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2018年9月29日のブックマーク (7件)

  • 八田與一 - Wikipedia

    八田 與一(はった よいち、常用漢字:八田 与一、1886年〈明治19年〉2月21日 – 1942年〈昭和17年〉5月8日)は、日の水利技術者。 生い立ち - 台湾へ[編集] 1886年(明治19年)に石川県河北郡花園村(現:金沢市今町)に生まれる。石川県尋常中学、第四高等学校(四高)を経て、1910年(明治43年)に東京帝国大学工学部土木科を卒業後[1]、台湾総督府内務局土木課の技手として就職した[2][3]。 日統治時代の台湾では、初代民政長官であった後藤新平以来、マラリアなどの伝染病予防対策が重点的に採られ、八田も当初は衛生事業に従事し、嘉義・台南・高雄など各都市の上下水道の整備を担当した。その後、発電・灌漑事業の部門に移り、1910年総督府土木部工務課で浜野弥四郎に仕えることになった[4]。台南水道の事業で実地調査を共にするうちに、八田は浜野から多くのことを学び、後述の嘉南大圳

    八田與一 - Wikipedia
  • https://www.rs.noda.tus.ac.jp/civil/what_is_civileng.pdf

  • あいまいな日本の建築家 |「アーキテクト」の訳語をめぐって |

    ヨーロッパで形成された アーキテクチュアという抽象的概念と、それを体現する アーキテクトというプロフェッションは、明治以降、我が国にも移植されてきた。ところが日には そうした伝統がなかったために、それらの概念は正しく理解されず、来の理念とは異なった、あいまいな形に定着されてしまった。そのプロセスと現状を、主としてアーキテクトの訳語の変遷を通して検証し、その打開を提言する。 筆者は インドを旅することが多いのであるが、あるとき ホテルで新聞を読んでいたら、ARCHITECT と言う文字が目についた。だれか 建築家のことが扱われているのかと思ったら そうではなく、ドイツの大数学者、フェリックス・クラインについての記事であった。彼を「近代数学のアーキテクト」と称して 誉めたたえているのである。これを「近代数学の建築士」と訳すわけにはいかないだろう。それでは誉め言葉にならないからである。 ある

  • エンジンの語源 - サイエンスとサピエンス

    日ごろ何気なく使うエンジン(engine)の語源は、なかなか探すのに苦労した。 それに対して、エンジニア(engineer)の語源を『科学史技術史事典』(弘文堂)に発見するのは容易だった。 なんでも「天才」が来的な意味だったようだ。ルネサンス期に生まれたのだそうで、レオナルド・ダ・ヴィンチやアルベルティがその対象であるという。なるほど、首肯できる説ではある。 それも軍事技術者を指していたというから、穏やかではない。 もともと、ギリシア語ではデミウルゴス(demiurgos)=「民衆のために働くもの」と言われ、ラテン語ではアルキテクトゥス(architectus)=「棟梁」だというのが、その始まりの呼び名であった。 技術者の社会的な位置づけがよくわかる。人々の社会的事業(治水や築城、道路や橋梁構築など)に際して、人々を効率よく働かせ指導する。天災や強敵に立ち向かうには、その才幹には神的な閃

    エンジンの語源 - サイエンスとサピエンス
  • 汚染水、浄化後も基準2万倍の放射性物質 福島第一原発:朝日新聞デジタル

    福島第一原発の敷地内のタンクにたまる汚染水について、東京電力は28日、一部のタンクから放出基準値の最大約2万倍にあたる放射性物質が検出されていたことを明らかにした。今回分析した浄化されたはずの汚染水約89万トンのうち、8割超にあたる約75万トンが基準を上回っていたという。 東電や経済産業省によると、多核種除去設備(ALPS)で処理した汚染水を分析したところ、一部のタンクの汚染水から、ストロンチウム90などが基準値の約2万倍にあたる1リットルあたり約60万ベクレルの濃度で検出された。東電はこれまで、ALPSで処理すれば、トリチウム以外の62種類の放射性物質を除去できると説明していた。 東電は今後、汚染水の海洋放出などの処分法を決めた場合は、再びALPSに通して処理する方針も示した。タンクに保管されている処理済みの汚染水は現在94万トン。現状の処理能力は1日最大1500トンにとどまっており、再

    汚染水、浄化後も基準2万倍の放射性物質 福島第一原発:朝日新聞デジタル
  • 電気街はなぜ「萌え」たのか?──ASCII×ITmedia対談 (1/7)

    ASCII.jpとITmediaの合同企画! その名も、PC系ライターとアニメ系ライターが語る「秋葉原トーク・デスマッチ」である! ITmedia代表は、秋葉原のパーツショップを取材して6年のPC系ライター、古田雄介氏。ってASCII.jpにも遠征してきてるじゃん(笑)。片やASCII.jp代表は、「アキバ(裏)」で毎日フィギュアと戯れるパンツ界のご意見番、俺様である! この時点でASCII.jpの敗北が見えてんすケド…。 バトルが開催されたのは、7月上旬、秋葉原の喫茶店「古炉奈」。熱き戦いの火蓋が今落とされたっ! ITmediaの記事は以下へ ・前編「電気街が萌えた日、そこには“等身大の綾波レイ”がいた」 ・後編「事件後の秋葉原と、アキバの明日」 編集からの諸注意 藤山氏によれば「VHSビデオデッキの普及にエロが欠かせなかったのと同様、アキバを語る上ではエロゲーが欠かせない」ということに

    電気街はなぜ「萌え」たのか?──ASCII×ITmedia対談 (1/7)
    whalebone
    whalebone 2018/09/29
    2008
  • アキバを"退屈な街"に変えた犯人はだれか (山野 祐介) | プレジデントオンライン

    なぜ秋葉原から「当のオタク」がいなくなったのか 世界有数の電気街として知られる東京・秋葉原は、テレビPCなどの家電からコンデンサや抵抗器といった電子部品まで、機械なら何でも手に入るだけでなく、アニメグッズやゲームセンター、メイドカフェなどサブカルチャーの街としての側面も持つオタクの街。それが一般的なイメージだろう。 しかし、今の秋葉原の実態は観光客向けの形骸化した萌えとインバウンドの街であり、オタクの街ではない。それが秋葉原に10年以上通う私の意見だ。 現在ではPCパーツや電化製品はECサイトの価格競争により、秋葉原で買ったほうが安いという状況はほぼなくなり、すぐに欲しいという状況以外では秋葉原で買う理由を見出せない。もちろんセールで最安値になることもあるが、かつてのように、フラッと訪れても得な買い物はできない。 全盛期の秋葉原は、店員もオタクだった。商品のことを尋ねると、自らの経験や

    アキバを"退屈な街"に変えた犯人はだれか (山野 祐介) | プレジデントオンライン