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ブックマーク / sakuranomori.hatenablog.com (6)

  • 10月1日内定式における翌春就職予定者の拘束 - 群馬大学 二宮祐研究室

    毎年10月頃、大学教員が企業における内定式に対して不満を表明することがある。(1)まだ働いていない学生を無給で拘束するのはおかしい、(2)授業やゼミ・研究室(卒業論文)を優先するべきである、(3)企業は日頃から大学に対して教育を充実するように要請していることと辻褄が合わない、(4)せめて平日ではなく土曜日、日曜日に開催してほしい、といった主張である。 そこで、内定式とはそもそも何を意図しているのかに関する研究を探してみることにする。研究検索ウェブサイト CiNii Research を使って「内定式」を探してみると数件しかヒットしない。国会図書館サーチでもあまり変わらない。その中で唯一参考になるのがJIL-PTの記事であった。 小杉礼子、2009、「なぜ内定式は10月1日に多いのか」『日労働研究雑誌』585、62-65 https://www.jil.go.jp/institute/za

    10月1日内定式における翌春就職予定者の拘束 - 群馬大学 二宮祐研究室
  • ライティング支援の事例について - 群馬大学 二宮祐研究室

    大学におけるライティング支援 作者: 津田塾大学ライティングセンター,関西大学ライティングラボ出版社/メーカー: 東信堂発売日: 2019/03/18メディア: 単行(ソフトカバー)この商品を含むブログを見る津田塾大学ライティングセンター、出版社からお送り頂きました。感謝いたします。 このは、大学間連携共同教育推進事業「〈考え、表現し、発信する力〉を培うライティング/キャリア支援」(津田塾大学・関西大学)の成果としても位置付けられるものであり、私は当該事業の外部評価委員を務めさせて頂いていた。私が関西大学千里山キャンパスのライティングラボを訪問した際には多くの学生で賑わっていたことや、津田塾大学のライティングセンターを尋ねたときには閑静なキャンパス内でじっくり支援が受けられる環境が整っていたことを思い出している。 興味深い点は次の4点である。まず、第1に、ライティングセンターは添削を行

    ライティング支援の事例について - 群馬大学 二宮祐研究室
  • 東洋経済のネット記事「教育困難大学」について - 群馬大学 二宮祐研究室

    教育困難大学」に来る学生の残念な志望動機 必然的に起きる「5月病」に苦慮する教員たち https://toyokeizai.net/articles/-/219604 この記事の筆者は修士を取得なさっているようなので、「動機の語彙」という概念を聞いたことがあるかもしれない。「動機」は個人の思考や行動の理由をリニアに説明するものではなく、その思考や行動の理由として社会的に納得されると思われる、制限された語彙のリストから選択して語られるにすぎないというものである。当該個人もそのようなコミュニケーションの在り様の中に埋め込まれているのである。 「動機の語彙」とは、たとえば次のように説明される。 C.W.ミルズとアメリカ公共社会: 動機の語彙論と平和思想 原因、理由、目的、価値、規範、納得等のうち何によって動機を同定するかによって、学説史の基構図が描かれる。ミルズの動機の語彙概念は、原因論の否

    東洋経済のネット記事「教育困難大学」について - 群馬大学 二宮祐研究室
  • いわゆるFランに関する印象論的な記事について - 二宮祐研究室

    表題に「いわゆる」を冠したのは、高等教育論の分野ではこの言葉をあまり使わないからである。研究者によってはその代わりにボーダーフリーという言葉を用いることもある。しかし、これもまたある予備校作成の入試難易ランキング表で使われ始めたのであって、研究者の共通理解が得られるような学術的定義が定まっているわけではない。 大晦日にこんなエントリを書いている理由は次の2つの記事が気になったからである。 まず、この記事である。 http://blogos.com/article/152415/ BLOGOS:大学進学率を下げよう!〜「Fの悲劇」をなくすために 「Fランク高校」の進路指導担当の教師たちは、卒業生がすぐにやめてしまう就職指導は避けて、企業とは無関係な「Fランク大学」への進学を進めているとのこと。 その結果、「F」の学生たちには多額の大学ローンが残り、大卒後就職できたとしても(大学院どころか)ブ

    いわゆるFランに関する印象論的な記事について - 二宮祐研究室
  • 丁寧なプリントを配布しましょう/してはいけません - 茨城大学 二宮祐研究室

    http://d.hatena.ne.jp/sakuranomori/20150101 心を動かすプレゼンなど要らない このエントリの続編である。 大学の講義で授業内容の詳細、要点、要約、キーワード、参考資料などが記された印刷物(プリント、ハンドアウト、レジュメ)が配布されるのが「あたりまえ」となったのは、いつの頃からだろう。80年代に大学を卒業した方からは印刷物の配布はあまりなかったと聞くことが多い。そして、大学の付近には誰かが作成したノートを販売する業者がいたという述懐も伺うことがある。一方、90年代の卒業者からは印刷物の配布は「あたりまえ」であったのかもしれない。日語ワードプロセッサーの普及、マス化の進行がその理由の一部であるのだろうか。 授業内容の詳細を配布する教員には、学生はノートを書く手間がなくなり、その節約された時間は思考を深めることに使われるはずだという前提があるのかもし

    丁寧なプリントを配布しましょう/してはいけません - 茨城大学 二宮祐研究室
  • ■ - 群馬大学 二宮祐研究室

    美奈「取材ノートから」『IDE現代の高等教育』No.573 http://ide-web.net/index.php http://setapapa.net/20150804/ ここで紹介されているのは、おそらく日高等教育学会第18回大会である。そして、私は同じく紹介されている大学院に関する部会に参加していた。そのときの私の勉強ノートを読み返すと、私は教室の前列中央に座っていて、筆者は後から入室して後方右側に座っていたようである。確かに、先行研究のリファーが甘かったり、試論的な水準にとどまっていたりする発表もあった。質疑応答ではそうした問題をめぐって、学会を主導する学者や気鋭の若手などによる活発な議論が行われていた。発表者は研究をより洗練するための宿題を多く持ち帰ることができたはずである。私も今回別の部会で頂いた厳しいコメントをもとに、研究を練り直している。 「わかるように説明してほ

    ■ - 群馬大学 二宮祐研究室
    wackunnpapa
    wackunnpapa 2015/08/17
    “「わかるように説明してほしい」「現代の課題が扱われていないので意味がない」「実りのある議論をするべきだ」”図書館業界系でもこの手の批判が「現場至上」な方々からよく聞かれますなあ。
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