facebookに流れてきたこのエントリ、衝撃的な内容でした。 risingsun-system.biz 技術者と会話が成立しない うわっ・・・となった。 こちらのお客様は、過去何度も地元のソフトウェア開発会社に仕事を頼もうと、いろんな会社とコンタクトを取られたといいます。しかし残念ながら、どの会社とも取引にいたることはありませんでした。 理由は様々ありますが、煎じて詰めると「技術者と会話が成立しない」ということでした。 自分の住みたい地方のIT業界をより良くするために必要な構造変革とは? 「業務がわかるエンジニアがいない」→「地方のユーザー企業から元請けの仕事を取れない」→「大手の下請けに入る」→「地元で業務が設計できて実装まで行えるエンジニアが育たない」→「業務がわか(ry」のループに入っている様子が鮮明に見えちゃいました。上記のエントリを書いた方は長野県の方ですが、どの県でも同じよう
今日は、うちの子たちを観察していて思うことを。 前回の記事 suminotiger.hatenadiary.jp でラベリングのことに触れました。目立ち過ぎない程度のラベリングを目指して家の中をちょこちょこと工夫する日々です。 テプラかピータッチか…まだ機材の導入には至っていないのですが、近いうちに手に入れたいと思っている理由があります。それがこの記事の中でも触れていた本多さおりさんの本の中に書かれていた「手書きよりなぜかタイピングされた文字の方が従いやすい」というヒトの習性らしいもの、これをぜひ活用したい。 と思っていたらTwitterのお友達ニャンボスさんが、お子さんに対してタイマーを使うメリットについて書かれているツイートを発見、そうそうタイマーだとなぜか従うんだよね〜と。 タイマーの不思議 我が家では子供用に1台タブレット端末を用意しています。子供たちそれぞれが、マインクラフトなど
米大統領選の共和党候補に手を挙げるドナルド・トランプ氏が次期大統領になることはあるのか―。 今年11月8日に行われる本選挙で「トランプ大統領」が誕生する可能性がでている。民主党寄りの有権者でさえもトランプ支持に回るのがイマの米国である。いったい何が起きているのか。 大統領選を追う専門家らは過去数カ月、トランプ氏の人気の理由を探ろうと懸命になってきた。というのも、ほとんどの専門家は昨夏から秋にかけて「トランプ人気はいずれ落ちる」と予想していたが外れたからである。 恥ずかしながら筆者もその1人。昨年9月末まで、トランプ氏は年明けまでもたないと読んでいた。過去の大統領選を振り返ると、暴言を1度口にしただけで消えていった候補が何人もいたからだ。 ところがトランプ氏は不法移民やイスラム教徒に対する差別的発言を繰り返しても、その支持率が落ちなかった。というより、逆に、暴言や失言を前に進むエネルギーに変
最近どこかのネットで見かけたが、残念な思いである。 僕も日本人なので、たまに帰って食べる日本の寿司は楽しみだが、それはもう別物だと思っている。 確かに今は世界で食べられるSUSHIは大抵日本人が作って望むそれではない。 イタリア人が外国のピザにイチイチ文句を言ってるか? 答えはただ「食べない」だけだ。 イタリアでピザの世界大会をして権威をづけをしたりなどの普及活動で充分、イタリアはピザ国としての地位を楽しんでいる。 翻って日本人はどうか。 わさびはないと駄目だ(外人には厳しい)、海苔巻きがないとだめだ (海苔の外見は苦手な外人が多い)を外国でも求める始末である。しかも広東人の職人にである。 客は誰だ?現地の人だ。 もっと寛容になって、その代わり日本で毎年、寿司職人世界大会を開くので充分なのである。
SMAP騒動を見てよくわかった。 俺はアイドル文化というやつにどうも乗れず、周囲がAKBで盛り上がっているときも、アイマスあたりを発端とするアニメのアイドルブームも、全くわけがわからなかった。オッサン世代は普通に「どのアイドルが好きだった?」「○○。歳がバレるなぁ〜」なんて会話が成立するようだし、子どもたちはアイカツ?だとかラブライブなどを見ている。しかし俺は乗れなかった。理解できなかった。そして次第に、その乗れなさは嫌悪になっていった。 しかし今回の騒動でやっとわかった。良かった。SMAPには感謝している。ついでにメリーとかいうババアにも感謝している。 どうでもいいけど、メリーという人は「権力を握っているババアである」という情報以上のものがなかなか入ってこないのはおもしろいと思う。写真が全然出てこない。相当にババアだから写真は遠慮しているのかもしれないけど、それにしたってここまで見かけな
あるサラリーマンがいた。彼は新人の時に一度、ものすごく経営者に怒られたことがある。 怒られた理由は単純で、「会社に何か提案があれば何でも言って」と言われたので、普段から思っていたことをそのまま言ったのだ。 残念ながら、その提案の内容は稚拙だった。経営を知らぬ浅はかな若手の一言だった。彼は社長の嫌いな人物を擁護したのだ。 もちろん経営者は激昂した。彼は1時間以上にわたり怒る経営者に間違いを指摘された。だが彼は、なぜ自分が怒られなければならないのかがさっぱりわからなかった。 経営者は確かに「なんでも言って良い」と言ったのだ。 それなのに「お前は全く分かっていない」と侮辱されることの正当性も判然としなかった。 後日、経営者は「悪かった」と彼に謝罪した。 しかし、彼はそれに対してはとくに責める気もなく、それを聞きながら2つのことを学んだと思った。 一つは 「人の言葉を額面通り受け取るな」 そしても
