健相や欧州議会議長などを歴任。 このページは人名(人物)の曖昧さ回避のためのページです。同名の人物に関する複数の記事の水先案内のために、同じ人名を持つ人物を一覧にしてあります。お探しの人物の記事を選んでください。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えてください。

    takets
    takets 2008/01/23
    - 魂は重力法則に従う
  • サービス終了のお知らせ

    サービス終了のお知らせ いつもYahoo! JAPANのサービスをご利用いただき誠にありがとうございます。 お客様がアクセスされたサービスは日までにサービスを終了いたしました。 今後ともYahoo! JAPANのサービスをご愛顧くださいますよう、よろしくお願いいたします。

  • 【門外漢が聞くキリスト教神学】「ピンの頭の上で何人の天使が踊れるか」と言えば、たぶん日本では一番有名な神学論争のテーマだと思います。…

    【門外漢が聞くキリスト教神学】「ピンの頭の上で何人の天使が踊れるか」と言えば、たぶん日では一番有名な神学論争のテーマだと思います。(神の存在証明を除けば) 「神学論争」という言葉が「無意味な議論」の代名詞みたいに使われるのも、かなりの部分これのせいではないかと感じます。 しかし、現代の部外者から見れば無意味きわまる議論でも、わざわざこんなテーマで議論をしたからには、当時の関係者には何かの必要性があったはずでは、と思うのです。 例えば、別のもっと重要な議論から派生したテーマだった、とか。 「ピンの上~~」という議論は、一体何の理由があってなされたものだったのでしょうか。 そして、もし可能なら、最終的にどんな結論が出て、それが何にどんな影響を与えたのか、知りたく思います。 よろしくお願いします。

    takets
    takets 2007/12/18
    - トマス・アクィナスとか
  • https://www.hirokiazuma.com/texts/character.html

    takets
    takets 2007/11/10
    - アウラの消失の消失について
  • 哲学で博士号取る予定の俺が、どんな質問にも哲学的に答える:ハムスター速報 2ろぐ

    1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/25(水) 17:09:20.28 ID:Ecteuiyz0 アカポスとか就職とか、俺がになる質問以外。 2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/25(水) 17:09:49.38 ID:sR2Rucw20 世界中の童貞はどうしたら救われるのか・・・? >>2 セクロスしても救われるとは限らない、ってのが問題だよな。 信仰からの回答が一番手っ取り早い。信仰を持て、正当化しろ、価値観をひっくり返せ ニーチェは読むな、これに尽きる。 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/25(水) 17:10:02.67 ID:W7cwMSVl0 悪の起源 >>4 悪ってのは、関係性の中に成立する。 つまり、善が存在するためには悪がなければならない。 フーコーが権力装置概

  • 超人思想

    Gott tot ist」とニーチェは語る。神は死に、自らの力で一切の価値を常に書きかえる超人の時代になったとする。ここでの神とは、近代キリスト教的な神である。唯一絶対の神は唯一絶対の行動基準を強制する。この神は「汝為すべし」と言う語によって表される。それに対して超人は自らの意思をもとに行為する。それは「我は欲する」である。 現代の我々は「汝為すべし」のような神を持たない。しかし、超人でもない。むしろ、我々はニーチェが超人に対置した「おしまいの人々」のようなありかたをしている。偽善と現状維持、馴れ合いと相互依存によって成り立つ「おしまいの人々」に対する批判は確かにその通りである。ツァラトゥストラが描いて見せた「おしまいの人々」のあり方は、確かに我々が理想的なものとして信奉しているものである。 しかし、「おしまいの人々」のありかたを捨てて、超人の生き方を選択することは困難なものである。既存

  • サービス終了のお知らせ

    サービス終了のお知らせ いつもYahoo! JAPANのサービスをご利用いただき誠にありがとうございます。 お客様がアクセスされたサービスは日までにサービスを終了いたしました。 今後ともYahoo! JAPANのサービスをご愛顧くださいますよう、よろしくお願いいたします。