このサイトは、東京の「現在」から「歴史」=「過去」を読み解くことによって、「現在」に生きる私たちが「歴史」=「過去」とどのようにかかわっているのかということを考えることを目的とする。 さて、前回は、高木仁三郎が、日本原子力事業株式会社や東大原子核研究所で科学者として経験を積む過程の中で、原水爆実験などにより広範に放射能汚染が存在している現実にふれ、そのことより、それを推進したり回避したりすることによって進められていく「科学者」の立場性に懐疑をもったことを述べた。 高木仁三郎が、科学者の立場性に強く懐疑をもつようになったのは、1960年代後半であった。1960年代後半は、いわゆる「学生反乱」の時期であった。高木は、前回のブログで紹介した『市民科学者として生きる』(岩波新書、1999年)において、「全国いや全世界的な現象として起こった学生反乱は、より本質的な問題、『大学とは何か』『科学とは何か