(追記) このアイデアを一部利用したエディタを作りました→完全に単一のHTMLファイルで動作するMarkdownエディタ作った 概要 Excelの代わりにHTML5+markdownを使うといいんじゃないの?というお話し。 エクセル方眼紙つらい SIer界隈ではいまだにExcelが大流行です。Excelは使いどころさえ間違えなければ大変強力で便利なツールですが、いかんせん使いどころを間違えた資料が多すぎるなと感じています。 例えば開発環境などの導入手順書とかバグの調査報告書とか、どう考えてもExcelに向いてない資料まで頑張ってExcelで作っていたりします。使いどころを間違えたExcelの資料は、非常にメンテナンス性が悪いです。 Excelで作られた資料を手直ししたら改行位置がずれて一行一行手動で直した 1行増えただけで罫線がずれて1ページ1ページチマチマと泣きながら直した 追記しようと
「少子化の原因が分かった」と称する某記事について知人にコメントを求められたので、ついでに書くことにします。 団塊世代の人口が多いのは出生率上昇ではなく死亡率低下の結果ということですが、団塊世代の出生数は「産めよ増やせよ*1」の時期を大きく上回っています。団塊世代が多い主因は死亡率低下ではなく出生率上昇です。第二次大戦後の出生率の一時的上昇(ベビーブーム)は多くの国々で生じたことです。 日本のベビーブームは短期間で終わりましたが、その主因は1948年の人工妊娠中絶合法化にあります。出生と人工妊娠中絶の和「潜在的出生数」はベビーブーム後も高水準を維持し続け、急低下を始めるのは1970年代に入ってからです。 戦後の出生率急低下の背景には、国ぐるみで人口抑制が図られたことがあります。そもそも、国内の余剰人口の受け入れ(押し付け?)先が必要とされたことが戦前の大陸進出の一因だったわけですが、敗戦によ
ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんの対談。トム・ハンクス主演、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『ブリッジ・オブ・スパイ』を扱います。 敵国のスパイの弁護をなぜするのか (C)2015 DREAMWORKS II DISTRIBUTION CO., LLC and TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION. 藤田 スピルバーグ監督の久々の新作『ブリッジ・オブ・スパイ』。脚本が、あのコーエン兄弟で、第二次世界大戦の直後、冷戦期を舞台にした、実話ベースのスパイものですね。……いきなり断言しちゃおうと思いますがこれは、傑作だと思います。 飯田 めっちゃいい映画ですよね。 1957年、ソ連のスパイの弁護をむりやり任されたジムが、アメリカ国民の誰もがスパイの死刑を望むなか、合衆国憲法を盾に法廷で戦い非国民扱いをされて自宅に銃弾が撃ち込
2.メディアは「沈黙」したのか?(続) ではなぜこの件について特別に「沈黙」が取り沙汰されるかというと、前記事で挙げた報道の多くが地方紙のものであり(最初の「フォークス」は全国的な週刊誌。最後の「南ドイツ新聞」は全国紙)、他の全国的なメディアが報道したのが4日以降になったからである。その間の経緯は「南ドイツ新聞」のWarum die Medien so spät über Köln berichteten - Medien - Süddeutsche.de(なぜメディアはケルンについてそんなに遅れて報道したのか)に詳しい。長いのでかいつまんでまとめる。翻訳、要約に疑問があればリンク先の本文を参照されたい。 まず新年にソーシャルメディアで最も話題にされていたのはケルンの事件ではなくミュンヘンのテロ警報で、メディアの注意もそちらの方に向いていた中、ケルンの地方紙が事件を次々と報道し始めたが、警
好き嫌いからの差別というのは、基本的に救われない。 いくら、法律やらで縛ったところで内心は差別するだろう。 どうせ、お前ら差別するんだろなどと被差別者が主張すれば、「個人の好き嫌いの問題だ」とか「それが現実的だ」などと救いのない話をする。 そして、持てる者に媚を売る。 下手したら、持てる者が「持てていてもそうでもない」などと話し、皆その通りだなどと同調する。 結局、彼らは差別をしているのだ。 被差別者というのはだって本当は自分だって差別したいと思っている。 しかし、差別すると自分の立場が無くなってしまうのだ。 本当は自分が差別される場所が嫌いで、同じような被差別者が嫌いで、持てる者が好きなのだ。 しかし、どう足掻いても持てない者というのは、どうすればよいのだろうか。 それは、現実的などというのでなく、理論上でだ。 そのような人たちには救いがあるのだろうか。 自分は被差別者だが、救いはない。
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