タグ

2011年7月18日のブックマーク (2件)

  • おれは、もうこんなところには居たくないのだけれど。 - 関内関外日記

    母方の祖母がこの夏を越せないかもしれないということで会いに行った。普段は自宅で介護されているが、今日はケアセンターのようなところにいるという。 まだ新しいケアセンター、のようなところ。エレベータに乗るにも、電子ロックを解除しなくてはならない。2階、祖母はといえば個室のようなところでもなく、職員室のとなりの物置のようなスペースに置かれたベッドに寝ていた。節電のためか室内は薄暗く、ときおり老人を載せたベッドが通路を通る。少し広いスペースでテレビを見ている老人たちもいる。話し声は聞こえない。 祖母は糖尿病とパーキンソン病とアルツハイマー病で、そろそろ誰が誰だかわからなくなっている。おれの名前を聞かされると、数回それを繰り返したが、さてどうなのかわからない。母のことをわかっているのかもわからない。たずねても、負けず嫌いのようで、決して「わからない」とはいわない。「うるさい、うるさい」といって横を向

    おれは、もうこんなところには居たくないのだけれど。 - 関内関外日記
  • よく考えるための10冊/思考技術のためのプラチナ・クラシックス

    レトリカ(弁論術)は、発想法、構成法、修辞法、記憶法、提示法(今でいうプレゼンテーション)をコンポーネントとする、実践知性の総合技術である。 キケロはこの技術における史上最高の実践家であると同時に、ピタゴラス-プラトン以来の厳密知とソロン以来の実践知の系譜とを調停しようとした理論家、思想家であった。 ルネサンスでも、あるいはフランス革命でも、あるいはキリスト教ですらも、およそ我々が「西洋」と呼ぶ文明を形成したムーブメントにあって、この大昔のローマ人から直接間接にインスピレーションを得なかったものはほとんどないといっていい。 ヘンな宗教にはまって、さんざんな青年時代をおくっていた放蕩者のアウグスティヌスは、このローマ人の書に触れて真人間となり、やがては聖人にまでまつりあげられた。 同じく聖ヒエロスムスは夢の中で、この共和制ローマ最大の弁論家と自ら信仰の源たるイエス・キリストとどっちを取るのか

    よく考えるための10冊/思考技術のためのプラチナ・クラシックス
    tsfmysd
    tsfmysd 2011/07/18