蓮舫さんなら渋谷で会えるよ!」 (元文部科学省事務次官の前川さん) https://x.com/brahmslover/status/1804235333925769277 前川喜平(右傾化を深く憂慮する一市民)@brahmslover 渋谷へ行けば会える蓮舫さん。 八丈島まで行かなければ会えない小池さん。 八丈島の人たちはどーすんの・・・(素朴な疑問)
二子玉川の堤外地に建つマンションが高値を付けてる事に嘆いて小字地図という面白いものを公開してくれた人がいる。 でもその事をまとめたtogetterではそれに対して間違ったり不適当なツイートばかり拾ってるので指摘するよ。 https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2381841 過去の経緯二子玉川には堤防の切れ目があった。陸閘ともいう。閘はパナマ運河などの閘門の閘で、板で締め切って水をブロックして水位を変化させるものだ。それが陸にあるから陸閘。 https://maps.app.goo.gl/DKKV4c1kefy3BVSE9 余談だがこの道は結構重要な道で、江戸時代の矢倉沢往還(青山通り大山道)だった。真っ直ぐ行って多摩川に出たところに渡船(二子の渡し)があったのだ。川を渡って崖を上ると二子の宿場に着く。 ここは瀬田村の一部で、スレッドで
火事が起きて途中中止になったけど花火は最期まで上がっていたといういたばし花火大会だが、実は戸田市との共同開催になっていて、荒川を挟んで板橋側だけが中止になったのだ。荒川を挟んで両岸で打ち上げまくるのね。 でも板橋区の方では「いたばし花火大会」としてしかアナウンスされないし、戸田市側の方は「戸田橋花火大会」としてしか案内されないから、東京都民or板橋区民の中には戸田市の方でも打ち上げてるのを知らない人が結構いるし、反対側の埼玉県民、戸田市民の方も然りで、「中止になったのに最後まで打ちあがってたのは何故???」というなぞなぞみたいな事になってしまった。 そして両岸で共同開催という珍しい形になったのは、荒川の改修工事が元になっている。 荒川放水路工事と河道直線化赤羽の岩淵に岩淵水門という隅田川入口を締め切る水門があるんだが、そこから下流の荒川は大正から昭和初めに掛けて開削した放水路だ。それまでは
2023/7/8 友達に告白してまた名古屋で一緒に暮らし始めました。幸せになります。 https://anond.hatelabo.jp/20230709003611 沢山コメントいただいたのでお返事を書きました https://anond.hatelabo.jp/20230531204102 不運にも就職の失敗とコロナが重なった私の友達が東京で食うや食わずの生活を4年も続けた結果完全にぶっ壊れてしまい今や他人からの借金を前提にした無茶苦茶な暮らしをしているのに何の罪悪感も感じないどころか金を貸さないと自殺未遂とかして私を脅してくるようになって私もその友達に依存してるのはわかってるけどどうすればいいのかもうわかりません 彼女とは高校時代に知り合ってすぐ仲良くなり同じ軽音部で3年活動し、一緒に他府県の芸大に進学、ルームシェアで共に4年間を過ごす 私 2019年、新卒で県内の土木(造園系)の仕
東京神田の神保町は日本随一の本屋街として知られていて、それぞれに専門分野を持った古書店が集まっている。 ちょっと昔の東京ガイドブックを見ると、日本の知がここに集まるなんて紹介の仕方がされていたものだ。 そんな神保町も、さまざまな変化のせいで、どうやら専門書街ではなくなりつつあるという話。 かつて神保町には洋書の専門店がたくさんあった。とくに目抜き通りの靖国通り沿いには、神保町を象徴するかのような老舗の洋書専門店がある。けど最近の神保町では、洋書専門店は絶滅危惧種だ。 そのうちの一件は、今年になってから金土日のみの営業になった。「コロナ禍による人員削減」と貼り紙が表にしてある。 もう一件の洋書店は、建物は壮麗だが、実態はもう洋書店ではなくなりつつある。店に入ると一階は児童書コーナーを兼ねたカフェになっている。洋書コーナーは2階にあるが、店内から直接行くことはできず、脇の小道から上がるようにな
Twitterでウマソーな蕎麦屋を紹介してる人がおったんですよ 正確にいうと紹介っていうか、写真を載っけてるだけですね ちょっとバズってるんだけども、どこの店なのかはわからない で、そうすっとだれかがリプライで「どこですか?」ってきくわけだ ここまではいいよ で、その答えが嫌なんだよマジで 「吾妻橋の○○です」 オイオイオーイ!!!! どこ???????? 吾妻橋、どこー、ーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!! 知らねえええええええんだよクソッタレ 吾妻橋、いきなり出していい地名じゃねえだろ 町より小さい区切りじゃねえかよ お前もしかして「日光東照宮ってどこあるっけ?」って言われたら「山内だよ」とかいうのか? そういうこと聞いてんじゃねえ!ってなるじゃん フツーそうなの 人間には共感とか配慮とかそういうものがあるので、当然地名をいうときは都道府県名から入る それがマトモな場所の伝え方
