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  • 古代エジプト人は「サフラン染め」の布をミイラに使ったか。/古代エジプトの「古代」の範囲が違う&訳語の変化に追いつけて無い可能性

    サフランは、秋咲きクロッカスの雌しべ部分を使用した香辛料/染料のことだ。一の花からとれるのがわずか3と少なく、世界で最も高級なスパイスの一種と言われている。 そのサフラン、ペルシャ人が大好きで、今でも中東地域の色んなお菓子に使われている。またアラブ人が征服しにいったスペインにもサフラン料理は残されており、パエリアにサフランを入れるレシピは中の人も作ったことがある。 …と、いうような前提のもと、スパイスの歴史を読んでいてフト疑問に思った部分があった。 「サフランは、古代エジプト人も利用していた」という部分だ。 しかも高貴な人のミイラを包むのに使っていた、というのだが…。 そんなの 見たことないぞ 高貴なひとのミイラを包む布といえば、特徴的な赤い布はあるのだが、染めの一般的な成分は地元の花だ。 クロッカスはギリシャ原産でエジプトでは自生せず、そもそも育てられる気候でもないので、手に入れ

    古代エジプト人は「サフラン染め」の布をミイラに使ったか。/古代エジプトの「古代」の範囲が違う&訳語の変化に追いつけて無い可能性
  • 「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話

    歴史上の民族としての「ケルト」と、近代に作り出された「ケルト的なもの」の間には、深い溝がある。多くの人が持っているイメージは商業的な、そして近代のナショナリズムが生み出した「ケルト的な」幻想に過ぎない。 ――という話はわりと昔から言われていたのだが、最近の研究を久し振りに読み返してみたら、まさかの展開になっていた。 「そもそも島のケルトはケルトじゃない」 「中世以降のケルトは自称してるだけだった」 なんとアイルランドもウェールズも「ケルトを自称する別の何か」でケルト人の子孫じゃなかったのだ。 ******************************** 【旧来説】 ・ケルト人はローマに大陸から追い払われて島の片隅にしか残らなかった ・ケルト人が移住していったから製鉄技術が広まった ・「島のケルト」と「大陸のケルト」は少し違うものとして扱われる このあたりは知ってる人も多いだろうし、いま

    「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話
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