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2012年2月20日のブックマーク (7件)

  • 鯨絵・捕鯨史料

    人は古くから鯨肉をべており、 鯨骨は縄文遺跡からも出土しています。 江戸時代の初め、紀州の太地で突取方式捕鯨法による組織的な操業が開始され、ついで日独特の網取方式捕鯨法も開発されました。この漁法は急速に西日の各地に普及し、江戸時代中期に捕鯨業は各地で繁栄しました。主な捕鯨場は、紀州(和歌山県)の太地・古座、 土佐(高知県)の津呂・久保津、肥前(長崎・佐賀県)の生月・小川島、壱岐(長崎県)の勝、五島(長崎県)の魚目、 対馬(長崎県)、長門(山口県)の見島などでした。  ここでは、国文学研究資料館(<旧>史料館)が所蔵する「祭魚洞文庫」と、長崎県立図書館・ライデン大学図書館が所蔵する鯨絵・捕鯨関係史料を許可を得て、あるいは許可申請中にて掲載しています。「祭魚洞文庫」は、渋沢敬三氏が昭和7年以降に収集した水産史料であり、時期的には江戸時代から昭和期にかけて、地域的には樺太や台湾も含ん

  • 日本史近代を楽しむ野島研究室のページ

    史近代を楽しむ野島研究室のページ このページは、日史近代を志す内外の方々や歴史好きな方々に、研究の基礎的な方法や文献・史料の検索の仕方など、知識の束や歴史的思考方法を伝えるための場所であるとともに、日近代を研究している人間であります野島陽子(論文執筆名 加藤陽子)が何をしているか、何を考えているかをお知らせするための場所です。野島研究室は、東京大学文学部日史学教室に属しています。近代史研究は面白いのだと思ってくださり、また、近代史研究をやっている人も面白いのだとわかっていただければ、「女子の懐」であります。

  • 技能技術の館へようこそ

    ホームページは現場で活躍されている方のために作成しました。 ・技術・技能に関する知識習得 ・技能検定合格のための過去問題の解説と技能検定攻略法 各部屋を開いて見て下さい 館の構成 1.機械要素の部屋 2.組立の部屋 3.技能検定の部屋 1)機械組立仕上げ 2)機械保全 3)機械加工(旋盤・フライス) 4)治工具仕上げ 4.改善の部屋 で構成しています。 技能塾へのメッセージはこちらまで または、ginouzyuku@yahoo.co.jpまでメールを下さい。

  • 機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センター

    TOP 機関誌『水の文化』 バックナンバー 56号 雲をつかむ 57号 江戸が意気づくイースト・トーキョー 58号 日々、拭く。 59号 釣りの美学 60号 水の守人 51号 水による心の回復力 52号 物保存の水抜き加減 53号 ぼくらには妖怪が必要だ 54号 和船が運んだ文化 55号 その先の藍へ 46号 都市の農業 47号 つなぐ橋 48号 減災力 49号 変わりゆく養殖 50号 雨に寄り添う傘 41号 和紙の表情 42号 都市を養う水 43号 庄内の農力 44号 しびれる水族館 45号 雪の恵み 36号 愛知用水50年 37号 祭りの磁力 38号 記憶の重合 39号 小水力の底力 40号 大禹の治水 31号 脱 水まわり 32号 治水家の統 33号 だしの真髄 34号 森林の流域 35号 アクアツーリズム 26号 クールにホットな2107 27号 触発の波及 28号 小水力の包蔵

    機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センター
  • 都市・東京の記憶

    「都市・東京の記憶-Tokyo Archive」は、東京都立中央図書館が所蔵する東京関係の資料の中から、いくつかを画像でご覧いただくものです。 明治期からの東京府や東京市が発行した資料を始めとする東京関係の資料は、東京の歴史文化を知る貴重な財産となっています。資料の中に納められた東京の記憶、その一部を紹介します。

  • ミツカン 水の文化センター・ミツカングループウェブサイト

    機関誌「水の文化」:72号 「温泉との新たな付き合い方 ──ソロ温泉温泉ワーケーションのススメ」 湯治から観光へ―温泉の楽しみ方は時代とともに変わっているが、今さらに新しい楽しみ方を提唱している人がいる。温泉ライターの高橋一喜さんに「ソロ温泉」と「温泉ワーケーション」についてお聞きした。 機関誌「水の文化」:50号 「水車によって広まった ほうとう」 水と風土が織りなす文化の今を訪ねる「の風土記」。今回は関東を中心に山梨県の郷土として知られる「ほうとう」を取り上げます... 機関誌「水の文化」:51号 「感性を刺激する「滝時間」――心と体をリセットして...」 滝マニアとしてこれまでに400カ所以上の滝を巡り、滝の魅力を伝えるサイトの運営や、滝ツアーも主催する坂﨑絢子さん。滝マニアな...

  • 多摩川散策 河口から奥多摩へ

    この「多摩川散策 河口から奥多摩へ」は、河口から奥多摩氷川渓谷までの多摩川を、写真で遡れるようにしたものです。 河川敷を歩けないところは迂回しましたが、河口から青梅までは流れに沿ってほぼ両岸を歩いています。青梅から上流は、渓谷のために河道から離れてしまうので、さすがに遊歩道が整備されている場所に限られます。 原則として下流から上流にさかのぼる向きで統一しました。ただし、当初から計画したものではなく、十数回にわたっての事もあって、画像のつながりにはおかしなところもあります。青葉の風景のあとに、いきなり冬景色になったりします。 コースの区分けは、鉄道を目安にして分かりやすく区切っただけで、あくまでも構成上の都合です。このとおりに歩いたわけではありませんし、散歩コースとしてお薦めしているわけでもありません。 いま多摩川について知りたいと思えば、ウェブ上でも「京浜河川事務所」や「多摩川流域