どの道路もめちゃくちゃ渋滞してるのデフォ。下手すりゃ高速道路も。 電車で都心に出るまで激混み当たり前でしかもノロい。新宿までの出やすさを誇るケースが多いけど、東京駅品川駅あたりに出るのには絶望的に時間かかるオチが大半。 都下といえど東京なのに娯楽が異様にしょぼい。海遠いし。武蔵小杉とか溝の口に負けてる街ばかり。充実してるのはラーメン屋くらいか。 これなのに地価だけはいっちょまえにほとんどの神奈川千葉より別格に高いの凄いよな。どこに需要あるんだ。港北ニュータウンとか川崎の圧勝じゃねえか。 調布、府中、国分寺、国立、小金井、三鷹、武蔵野、狛江、お前らのことだよ。 追記 人のこと田舎者呼ばわりするのは3代続けて東京住んでからにしなね、おのぼりさん? 自分は4代続けて23区なので悪しからず。 好奇心で不動産価格調べてたら三多摩の値付けが明らかにゴミだと思ったので。 あと都下って呼び方知らないブコメ
だと思う。 ずっと東側で暮らしてきて、結婚して西側に住んだ。 人は性格良し。街の空気が穏やか。カフェや花屋など生活を豊かにするショップの多いことよ。 私は上京してずっと東側のメーカーで働いていた。 ・ 年収300万どころか、どんなに頑張っても転職しても250さえいかない。 ・ 残業はすれど、タイムカードもないし残業代がつくなんてありえない。 ・ 男尊女卑なんて当たり前で、同じ職種・学歴でも女性は男性の2/3以下の給料が当たり前。 ・ 給料差を反論すると「早く結婚しなよ」と何故か同情の視線。 ・ 男性は結婚すると給料が少し上がるのに、女性は結婚すると安くてもやっていけるよね、という雰囲気になるのが不思議。 職人に憧れてこの世界に入って頑張ってきたけど、職人なんて換えのきかない仕事をしてきたおかげで業界から抜け出せなくなってしまった。 昭和の世界みたいだけど、5年前の現代の話。 貧乏生活ならい
私自身のブログに書くには「心の通低音」が出すぎてるので、ここに。 私は京都と東京にしか住んだことがない。 京都は今ではゆるやかな都市だけど、世界トップクラスの大都市圏の一部として、千年の文化集積地として、若年の私にはまだその本質が掴みきれぬ、重層的な都だった。 社会人として移った東京は、大阪よりもはっきりと都会で、何より自分と変わらぬ年齢の人達が広い東京の一部を先導して引っ張っている、そういう現在進行形の躍動する文化が魅力的だった。 京都は、若者としては、もう少し頑張ると、五重塔のてっぺんから、街を見下ろせるような錯覚を起こさせてくれるような、そんなこじんまりとした都だ。 東京の空は高い。 高すぎて、下々の寄り添うべき人達が見えなくなる。だから、てっぺんに立った人達は、うまくバランスを取ろうとするけど難しい。そんな危うさを抱えた、魅力的な首都だ。 私自身は、渋谷に不釣り合いな、おおきなビル
べらぼうな金持ちと結婚した。 みんながいくら稼いでるか知らない。 とにかく私にとってはべらぼうな金持ちだ。 年収1000万すら「なにそれ?」な私にとっては 年収億超えはべらぼうな金持ちである。 本当に偶然出会って、なぜか知らないがめちゃくちゃ好かれて、 私も好きになっちゃって、結婚することになった。 もてあそばれてるんだろな、と思って最初は軽い気持ちで受け流していたが、あれよあれよと同棲だ、入籍だ、寿退社だ、の流れだ。 だかしかしbut 内心の劣等感というか、そういうのがすごい。 私はべらぼうな貧乏だった。 ご飯と言えばインスタントの味噌汁と定期的にまとめて炊く冷凍ごはんだった。 電車賃がもったいないから2駅なんて全然歩く。 会社の自動販売機にある120円のコーヒーが買えない。 ご飯が食べられなくて1か月で10キロ近く落ちるなんてザラ。 一般事務、年収200いかないような完全なる貧困層だっ
誰にも言えない偏見を、そっと書き残す。 東京に生まれた。 新宿区で生まれ、その後は23区外に引っ越したが、ずっと東京都内から出たことはなかった。 小学校受験をし、私立の小学校を卒業し、そのまま中学受験をして、いわゆる御三家に合格し、中高一貫の女子校を卒業した。 中高時代は都心まで通学し、遊ぶところは新宿、渋谷だった。 1年間浪人し、そのまま地方の国立大学医学部に進んだ。 まさかそこでここまで大きなカルチャーショックを受けるとは思っていなかった。 私は自分がいかに世間知らずだったかということを全く知らなかった。 まず、初めに、医学部生同士での「親って医者なの?」という会話に驚いた。 「え?むしろ親、医者じゃないの?」 喉元まで出かかって飲み込んだ。 私の周りの医学部志望生は、7〜8割は親が医者であり、親が医者であるかどうかを確認する文化がなかった。また、親が医者でなかろうと、会社の社長だの外
正確には東京都民ではなく「上京都民」だが すでに東京の優位性というのはほぼ幻想と化している 大量の人間が 「東京がいい」と考えているからかろうじて東京の優位性は保たれているが 近い将来多くの日本人が「あれ?別に東京じゃなくてもよくね?」と気づく時がくるだろう 昔ならば 東京でしか手に入らないものや 東京でしか出会えない人 なんてものがあったかもしれないが インターネットがその壁をどんどん低くしていっている 東京でしか得られないものといえば 「(文化的な)体験」くらいだろうが それも徐々に仮想空間に移行していくだろう 結果数十年後 地元に残り、少ない支出で両親の手厚い補助を受け、家庭や資産を築いてきた地方民と 孤独で資産のない東京都民との格差が浮き彫りになるだろう というか普通に考えれば 技術が進歩すればするほど東京の優位性は減少していくのはわかるはずなのに はてな民ってそういうところはアナ
人が滅茶苦茶多いまずこれだけで異世界って感じがする。 田舎じゃ県庁所在地の駅前ですら夜8時には閑散とする。 それに田舎じゃ滅多に見られない外国人とか奇抜なファッションの人とか見られる。 あからさまに文化圏が違うんだなあと感じる。 臭いし汚い臭かったのは秋葉原。ドブ川の匂いとカレーの匂いがどっちもした。 体臭が酷いって人はあんまいなかった気がする。外国人がやたら甘い香りするけど。 汚いのは渋谷。朝7時に渋谷駅前行ったらまあゴミだらけ。 それでも10時頃にはある程度片付いているから不思議。 あと壁があるとステッカー? 貼られてたりスプレーで落書きされてたり。 道徳とかモラルとか存在しないんだろうなあと思う。 田舎は大正義世間の目があるから滅多にない。 人が少なければ少ないほどその縛りは強くなる。 知らない店がたくさんある。田舎じゃ買い物をするとしたら大体決まった店になる。 食べ物ならマックスバ
大学入学以降ずっと関西に住んでいて、休日は京都や奈良にいくらでも行き放題だったけど、東京に来てから土日に何すれば良いかわからなくて辛い。 最初のうちは意気揚々と上野や浅草や鎌倉に行ってたけど、失礼だけど特別凄いものがあるわけでもないところに人だけが凄くて、これはもう行かなくていいかな、という感じだった。 例えば深大寺っていう東京郊外の中規模の寺があるけれど、蕎麦が有名というのは別にしてもモノとしての魅力に対して人が多すぎる。過剰に観光地されていて、何を見ればいいのかわからなくなる。 東京も一応400年の歴史があるんだし、もっとどうにかならないものかなー、と思う。
せめて3親等内が地方出身の奴は出身地方へ帰ってくれ〜 東京は混みすぎて交通機関は死んでるし、新しいスポットが東京にできるとウンヶ月待ち。 人が多すぎてお互いにストレスを抱えあうなんてアホらしい! 地方出身の奴が東京で地方創生に向けて働いてます!って何じゃそりゃ! 地元に、自身のルーツに愛着はないのか? 私は地元に愛着があるので、地元の東京が破綻しないように、 無駄に東京出てきただけの地方民は地元に帰って欲しいと思っています。
お台場とか渋谷とかは好きそうな感じじゃないから、困ってる 浅草寺とか行ったら馬鹿にされるのか?それとも江戸な感じが新鮮に見えるのか? 代官山とか表参道とか洒落乙なところは行ったことないから案内できなくてカッコ悪いし 上野公園と東京駅くらいしか思いつかないよ
関西出身だけど、東京にきてビックリしたことが3つある。 ・新宿が東京一の都会じゃなかったこと・皇居周辺の圧倒的な都会っぷり・銀座が繁華街だったこと ずっと東京の梅田、つまり一番の都会は新宿だと思ってた。関西にいても新宿って名前はよく聞くし、漫画の舞台にもよくなっていて(シティーハンターとかゲットバッカーズとか新宿スワンとか)、笑っていいとものスタジオがある危険な大都会ってイメージだった。 で、東京にきてはじめて本当の都会ってのは皇居の周り、つまり丸の内とか港区の方とかなんだなって事を知った。それまでは、皇居周辺に官公庁があるのは知っていたが、それってアメリカにおけるワシントンDCみたいなもので、本当に栄えてるニューヨーク=新宿だと思ってた。でも、丸の内銀座日本橋新橋赤坂六本木麻布とかあの辺りって、地名は違えど途切れる事なく大都会なわけで、それって上京しなきゃわからないことだった。逆に新宿は
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く